5-4(16)事件終息(擬)



 土地神の業務は連日多忙を極めたが、今朝は穏やかだった。

 昨夜の赤い月夜は失せ、曇天が空を覆う中、狩夜市対策課支部は今日もいつも通り仕事。


「現在は新藤グループの廃工場、新藤製鋼の地下に潜伏していた吸血鬼と思われる妖魔の解剖結果待ちだ。また、事件を通して被害を及ぼしていた狼の妖魔・人狼の灰野はいのコウジだが、本日をもって特定妖魔・紅血狼こうけつろうと認定……」


 会議室の前で真澄と仙が事件の顛末を説明している。


 昨夜の赤い月における事件は収束を迎えていた。民間人への被害も大きく、対策課だけではなく関係各所によるサポートが開始。鮮血姫と推測される妖魔は速やかに回収され、現在は研究所にて解剖中。同時に灰野コウジな関しても調査が進んでいる。


「色々ありましたけど、終わりましたね」

「だなぁ」


 ……変だ。

 鮮血姫はハルトとサナを襲撃した張本人のはず。そもそも、ハルトが鮮血姫に負けたところをコウジが横取りして監禁されていたのだ。それが一、二週間前だとしても、ベッドで寝たきりは不自然……


 それとも、吸血鬼としての最後の悪あがきだったのか?


「ん……漆葉さん⁉︎」

「ぁん⁉︎ なんだよ白神」

「なんだよって……こっちのセリフです。変な顔してどうしたんですか?」


 さりげない言葉にイラッとしたのでアホの両頬をつねる。


「爆睡かまして事後処理押し付けた土地神様は誰だっけなぁ?」

「いだだだだだ!」

「おい、碧海市コンビ静かにしな!」


 報告は粛々と進行する。

 狩夜市支部職員にも死者は出なかったが重症者が数人、軽傷者多数の被害。殻装のおかけではあるが、まだまだ課題は多いようだ。


 さらに言えば、吸血鬼によって妖魔にされた人間の犠牲者はもっと多い。洗脳や支配型の妖魔を見たことはあるが、ここまで大胆にやる同胞はしばらくいなかった。これまでの正面切って妖魔との戦いと比較すると、かなり異質なものだと言える。


 現代までに人間が吸血鬼を駆逐した理由がよく分かった。まさに『身をもって知る』ってやつだ。どっちの首でも気にしちゃいないが、部位を狙うのは面倒な話だな。


 今後こんな奴ら相手にするのは勘弁だ。



 ◇ ◇ ◇



「いや、ホンットに漆葉先輩と白神先輩には助けてもらいっぱなしで……」


 見かけないと思っていた少年が報告後に顔を見せに来た。顔はずいぶん腫れ、誰かにボコボコにされたと一目でわかる。それどころかたんこぶまで作った樹が深々と頭を下げた。


「先輩だなんて……そのことは別に構わないんですけど、樹さんそんな怪我してましたっけ?」

「あぁ、これ? 独断行動したって姐さんに叱られて……」


 昨夜の立ち回りについて、しっかりお叱りを受けたらしい。

 結果的に天崎達を助ける時間稼ぎにはなったが、土地神としては良くなかった、と自省している様子。人間らしいと言えばらしいがな。


「ま、俺たちがいたんだし結果オーライだろ。次から気をつけりゃいいんだよ」

「漆葉さんがまともなこと言ってる……!」

「煽ってんのかぁ、おおっ⁈」


 白神の両頬を潰して弄ぶ。気の抜けた雰囲気で、ようやく平和が戻って来た気がする……と、言いたいところだがまだやることがある。


「おい、お前ら。安心するのはまだ早いよ」


 仙とともにこちらへやっていた真澄の顔はまだ険しい。


「研究所から逃げ出した来栖サナについてだが……上からの指示で変更があった。見つけ次第、始末だ」

「そう、ですか…………」


 そう、まだ事件は終わっていない。

 この土地神たちがいる狩夜市まちから、ハルトとサナを逃がさなければならない。『狩夜市血煙事件』を解決した面子のほとんどが、今度は敵になるわけだ。仙以外にも協力してもらいたいところだが……白神に頼むわけにもいかないし、どうしたもんかね。


 土地神のお仕事が終わったら妖魔のお仕事か……まったく、休む暇がないな。


 狼を退け、先立は消えた。

 しかしどうにも拭えぬ違和感が、曇天の空と重なるのだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る