幕間 令嬢は土地神に何を見るか


 漆葉境が人狼・灰野コウジを撃退していたその時を同じくして、場所は同じ狩夜市。献血場所に現れた人狼と吸血鬼との戦闘が展開されていた。


 しかし、退屈。


 わたくしの眼前に映る光景は、ひどく……それはとてもひどく、退屈だった。


「はあぁぁっ!」


 蒼い鎧に身を包んだ少女──白神夕緋──が、これまた蒼い両刃剣を振るい妖魔を蹴散らしている。も、元人間である私の下僕も関係なく。


 その姿は土地神と呼ぶにはあまりにも泥臭くて、でも荒々しい……普通と呼ぶには常人離れしていた。およそ一般的な人間の抵抗ではない、が……


 ──違う。


 確かに、苛烈な戦い方。

 けれど、それは自分が求めているモノとは違う。圧倒的な力によって他を屈服させる姿……私は、それを求めている。


 それに比べて、なんてつまらない。

 あの映像を見た時に心躍ったのはなんだったのか。彼女を見ながら自身に問いかける。

 決して自分の眼が曇っているとは思わない。現に、味見をした人間はみなだった。


「Vaaaa」


 献血車両の扉には、そんな下僕紛い者たちが血を求めて殺到している。もはや誰が主かすらもわからない、ヒトでも妖魔でもないけだもの……まぁ、作ったのは私ですけれど。


 そんな生命の残滓達の様子に、車内の彼女は私の手を引く。


「アンナさん、そこにいたら危険だよ!」


 動揺した様子で、しおりが私を呼ぶ。震えた手で触れたら、虚勢を張っているなんて丸わかりなのに、なんて健気なこと。

 怖がらせないように、小さく笑う。


「大丈夫ですわ栞、ほら」


 群がる吸血鬼を、白神夕緋と銀嶺真澄……それといつきが筆頭に蹴散らしていく。白神夕緋は車内のスタッフを安心させるためか、こちらへ親指を立てた。


「土地神様たちがいれば安心ですわ。でも万が一があってはいけませんから、貴方は奥で姿勢を低くなさい」

「は、はい……!」


 解ける手指、その先にある白い柔肌。

 緊張でわずかに汗ばんだ首筋は、車内の照明で艶やかに照る。今すぐにでもその肌へ牙を突き立てたい情動が、怒涛の如く押し寄せた。

 

(いけません……しおりは私の──)


 腕を組み、爪を肌に食い込ませて唇を噛み、湧き上がる欲望を抑える。不意に訪れるコレは、やはり慣れない。

 静かにさがを鎮めていると、隣にいた灰髪の少女がこちらに一歩、身を寄せた。


「お嬢様」

「……キョウコ? なぁに?」

コウジが、漆葉境に退けられました」

「……そう」


 小声で耳打ちしたキョウコはそれだけ伝えると扉の前で小銃を取り出し待機。護衛していると、ポーズだけでも取り繕ってくれているのだろう。


 やはり漆葉境の方なのだろうか? この渇きを、疼きを止めてくれるヒトは。

 ……いいえ、確かに朝緋の権能は彼が持っている推測は間違いない。けれど、


「wooooooo」

「くらえぇッ!」


 人狼に臆することなく刃を振るう少女、鎧に身を包んだその顔に面影を重ねることはできないけれど、


 白神朝緋がいなくなった今、あの瞳……桜に染まったあの瞳になった白神夕緋こそ、


 私が追い求めたものに違いない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る