5-4(14)狼に桜の刃を③


 漆葉さんと別れてすぐ、満月園へ連絡を入れたものの繋がることはなく、焦りが募っていた。


「妖魔の吸血鬼化?」

「そう、妖魔……今回は人狼が吸血鬼化した状態だ。いつどこで変わったのかは知らないけど、さしずめ吸血人狼さね」


 日本で見るとは思わなかったと、真澄さんは苦い顔を浮かべる。

 さっきの状況はそういうことだったのか……事態は想像以上に悪い。


 灰野コウジと思われる妖魔——吸血人狼の追跡は、滴り落ちた血液が目印となって非常に容易だった。しかし白神夕緋が現着した時には、満月園の門扉は吹き飛ばされひしゃげていた。


 そして、寂しく鳴る銃の声。


「っ、あれは……」

「さっさと行くよ!」

「Woooooooooooooo」


 狼の叫びの方へ走る。食堂のある棟と子供たちが寝る居室の集中した生活棟、その建物の間で白い殻装キャラペイサーを着た少年が銃で応戦していた。


「ここはやらせねぇぞ、引っ込め狼!」

「ヒャハハハハ、大して力もねェガキが頑張るなァ!」


 鉛の弾にひるむことなく、人狼は樹さんを薙ぎ払う。建物の窓ガラスに吹き飛ばされる。割れたガラスの先にいたのは……栞さんやアンナさん、そして……園の子供たちだった。


「見つけたぜェ……シオリィッ!」

「やめろッ!」


 託された刀を手に、人狼へ駆ける。邪魔をする取り巻きはいない、背後から真澄さんの援護射撃を受けながら、妖魔へ踏み込む。


 一閃。


 薄紅の光が弧を描きながら、狼の毛を切り裂く……だが浅い。切る前に退かれていた。接近される前に栞さんたちの前へ駆け寄る。


「みなさん、無事ですか⁉︎」

「だ、大丈夫!」

が、しつけぇなぁッ」


 立て直しが速い──‼︎

 背後の人狼は既に傷を塞いで叫ぶ。

 振り下ろした直後を突くように、人狼は顎を開け、迫る。


「夕緋、伏せな!」

 

 真澄さんを一瞥する事なくその場に身を屈める。頭上に銀色の弾丸が飛来し、人狼を押し返した。いや、それ以上に狼は悶えている。


「効いてる……⁉︎」

「対鮮血姫用に備えておいた純銀の弾だ、こんなとこで使うとは思わなかったけどね。続けッ!」

 

 間髪入れずもう一振り。狙うは顔面、両断すべく空に刃を掲げる。一閃煌めく刹那、

 


『碧海市の土地神様っすよね⁉ うわ、感動ぅ~握手いいっすか⁉』



 唐突に、擬態の青年灰野コウジの姿がフラッシュバックする。明るく振る舞うあの姿も、偽りだった。


「くっ──!」


 ノイズが邪魔をする。

 気にする必要はないんだ、あれは私たちを騙すための嘘だッ!


 雑念の混じった斬撃は右腕の骨に止められ、跳ね返された。無防備な硬直を人狼は見逃さない。


「へへァ、邪魔だァッ」


 膂力に任せた腕が、私の右肩を薙ぐ。骨は軋み、強力な衝撃で地面を削る。栞さん達へ前進する人狼へ、再び詰める。刀身は既に半分銀色、余裕はない。


「こ、のぉっ」

「鬱陶しいんだよ、ガキが」


 振り下ろす刃は壊れかけの右腕に弾かれ、身体は地面に叩きつけられる。


「が……はっ」

「夕緋ィッ!」


 3回の銃声。そして地を蹴り真澄さんが人狼の顔面へ銀色の剣を振り下ろす……が、刀身は頭蓋に阻まれた。


「くそ、硬いか……!」

「ハッ、吸血鬼狩りとか言ってたなァ! 統括土地神様よォッ!」

 

 真澄さんの腕を引き寄せ、人狼は真澄さんの首筋に牙を突き立てた。


「ぁ…………ガ……」

「真澄さん!」


 得物は手からすり抜けるように地面へ落ち、真澄さんは力無く倒れる。


「土地神の血っつっても、大して上手くねぇなあ……さてェ」


 人狼は目的の存在へ視線を戻す。逃げ場の無い状況で、できるだけ子供たちを奥へ退かせてアンナさんが前へ現れる。

 

「子供達へは触れさせません……喰らうならわたくしを喰らいなさい!」

「ッ⁉ 邪魔だクソアマァッ!」


 必死の叫びも虚しく、アンナさんは人狼の爪で腕を裂かれた。


「うっ……」

「アンナ先生っ!」


 細い腕から、月と同じ赤い液体が流れ落ちる。


「調子に乗ってんじゃぁないよ、吸血妖魔が。樹ィッ!」

「く──そぉっ!」


 吸血されても立ち上がる真澄さんに続いて樹さんが再び銃を手に取り人狼へ立ち向かう。

 

「しぶとい奴ッ‼」


 真澄さんによる銀の弾丸の雨。

 吸血人狼の毛皮を貫き、肉を抉る。それでも妖魔は倒れない。痛みすら嗤いながら。


「痛ぇ、痛ェ! ハハハハハハハハ!」

「このやろ――!」


 樹さんが続けて銃撃を浴びせるものの、決定打になっていない。その攻防を、私は這いつくばって見るしかなかった。


「アンナ、さん……」

「先生、先生……⁉」


 私が守り切れなかったから、

 私が仕留めきれなかったから……余計なことを考えて、剣が鈍ってしまったから、アンナさんが……


「だ、大丈夫です……皮膚は裂けていますが、これくらいは」


 、迷っている。


 何度目だろう?

 身近なヒトが傷ついてなお、私は、妖魔の背景を考えている。どうしても、ハルトさんやサナさん、長虫カオリや深田ワタルのことが頭の片隅にこびりついている。


 理由があって私と一緒にいた妖魔。

 本能に従いながらも人間と共に夢を見ていた妖魔。

 利害の一致で、私達と共に脅威と戦ってくれた妖魔。


「どうして――人を傷つけるんですか」

「……ハァ?」


 気づけば立ち上がり、妖魔に問う。

 どちらかといえば、どうしようもない妖魔の方が多かった。でも、漆葉さんと会ってからの妖魔には……何か、違うものを感じさせることがあった。


『生きるために食べることは…………そんなに悪いことなの?』


 私にはそれに答えることが出来なかった、だから――――


「楽しいからじゃねぇか、人間痛めつけるのに理由なんているかよ! ハハハハハハハハハ」

「耳を貸すな夕緋!」

「……………………ぁ」


 ……私は、どこか期待していたのかもしれない。

 すべての妖魔がそういうわけではないと。事件が終わる前に、何かできるんじゃないかと……どこか甘えがあったのかもしれない。

 

 目の前の人狼妖魔に、理性はない。

 言葉は通じても、分かり合えることはない……もうすでに、土地神として生きることを決めたその時から、分かっていたことだ。


 いつからだろう、妖魔への考えが鈍ったのは。


 妖魔は否定するしかない。

 迷わず、殲滅……それが土地神に、私にできること。最初から、何も変わってない。


「……解除パージ


 意識は深く、ただひとつの目的の為に。

 上半身を包んでいた殻装を外し、桜色の刃を構える。

 やることは今までと変わらない……お姉ちゃんがやっていた事と同じように、ただ――――


 斬る。


 瞬間。体感一歩踏み出した刹那、

 眼前の人狼から、左腕を切り落とした。


『土地神、白神夕緋を認証。機能の使用を許──』


 声が遅れて告げる。

 銀色に戻りつつあった刀身は、視認するよりも早く桜に染まっていた。


 真澄さんも樹さんも栞さんも、後ろで傷を押さえるアンナさんの身体を包む光が、える。そして……目の前にいる妖魔は、既にその光はなく、血にまみれた口で叫ぶ。


「腕ェ……腕がァ……‼」

「…………ッ」


 思考は透き通り、ただ妖魔を斬る為だけに回転する。苦し紛れの爪による刺突を躱し、懐へ。刀を振り上げ人狼の胴を撫で、桜色の軌跡が刻みこむ。


「真澄さん、追撃!」

「……任せな」

 

 わずかな隙に真澄さんと入れ替わり、銀の弾丸が人狼の身体にねじ込まれた。ようやく動きの止まった妖魔の前に、静かに立つと、必死に狼は呻く。


「な、んだ……その、力は……」

「Ahhhhhh──────ッ!」

 

 再度入れ替わり、逆袈裟に人狼を切り裂く。妖魔の身体は桜色の光で×がつけられ、そして……


「ぁ……Aaaaaaaaaaaaa」


 狼の身体が、収縮を始めヒトの形へ変わっていく。毛並みは全て失せ、肌色の身体が露わになる。


「ぉ……お、れ……は…………」


 青年に擬態した妖魔は、栞さんへ手を伸ばす。それが届くことがないとわかっていながら。


「……」


 もう一太刀繰り出す前に気づき、ゆっくり刃を下ろす。これ以上、斬る必要はない。吸血人狼となっていた灰野コウジは、そのまま動きを止め、完全に沈黙した。


「ふぅ………………」

「あ、あの……白神さん、大丈夫?」

「え? ……はい。そうだ、アンナさんや真澄さんの手当をしないとですね!」

 

 深呼吸は脳を冷静に戻し、栞さんを心配させまいと土地神として振る舞わせた。しかし空元気の脳裏では、納得するために考え続ける。

 あの妖魔は生きている必要なんてなかった。だから私は、否定した。元々こうだったのだから、疑問を抱く必要はない。妖魔は否定するものだ。


 私の考えは間違っていない。

 そう、間違ってない。お姉ちゃんだって……そうだったはずなのだから。


 

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