5-4(13)狼に桜の刃を②
刺しては薙ぎ払い、貫いては切り伏せる。
呻き声を上げるだけの妖魔もどきは鮮度を失った血液を噴き出しながら倒れていく。
「くそッ、近づけやしない!」
「何人喰ったんだ……」
銃口は火を噴き、散弾が複数の吸血鬼の頭を粉々に吹き飛ばす。文句を言いながらも、片手で銃火器を振り回しながら真澄はぼやく。樹達含め、他の対策課職員も身を守るだけで精一杯だ。
「ヒャハハハハ、人間と元人間同士で精々争ってな!」
ぐちゃぐちゃの右腕と、血に染まった左手で不細工な拍手を奏でられる。
蹴散らそうにも放置された車が障害物となって吸血鬼の数を把握できない。『明るさ』も捉えられない相手はこんなに面倒なのかよ……!
「オレに力を与えたのが間違いだったなクソ女ァ……
「なんだって⁉︎」
ひとしりきり捕食を終え、狼は下品に笑いながら四つ足に構え、四肢の筋肉を隆起させた。
「Wooooooooooo」
周囲を威圧する遠吠えと同時に、血に塗れた狼はアスファルトを駆ける。やはりその身体には、
「栞ねぇが危ないっ!」
「おい、
コウジが作った道を、狩夜市の土地神が追う。
幸か不幸か、敵味方無関係に突き破った道路は、俺達が追いかけるにもちょうど良い状態だった。しかし……道が開けた分余計に囲まれやすい状況に変化する。
「灰野コウジが言ってたことが本当なら狙いは満月園だよ!」
「どうして栞さんを……⁉」
「考えるのは後だ! さっさと樹を追う――って」
四方から聞こえる銃声、覆いかぶさるように呻く吸血鬼の声。生者の血を求め、壊れた体で迫る。それは土地神とて例外ではなく、
「樹の奴、全部終わったらシバいてやる……!」
「どうしますか真澄さん」
「どうするもなにも、迷うな殲滅だ殲滅!」
迷ったら殲滅――そう、土地神にできるのは始末することだけだ。
刹那、赤い空から無数の刃が飛来する。それは身をもってよく知っている、我らが上司の権能。
「すまない、遅くなった」
「仙っ」
視認できる限りの吸血鬼の脳天を貫き、亡者を亡者に戻しながら篠宮仙は合流した。
「遅いよバカ」
「申し訳ないです、準備に手間取ったもので……」
俺に目配せする当たり、ハルトの世話と俺自身のことでかなりフォローしたようだ。感心感心。ようやくこれで任せられる。
「統括も二人揃ったんなら別れよう……俺と仙がこっちに残る。白神と真澄は、樹を追って灰野コウジを討ってくれ」
上司に提案されるよりも早く、さっさと言う。
迷っている暇などない、
「な、なんでですか漆葉さん⁉」
「……死んでる奴らには、朝緋の力は使えないんだ」
短い会話の間にも、コウジの下僕は押し寄せる。
今まさに吸血鬼となっている人間達の胸へ、再び刃を突き立てても、
『収奪不可、生命力感知できません』
刀からの声は応えてくれない。想定内、自前の生命力で妖魔の胸から頭を両断する。
「今の俺じゃ、あいつは倒せない」
「漆葉さん……」
寿命を捧げると、銀色の刃は再び桜色に染め上げられ宙を舞う。受け取るは碧海の土地神、
「白神……任せた」
「……了解です!」
変わりに空を踊ったのは少女が握っていた蒼い
「お守りは頼んだぜ真澄!」
「真澄『さん』、だ! お前も全部終わったらシバくからな!」
白神と真澄の進む道を守りながら、仙と共に二人を見送る。ようやく余裕が出てきたのか、対策課の職員も応戦している……が、表情は険しい。当たり前か……土地神が揃ったとしても、人間から見れば妖魔に囲まれているうえ、悲惨な状況にかわりない。
「いいのかい、君が行かなくて」
「手負いの擬態が行った所で何ができるんだよ」
「だったら戻ればいいだろう?」
「それをしたら……あいつの望んだことにはならねぇ、よ!」
しかし白神から受け取った剣は重い。いつも扱ってるあの刀の軽さに、ずいぶん慣れてしまったらしい。土地神の力で膂力を上げても重量でふらついてしまう。
正対する吸血鬼に斬りかかり、刃は首の下に食い込み止まってしまった。
「VAaaaaaaaaaaaaaaaaa」
「しまっ――」
擬態で戦うとほざいた途端これだ……このまま噛まれたら、俺はどうなるんだろうな。まぁ……もとに戻るなら戻るで構わないんだが……
迫る吸血鬼の歯。
だが大きく開いた口のまま、そいつは額に穴を空けて一瞬動きを止めた。一発の破裂音と共に。
「Ahhhhhh──────ッ!」
瞬間、食い込んだ刃を無理やり振るい、吸血鬼の首を刎ねる。
「っ……誰だ?」
「まったく、土地神ってわりに間抜けなのは相変わらずね」
妖魔の倒れた先にいたのは白い兜を被った謎の人物。それが殻装・碧海零式の兜であり、クソ生意気な軽口だから誰かなんて丸わかりなのだが……
「おまっ……なんでここに!」
「サ……君、待機するように伝えただろう⁉」
「アホ二人に死なれたら困るのよ、悪いけど元人間だからってこいつらに遠慮しないでよね。そいつらは――」
長々と語る
「遠慮するつもりはないさ……僕たちは、生きている人間を守るのが役目だ」
「殊勝なこって……ぁ?」
樹もそうだった。人狼の時は勇敢に突っ込んだが、最初に研究所前で奴らと対峙したときも積極的に前には出なかったし、他の職員も何処か険しい表情をしている。それは凄惨な現場に対する嫌悪感かと思っていたが……ひょっとして俺は、何か勘違いしていたのかもしれない。
「漆葉!」
「わあってるよっ」
もう一度蒼い刃を力任せに振り下ろし、吸血鬼の首を刎ねる。その身体は、今でこそ『明るさ』はないものの……ついさっきまでは確かに生きていた存在。むりやり妖魔に変えられた人間だ。
だったら何故……
仮に今、
「クソッ……鬱陶しいな」
……考えるのは後だ!
膂力に任せて妖魔もどきを一体、また一体と処理していく。戦線を押し上げると、他の職員も奮起し銃弾を撃ち続ける。
「仙、怯むなよ!」
「統括土地神にお説教かい、十年早いよ」
俺が前を切り開き、サナがフォロー。そして仙が一掃していく。銃声が止み、呻き声が聞こえなくなったところで、剣を下ろした。周囲で沈黙する亡骸は、虚血した蒼白の肌を晒していた……当たり前だが、とっくに生命の光はない。
そして、もう一度問いかける。
これは、果たして妖魔なのか。
それとも、生命が終わった後は人間に戻っているのか。
「もう残りはいないようだね……支部にいる残った職員を呼ぼう」
「ちょっと、白神夕緋を追わないの?」
「必要ねぇよ」
信じて戦いに出した奴のことは心配などしていない。白神は、そんなヤワな土地神じゃないのだ。だったら俺が今できることはひとつ。
「さてと、お前はさっさと帰れ。仙、ケガ人の手当すっぞ」
赤い月の戦いの結果は揺らぐはずはない。
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