5-4(10)権能の代償
人狼の頭領こと、灰野コウジを撃退して数時間後。狩夜市医務室にて。
『ハルト君に関しては君が手当をしてくれたおかげで問題ないよ、単なる衰弱だね。さすが妖魔というか……食事を済ませたら寝てる』
「そりゃ良かった。で、お前はいつ頃戻ってくるの?」
『あのね……僕に全部押し付けたんだからごまかすくらいはやって欲しいな』
「キャー、パワハラぁ」
電話越しにお小言が続いているが通話を切る。スマホを下ろすと、そこにはカーテンの隙間から白神の視線。
「……仙にぃですか?」
「おぅ、妖魔の返り血で汚れたからシャワー浴びてるってさ」
もちろん嘘である。
ハルトの看病と、サナの世話を
「着替えなら支部でいいんじゃ……?」
「スーツ着てたからホテルのクリーニングに出すんだろ、しらねぇけど」
その辺の言い訳は上司本人に任せよう。あいつなら切り抜けられるだろ、多分。
仙の困り果てた顔を想像していると、医務室の扉が開いた。銀髪褐色の女は安堵か弄りか、歯を見せて笑う。
「よぉ漆葉ァ、腕の調子はどうだい?」
「動かねー。原因もよくわからんってよ」
焼けた左腕を右手で持ち上げ、振ってみせる。熱に冒されれば変色するはずの腕は、やや黒ずんだ色に褪せていた。肘から先は感覚が失われ、拳を握ろうにもピクリともしない。
「……何したんですか漆葉さん」
「刀使わずに人狼──灰野コウジに土地神の力をぶち込んだまでだよ……破裂と再生繰り返しながら逃げられたけど」
「機能はしてないが異常はないってのが医者の見解だと」
「土地神を診れる医者は限られてるから仕方ないよ。本来はあの刀を媒介して負担を軽減してたんだろうが、戦闘に応用するにあたって人間への回復に使う時よりも多量の生命力が流れ込んだからブッ壊れたんだ……無茶するよ、まったく」
「へぇ、物知り」
「感心してる場合じゃないですよ。大丈夫なんですか?」
「左腕以外は問題ないし大丈夫だろ多分」
「そんな適当な……」
「だから言っただろ、無茶するなって」
感覚のない左腕を、真澄が掴む。
圧迫感も、ヒトの体温もなにもない。
「無茶って……もともと仙と組ませたのはあんただろ」
「あんな思わせぶりに仙のやつをだしにしてたら、乗ってやるのが上司ってもんさね」
こいつ……まさか気づいてる、のか?
だったら本体に戻るのはまずいな。治療不可の負傷がいきなり回復してるなんてアホでも怪しむ。強制返戻でも発生しない限りは右腕だけで乗り切らないといけないのか……
「アホくさ……」
「なんだって?」
「こっちの話。で、現状はどうなってるわけ?」
「それならもうさっき全員に通達済み。仙には個別で連絡するとして、知らないのは漆葉ァ、お前だけさ」
「報連相とは?」
一応は増援要員で来ているのだからもう少し労わってほしいものである。遠慮のなさは碧海市にいるときと変わらない。
「
「分かりました!」
「ついでに、その身体で勝手な行動しないよう見張っとくんだよ」
「了解です!」
次の行動を予測しているあたり、信用されたものだ。ますます妖魔本体に戻れなくなってしまった。
「あ、そうだ……漆葉ァ、これ付けときな」
「ぶぇふ」
医務室をあとにする真澄から、何かを投げつけられると左手で反応できず顔に衝突。落ちたのは白い手袋。
「……なんすかこれ」
「見たらわかるだろ、手袋さ。そんな手でうろついてたら負傷者ですってアピールしてるようなもんだよ。それとも殻装の籠手をずっと装備してるかい?」
世が世なら決闘だぞ。
最後まで弄りに弄って真澄は消えていった。
あれ? もしかしてこれ付ければ本体に戻っても誤魔化せるかも……まるで擬態だな。
「
「戦ってる時にどっか行った」
「……涼香さんに怒られますよ」
閑話休題。
「じゃあ真澄さんの代わりに現状報告しますね!」
「声量は抑えめでな」
リクエスト無視で、白神はノートパソコンを開いた。
「本日正午過ぎ、一台のみ運用していた献血車両に向けて吸血鬼と人狼の襲撃ありました。これは漆葉さんへ連絡しましたね……現場にいた人員のみで対処、掃討済みです」
「マジで両方来てたのか……」
「民間人への被害は軽傷者のみ、支部職員は2名が人狼により重傷。献血スタッフは全員無事でした」
混戦の模様がパソコンに表示される。献血車両に殺到する吸血鬼と、それを薙ぎ払う白神。人狼も一緒に切り裂く姿はまさに鬼神。
「現場には人狼の情報を伝えにアンナさん達も来ていましたが問題なし。献血スタッフには帰宅してもらい、栞さんだけアンナさん達に満月園へ送ってもらいました」
「……なんか過保護だな」
「もともと園でお知り合いですし、アンナさんも心配してるんじゃないですかね?」
園の教え子と先生……面倒を見てきた存在だから、それだけなのか? だったらこの活動に参加させる理由も謎だが……
「同時刻、仙にぃ――篠宮仙・漆葉境二名のみのグループへ人狼の襲撃。逃走した妖魔を追跡した結果、人狼のリーダー格と思われる存在に突き当たったわけですね」
画面には献血スタッフである灰野コウジの写真。気怠げな垂れ目がやる気のなさそうな青年像をイメージさせる。だが、それは仮の姿。コウジの擬態が解かれ、人狼となった姿が映像として残っていた。
……待てよ。この映像があるってことはヤバくね?
「なぁ、これ俺が着てた殻装の記録映像だよな?」
「えぇ……仙にぃから支部に送られてきました。あ、漆葉さん仙にぃに後始末まで押し付けましたね⁉」
勘が良いのか悪いのか。
さっき適当に誤魔化していたことを蒸し返されたが肝心のハルトについての言及はない。仙の奴が意図的に切ったのだろうか? まぁそういうことにしておこう。
「映像はこれだけで、それ以降は漆葉さんの証言のみで共有は終わりです。何か訂正箇所はありますか?」
「いいや、問題なし。付け足すなら灰野コウジの右腕は土地神の力でぐちゃぐちゃになってるはずだ。人の往来が多いとこは歩けないと思うぞ」
「…………」
タイピングの音が途中で止まる。
白神が妙に冴えない表情で液晶画面を睨んでいた。
「どうした?」
「……え? あ、いや! な、なんでもないです! そうだ漆葉さん、何か食べたいものありますか⁉︎」
一変して、どう考えても作った笑顔で誤魔化された。何か思うところがあるのかもしれんが、追求して空気を悪くするのもアホらしい。
これと言って食べたいものなんてないが……あ、アンナの食ってた苦いチョコ思い出した。なーんか苦いもんがいいなぁ……
「じゃ、青汁」
「また苦いものですかぁ?」
「身体にいいんだぞ、ジョッキで持ってこい!」
これだけ擬態で傷を負ったなら、あとは白神のサポートに回るか……
医務室の窓の外は、すでに秋の夜。
異変を市内に知らせるように、赤い月が空高く昇っていた。
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