5-4(8)真の人狼は此処に在る
「う、る……は?」
「おう、先輩。お前と再会する時は決まってボロボロだな」
前は俺がやったんだけどな。
ほっとけば
「サナ、は……?」
「無事だよ。今頃ホテルで呑気に寝てるだろうさ」
手錠を刀で切り裂き、拘束を解くとハルトは自重で床に倒れた。
「ぼ、ボクがいたら、足手まとい、だ」
「んなこたぁわかってんだよアホ」
怪我人が他人の心配してんじゃねぇっつうの。
意識を集中させ、刀に充填させた生命力をハルトに送り込むと光に包まれた少年の傷は塞がっていく。
「ぁ…………」
「それだけ送り込みゃ、動けるだろ?」
確認吸うように、ハルトは自分の手を握り締める。その身体には、十全ではないにせよ、ある程度『明るさ』を取り戻した。胃液がこみ上げてきたが、気合で鎮める。
「っ……さっさと出ようぜ。埃っぽくていけない」
「あ、あぁ」
兜を再び被り、先導しつつ部屋を後にする。
右の方にはまだ通路は広がっていたものの、今気にしている時間はない。周囲を見渡しつつ、一階へ戻る。
錆びた階段をゆっくり踏み鳴らしながら、来た道を辿る。無事に一階に足を付け、あとは仙に連絡して一旦退くしかない。傷は癒したとはいえ、もし囲まれでもすれば……
「漆葉、危ないッ!」
「は――ッ⁉」
視界の端から飛び込む灰色の毛。突如飛来したそれを左手で薙ぎ払い叩き落とす。その正体は追跡していた人狼……の亡骸だった。地に伏した狼には『明るさ』はなく、血だまりが広がる。
「あれ、今の捌くんすかぁ?」
半笑いで近づく気怠そうな声。工場外に見えるのは明らかに普通のヒトのそれではない『明るさ』。入ってきた時には探知しなかった命が、工場内へ踏み込む。小刻みなステップは、ややご機嫌ななめ。足元には従うように付き添う狼たち。人語は一切口にせず、主に怯えながら、四つ足のままこちらを睨んでいる。
「ハァ……血が薄い奴は最後の最後まで役に立たないっすねぇ」
髪をかきあげながら、青年は肩をすくめた。奴の言う『血の薄い奴』ってのは、恐らく今投げた人狼のことだろう。
「……今日は白神たちのグループで献血業務じゃなかったか?」
「探してる女の匂いプンプンさせてる奴ァいたら気になるっすよぉ」
昼間の光が差し込む工場内。暗がりに溶け込む黒のコート、妖しく光る赤みがかったブラウンの瞳。こちらの装備を気に留めることもなく、呆れるほどにマイペース。
「やっぱここで待ってて正解だったすねぇ……なんでつるんでるのか知らないすけど、来栖サナはどこにいるんすか、漆葉サン?」
思い返せば、違和感はあった。
身体は普通の人間の割に、異常なほどの『明るさ』を内包していた。つまり、普通の人間には持ち得ない生命力……そして襲撃した人狼達が口にしていた『
即ち、
「お前が頭領か……
「くくっ……頭領なんてダサい言い方、やめてほしいんすけどねぇ」
口元を赤く染めたまま、コウジは口角を上げる。その血の持ち主が誰かなど、特定は簡単だったが、正直不快だ。
「吸血鬼とお揃いで人間襲って、なんの真似だ? 献血業務にまで潜り込んで……新藤グループの支配でも狙ってんのか?」
「支配ぃ? ……っぷ、あっはははは! いいっすね、笑えますよぉそれ」
違う……?
いや、ここで長考してる場合じゃない。こいつが真のリーダー格ならなおさらだ。
「できれば来栖サナも連れてきてくれたら手間ぁ無かったんすけど、ま……仕方ないか。お目当ては一人来たし」
「……聞き間違いか? まるで目的は俺と仙だったみたいに言うじゃねぇの」
「そりゃそうっすよぉ、単なる力じゃなくて権能なら手下の犠牲なんて惜しくもないっすからねェ!」
コウジの身体が膨張を始める。
四肢、そしてヒトの顔面としての骨格が伸び、イヌ科の顔つきへ変貌。灰色の毛で覆われた全身、鋭利な両手の爪と獲物を噛み砕く牙、変わらぬ眼光。他の人狼達よりも一層黒さを帯びた灰の主が、そこにいた。
これで証拠は掴んだわけだ。顔だけではない、全身が擬態から妖魔本体に戻った正真正銘の人狼だ。
「漆葉サァン。アンタの権能、もらいますよぉ?」
「あいにく借り物なんでね、諦めてくれ」
それに渡すのはお前じゃない。
「ハルト、お前本体に戻れるか?」
「……傷は塞がったけど消耗が激しい。もし出来ても数秒だけ。君は……」
ハルトが余計なことを口走らないよう制止する。目の前にいるだけが全員ではない可能性がある。対策課の漆葉境としてここに来ている以上、妖魔であることがバレてはいけない。
ハルトに何か武器は……つっても銃はないし、他に何か……
兜内部、モニターに映る殻装の説明。脚部を示す部分に『knife』のワード。右脛側面の位置を触れると、収納されていたのは黒いナイフ。
「狼退治にナイフ一本か……ほら、自分の身は自分で守ってくれよ」
無造作に投げると、ハルトは躊躇いなく受け取った。
「言われなくても、そのつもりさ!」
短刀を構えるハルト。その目はもう曇りなく、『明るさ』が宿る。これならもう、先輩を心配する必要はないな。
「準備はいいっすかぁ?」
「行儀がいいんだな」
「そりゃもう、アンタの心臓喰わなきゃいけないんで!」
woooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo
コウジの号令と共に、手下の人狼達が四つ足のままこちらに迫る。数は十、数はあちらが上だが……それは関係ない。
「走れッ!」
疾駆速攻。
左右上下から襲いかかる狼の間隙を潜り抜け、目指すは頭領。刀身に生命力を注ぎ込みつつ、手下の狼達をいなし、あるいは後方へ吹き飛ばしながら間合いを詰める。
「やるっすねぇ!」
斬撃の圏内、囮はハルトに任せてもう一歩踏み込む。刃と見紛う爪を逸らし、コウジの懐へ入った。
「受け取りなっ!」
柔らかい腹部へ刀を突き立て、内側に斬撃を展開。コウジの身体が一瞬、薄紅色に光り、全身から血を吹き出した。
「マジ、っすか……」
「次ッ!」
人狼の長は呆気なく散った。
頭領もこんなもんか──いや、モタモタしている暇はない。さっさとこの場を切り抜ける。
ハルトのフォローの為、翻り刀を構えた、
瞬間。
倒れていたはずの
「漆葉ッ⁉」
「っあぁ……さっきのはイイ一撃だったすねぇ~。それが権能っすかぁ」
なぜコウジの声が聞こえるのか。
確かに中身を切り裂いた、手ごたえもあった。だが、人狼の姿をした灰野コウジは立ち上がって首を回し鳴らしている。
「その権能がどんくらいの威力か知りたかったんすよぉ、やっぱ回復薬は用意して正解だったすねぇッ!」
口元を新たに染める鮮血。そして左手には小柄な人狼の亡骸。それはついさっき吹き飛ばした個体を喰らった証拠。
「お前……また仲間を喰ったのか」
「仲間ぁ? 中途半端に血を引いてる奴らなんて人狼の紛いものっすよぉ……真の人狼はオレだけなんすからねェッ‼」
狼は吠える。
妖魔である自分は確かに、此処に在ると叫ぶように。
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