5-4(9)Overdose



「くっ……遠慮ねぇな……ァッ!」


 目くらまし代わりに刀に残った生命力を振り回し、ハルトと共に一旦退く。余裕の現れか、人狼であるコウジ達動かなかった。


 工場内を走り回り、敷地内の別棟に身を隠す。


「ふぅ……人間だけじゃなくて味方も喰う奴だったか……」

「本人は味方と思ってるか微妙だったけどね」


 何でも喰うのはこの前の鮫で充分だっつうの。人狼がタフなのは同胞すら喰う、その食欲が理由なのかもな。

 痛みはない。骨が折れててもおかしくないぶつかり方だったが、殻装キャラペイサーに守られたようだ。


「どうすっかなぁ」

「無策⁈」

「たりめぇだろ、あの人狼──灰野コウジ以外のやつはさっきの方法で倒せたんだからな」


 まさか自分の部下を喰って回復するなんてな……


『やっぱ回復薬は用意して正解だったすねぇッ!』


「要するに部下の人狼=命のストックみたいなものだね……なら、まずは頭領を仕留める前に周りを片付けるしかないよ」

「あの親玉を捌きつつかぁ?」


 いや、やらなきゃそれこそゲームオーバーだ。ここはハルトの意見に乗るしかない。ただ……


「言い出しっぺにも頑張ってもらわないとな」

「え……」


 殻装の兜、胴、そして両腕部を脱ぎハルトに渡す。足だけは残しとくか。


「これありゃ少しは殴れるだろ」

「無茶苦茶だな、相変わらず」

「変わんねぇよ、いつも通りだ」


 お互いの装備変更を終えると、ゆっくりと地面を踏み鳴らす足音が近づく。


「漆葉サーン、権能渡してくれるんなら楽に始末してあげるっすよぉ?」


 壁越しの『明るさ』は対面した時に戻っている。この数分で治ったのかよ……って、黒蜥蜴おれも似たようなもんか。


「マジで周りの回復薬──取り巻きをなんとかしねぇと」


 違和感が過ぎる。

 あいつにとっては回復だ。それに、生命力として補給できるならなんで今すぐ全部喰わない?


「wooooooooooooo」


 思考の余裕なく、取り巻きの狼たちが物陰の俺たちを見つける。そういえば、狼も鼻が効くんだったな!


「ハルト、まずはお前の言う通りだ! 周りの人狼を減らす!」


 突進してきた一頭を受け止め、額に刀を突き立てる。刺した先から権能を起動させ、


『収奪』


 無機質な刀の声は、人狼から文字通り命を奪う。鈍色の刀身が桜色に染まる。あと八!


「とにかく速攻だ、死ぬなよ」

「後輩に言われたくないね!」


 上半身無防備と下半身無防備な男二人、影から飛び出し迎え撃つ。途端に現れる人狼四体。


 先刻倒した人狼の生命力で雑に薙ぐ。今まで襲ってきた人狼と異なり、四つ足のままの奴らは柔い。見慣れぬ斬撃に二頭を二枚に下ろした。


「wooooo!」


 なおも突っ込んでくる狼。腹に頭突きを受け、さらにその後方からコウジが距離を詰めてくる。


「装備外して軽量化ですかぁッ⁉︎」


 部下もろとも鋭利な爪で貫き、間髪入れずに回し蹴り。吹っ飛び様に反撃よろしく斬撃を飛ばしコウジの右目を切り裂く。


「ハッハッハッハッハ! 必死すねぇ! その権能はオレと相性良さそうだ!」


 やべ……腹抉られた……


「wooooo!」


 止血の暇なく取り巻きはやって来る。左手に噛みつかれ、肉が裂ける。


「鬱陶しいんだよ、クソ犬!」


 刀に残った生命力を左手に流し込もうとしたその瞬間、誤って狼まで一気に注いでしまう。テンパった状況の生命操作は慣れていない、こんな時に……!


 瞬間、


「────⁉︎」


 純粋な生命力を受け止めた人狼の取り巻きは、強化された咬合力で俺の腕を噛み砕くはずだった。しかし、噛んでいたはずの牙からは力が抜け、流れ込んだ生命力は人狼の顔に集中し、小さく炸裂。


 癒すはずの生命力が、熱をもって暴走した……


 思えば。

 刀を介在して『生命力』とやらを放っているが、意識的に癒す、直すと考えなければ攻撃に転じていた。

 それが俺の権能だというなら、直接叩き込む方が早いに決まってる。命が力だと言うなら、過剰な生命力は脅威に間違いない。


「ハルトォッ!」


 妖魔の亡骸を振り払い、ハルトの援護へ回る。背中を合わせて周囲を見渡せば、コウジと、取り巻きの狼が四。合わない分とコウジの顔を照らし合わせればすぐにわかる。切り裂いた顔がもう治っていた。


「策はできたのか⁉︎」

「あいつにとって回復薬ってのは俺にとっては爆弾らしい」

「わかりやすく!」

「めんどくせぇからとにかく時間を稼げ!」


 ハルトはそれ以上聞かず、コウジへ向かって走る。有能先輩は助かるわけだ。


「何したところで無意味っすよぉ! wo──」


 遠吠えが起きる前に、殻装の脚力補助で取り巻き一匹の間合いへ入り不意打ちの刺突を繰り出す。


「奪い、取るッ!」

『土地神権限により生命力を吸収します』

 

 妖魔の命を吸い尽くし、刀は再び輝く。


「ハルト伏せろッ!」


 コウジの攻撃をいなす少年の頭上スレスレに、吸収した生命力による斬撃を展開。首筋から頬にかけて桜色の斬撃が人狼を切り刻む。


「純血の人狼には、全て無駄無駄ァッ!」

 

 痛む様子はなく、コウジは足元に従えていた配下を掴み、喰らう。出血点は塞がり、またも明るさを取り戻す。


「何度やっても効かないんすよォッ!」

「ハッ、クソ犬が吠えてろ!」


 残りの取り巻きは二体。逃すわけにはいかない。ハルトそっちのけで左右から同時に接近する狼の妖魔達。連携こそしているが、もう見飽きた!


「woooooo」

「芸がねぇんだよ!」

 

 右から来る狼の下顎から空へ向かって貫き、狼ごと振り回して左のお仲間も脳天をぶち抜く。


『生命充填、約三百パーセント。市外活動における危険領域です、放出してください』


 刀による警告。

 その身からは光が漏れ出し、うっすらと右腕に纏わりついている。三体分、準備はオーケーだ。


「人のアイテムにぃ、なにしてんすかァッ!」

なまくらッ、充填全てを俺に回せ!」


 ハルトを薙ぎ払い、独りになった人狼の頭領はようやく慢心を改めこちらへ踏み込む。


「漆葉、危ない!」

 

 もう身を守る鎧もない。

 けれど、守る必要はない。


 元々黒蜥蜴おれは、防御するタイプじゃないんだからな。


「Wooooooooooo」


 人狼の鋭爪が心臓を狙う。急所から身体をわずかに逸らし、人狼の武器は俺の右肩を抉る。ここまでくれば後はもうぶち込むだけだ!


 身体を抉ったコウジの右腕を左手で掴み、そして――


生命いのちを――味わいなッ!」


 生命には、限りがある。


 数多く存在する地球上の生物、そのひとつひとつが異なる寿命を持つ。それはつまり、内包する生命力が異なるということ。


 また一種族でも寿命には個体差がある。

 環境や摂取する物によっても生命には違いが生まれる……が、そこではなく。一個体の保有する生命力が限界を越えたらどうなるか?


 特定妖魔『大喰らい』は多くの命を喰らうことで莫大な生命力を溜め込み、かつ利用していた。それは元々の巨躯を維持するという意味もあった。だが、限りなくヒトに近い大きさの生物が保有できる生命力は?


 そして……各部位が保有できる生命力は?

 それはさっき、一体の妖魔で確認している。


『繰り返します──生命充填、三百パーセント。市外活動における危険領域です、放出してください』

生命いのち、返品だァッ!」


 刀を介在せず、左手から妖魔達から奪った命を人狼へ送り込む。本来存在しえない、行き場を失った命の行方…………その終着点は今、証明される。

 人狼・灰野コウジの右腕が二倍、三倍と膨張。そして、皮膚が許容量を超え、爆ぜる。


「な、なにィッ⁉」

 

 爆ぜた先から皮膚は伸展し、修復せんと覆い始める……しかし、そこからさらに膨らみ、中身をぶちまけた。


「ウ、ウWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」


 駆け巡る人狼自身の生命、大量に保有した『生命力明るさ』は己の中で暴走する。器を越えた量の命は、その器の主自身を破壊させる。


 命の過剰投与Over Dose――生命放出の先を行く、生命操作。


 それが、漆葉境の権能。


「アヅイ、アヅ、アヅイィィィィィぃィィッ!」


 人狼の右腕、過剰な生命力を受け止めきれず内包するか身に纏うはずの『明るさ』を内外に溢れ出す。扱いきれない命の量は、かの妖魔ですらもがき、苦しむ。


「アヅイィッ、ンだ、このクソみたいな熱さはァッ⁉ こんな、こんな……!」

「まだ動けるのかこいつ――ぐぅっ⁉」


 コウジに生命力を送り込んだ左腕が熱を帯び、灼ける。桜瞳を介して見える俺の腕は、薄紅の光に包まれ、焦げる。体験したことのない灼熱感が左手を麻痺させる。


「こんな……こんな人間に、ニイィィィィィィィィィィィ」

「待てよ、クソ犬!」


 擬態からだは壊れてもいい、今ここで灰野コウジを仕留める。残った生命力を刀に回し、人狼へ接近する。しかし妖魔人狼、多大な生命力で暴走されても自我は失っていない。


「ま、マだ、オレは――」

「漆葉、下がれ!」

 

 トドメを刺すその直前、ハルトに首根っこを掴まれ後退。すると暴走した人狼は周囲を手あたり次第に爆ぜる腕で薙ぎ払う。なおも自壊と再生を繰り返しながら、抵抗は終わらない。


「オレはあぁぁぁっ」


 コウジは地面を砕き、コンクリートの破片をこちらへ投げ込む。残った力を放出して悪あがきを一刀両断。一瞬の隙に、コウジは四つ足を地につけ走り去る。このまま逃がすわけにはいかない。


「あのクソ犬、追うぞハル――」

「…………」


 腕の痛みを抑えながら振り返った先。満身創痍の少年が力なく倒れていた。


「ハルト!」

「ご、ごめん……傷は大したことないけど……」

「んなもん見りゃ分かる」


 どれだけ傷を治したところで元から消耗してたらダメか……! 役に立たないもんだな、権能も。試しに身体の生命力を左腕に巡らせるものの、灼けた腕は無反応。


 まぁいいか、妖魔本体黒蜥蜴には戻らず済んだし……つっても、肩と腕治すなら後で戻らないとな。あーアホくさ。


 久々に真面目に働いて深くひと息。

 このまま通信するわけにもいかないしなぁ、どうしたもんか。


「うわっ、なんだいこの滅茶苦茶な現場は……」

「お、仙ちゃんおそ~い」


 荒れ果てた現場にようやく我らが上司のご到着である。周囲に散らばる果てた人狼達に驚きつつ、俺達へ駆け寄る。


「人狼のリーダーは献血業務に紛れた灰野コウジって奴だ。無理矢理生命力をぶちこんで追い込んだが逃げられちまった、急いで包囲網を張ってほしいのと……あとそこの、倒れてるのが来栖ハルトな。よろしく」

「……報告が雑すぎじゃない?」

 

 ハルトに肩を貸しつつ、仙はツッコんだ。

 吐き気はないものの、いつ強制返戻が起きてもおかしくない状態だ。正直喋るのも億劫である。仙ならなんとかするだろ。


「他に人狼が潜伏してる可能性があっから、このまま応援が来るまで待っとくよ。お前はハルトをサナのとこに連れてってくれ」

「珍しく働くじゃないか」

「市の予算が懸かってるからな」


 それっぽいことを返してやると、仙は苦笑しながらその場を後にした。任務完了……とはいかないが、上出来だろう。いい加減疲れて、地面に座り込む。コンクリートの冷たさを感じないのは、下半身に纏う鎧のおかげ。


 そっか……権能ひとりだけでやったと思ったが、殻装がなかったらやばかったな。


「サンキュー、桧室親子」


 ようやく緊張感が抜け、その場に仰向けで倒れた。

 

 

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