幕間 二番の人狼
どうしてオレが逃げている?
腕が熱い、脈が速い、心臓の鼓動が速い。バグってんのか擬態にもなれず、灼熱感に悶えながら人目を避けて路地を進む。
「ハァ……ハァ……」
なんでオレが逃げなきゃいけないんだ。
権能持ちとはいえ、勝てると思っていた。今頃権能を取り込んで次の手を考えていたはずだった!
「ハァ……ハァ……!」
治っては自壊を繰り返す右腕。
閉じた先から皮膚は裂け、血を吹き出してまた閉じる。足元のコンクリートが、忌々しい
「こんな、はずじゃ……!」
人狼は由緒正しい妖魔だ。
その中でも自分は、生まれた時から特別だと思っていた。周りの奴らはまともに二足で立つこともできない、四つ足の劣等種ばっか。立てるやつでもたいして強くないことがほとんどだったから、自分が一番だと、そう思っていた……しかし、そんな考えは甘かった。
いつからだったか、
自分は二番であると痛感させられたのは。
◇ ◇ ◇
『へっ、オレが一番っすねぇ』
日本に来る前のこと。
とある街で獲物を狩っている赤い月の夜に、奴は現れた。オレと同じ、けれど月夜に照らされた姿はどこか違っている女のガキ。ちょうど俺が食事をするその時を邪魔するように前に立つと、冷ややかな目で呟いた。
『お前も、生き残りか?』
『驚いた。まともな同胞が生きてたんすね……でも、他人の狩場を邪魔するのは──』
狩った肉を味わう前に、灰髪の女へ腕を伸ばし……
呆気なく返り討ちにされた。
それは簡単な理由で、その女──いや、そのガキはオレより強い人狼だった。それも、純粋な人狼。
『一匹狼なんて無意味だ。お前もわたしと来い……我らが種の存続のためそして……あの人のために』
既に終わった種の生き残りの中で、特に濃く血を引き継いでいたのに。奴はオレを単なる雄として利用するためだけに生かした。それからだ、今までオレについて来た手下どもも、あの女に従うようになっちまった。
『あらキョウコ、新しいお仲間かしら?』
その人狼もまた、より強い存在に付き従っていた。オレ達よりも濃く、真っ赤な瞳を持ったクソ女……
『古き名を持っても、血の薄さは否めませんわね。純血とは程遠い……』
笑った。
奴はオレを笑った。血が薄いと。同胞にズタズタにされた全身が、蒸発してしまいそうだった。
それでも生きる為には、二番に甘んじるしかなかった。
それからオレは人狼の一族へ加わった。名前も日本人として偽装する為、一族の証として『兵牙』の苗字を刻まれて。現代でもそこそこに同胞がいたことは驚いたが、重要なのはそこじゃない。
全員が全員、オレより年下のガキ──兵牙キョウコ──に何も文句を言わないのだ。それどころか『長』とまで称えて始末に追えない。
わかってんのか?
人狼と恐れられるはずが、吸血鬼の手下にされて、お前らが長って呼ぶそいつはその吸血鬼に従順なんだぞ?
それはもう狼じゃない、犬だ。
多少血の濃い、擬態になれる奴らも、ガキに従うだけで自分では行動しない。何から何まで長、長、長……
本当にそれが妖魔なのか?
いつまでも二番手にいるのはごめんだ。オレはオレの考えで動く。
だから土地神の権能について知った時は心躍ったね。日本以外じゃ軍が出張ってくることも珍しくなかったから、妖魔にとっては実に良い国だ。こいつぁオレたちと相性が良いってね。
気を伺って数年、上司から何故か知らないが妖魔を捕まえろと言われ……それが重要な仕事だと分かれば話は簡単だ。
仕事を失敗させて、オレが功績を上げればいい。
奪って、奪って、
気に入らないやつはぶちのめせば良い。だから長……兵牙キョウコから離反してクソ上司とは対立。来栖ハルトを奪って順調だった。
万が一土地神にバレても、オレが負けるはずない……
◇ ◇ ◇
……そう考えてたんすけどねぇ。
「はぁ……はぁ……」
通報を避けるため擬態になっても、腕は人狼のまま。小さくなっているものの、破裂と自己再生は止まらない。あの男……
「はっ……無意味な考察っすねぇ……」
路地の片隅に座り込み、携帯を取り出す。
誰からも連絡はない……時間稼ぎに土地神どもへ送り込んだ手下たちも始末されたようだ。そりゃそうか、自分がヘマしたんだ……オレ以外の狼が生き残れるはずもない。
「くっ…………」
秋の夕暮れ。オレンジ色の太陽は沈み赤色の月が空へ昇る。ちょうど憎々しいあの吸血鬼の女の瞳と同じ色。
「ムカつくっす、ねぇ……」
『長』と呼ばれず、頭領を自称する二番の人狼は、少しでも痛みを忘れるため静かに瞳を閉じた。
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