5-4(11)混ざりし者



「ぅ……ガ……ぁ」


 熱い。

 熱い熱い。

 熱い熱い熱い熱い。


 疼く、滾る、渇く、悶える、痛む。


 あのクソ女……何をした⁉︎

 腕はなんも変わってねぇ、壊れて治るのを繰り返してやがる。ここじゃない、全身が熱い、体の内側を焼かれてるみてぇだ。


「な、ん……」


 満身創痍の身体を、左手で探る。吸血鬼クソ女の冷たい手が触れた箇所を調べるうちに、正解に辿り着く……そこは首筋の孔。

 

 あの女……血を入れやがったッ‼︎


「や、べェ……」


 意識がある内に、奴の血を抜かねぇと……マズい、頭が……回らな、い。


『ふふふ……光栄に思いなさい。貴方も今宵から、私の真の下僕です』


 誰が、誰が吸血鬼のテメェなんぞの下僕になるか! オレは、人狼だッ!


「あ、Aaaaaaaa────!」


 遠くなる意識に残るのはうざったいクソ女の笑い声と、オレを見下すあのガキの瞳。空に浮かぶ月と同じで、忌々しい赤色……どいつもこいつも、バカにしやがって……熱い、熱い熱い熱い熱い!



『あら、キョウコ……栞はちゃんと送り届けたかしら?』


 まるでバケツ一杯の水をぶっかけられたように、頭が冷えた。

 熱に冒されていた脳が思い出したのは、吸血鬼のひと言。栞といえば、天崎栞……確かあのクソ女が入れ込んでた『満月園』の……


「くひっ、き、きひひひひ……は、はっアッハッハッハ!」


 そうか、別にあの女を仕留められなくたっていいんだ! てめぇの作った箱庭をぶちのめして吠え面かかせてやるよ。


「最後に笑うのはこのオレだAaaaaaaaa

aaaaaaa」


 立ち上がり、夜空に吠える。

 さしあたって、まずは身体の火照りを鎮める為に、路地に迷い込んだ女に飛び掛かった……



 ◇ ◇ ◇



 漆葉と別れて数時間、篠宮仙は宿泊しているホテルの自室……の隣でふたりの妖魔を見張っていた。監視というより、看病だけど。ひとまず漆葉には電話で現状を伝えておいたけど……あいつ、真澄さんにちゃんと誤魔化してくれてるのだろうか。


 疑われないよう、回収した殻装キャラペイサーのデータを抜き取って編集を加えた動画を報告しておいたものの、心配だ。そもそも、ここにそのパーツを置いていること自体まずい気がする。


 そんな心配を他所に、ベッドで眠る少年は静かに寝息を立てる。

 偽黒蜥蜴の一件を考慮すれば、即時処断するべきなんだけど……夕緋を放っていた自分にそれを裁く資格はない。


「…………」

「土地神を前によく寝るなぁ」

「あんたに敵意がないからでしょ」


 サナ君のぶっきらぼうな言い方もこの短期間で慣れてしまった。それもこれも誰かさんのせいなんだけど。統括土地神としての威厳はどこにいってしまったのか。それはそれとして、


「これからどうするかってところなんだけど……漆葉から何か聞いてる?」

「聞いてると思う?」

「ないよね……」


 行き当たりばったりだなぁ……フォローしなかったらどうなってたことやら。あぁ……手配中の妖魔をふたりも匿うなんて懲戒と懲役かな。

 今更な現状確認をしながら窓の外を眺めると、不気味な赤い月が浮かんでいた。


「……赤い、月か」


 そういえば、鮮血姫せんけつきについて朝緋あさひに聞いた時も似たようなことを言ってた気がする。報告書をまとめなきゃいけないからしつこく聞いたらようやく観念したっけ。


『えぇ~鮮血姫について覚えてることぉ?』

『上に報告するんだからどんな姿だったとか、どんな能力だったとか、特徴とか教えてよぉ』

『ん~……赤い月だった、かな!』

『なんの情報にもなってない……』


 ……結局外見の特徴も『とびきり美人』ってこと以外なにも言わなかったな、朝緋。なんだろう、あの時の胃痛がキリキリと戻って来たぞ……でも、どうして彼女は鮮血姫について報告したがらなかったのだろうか。今にして思えば、他の妖魔と違って過剰なほどはぐらかしていた気がする。


「嫌な空……まるであの女みたい」

「何の話?」

鮮血姫せんけつき……顔は見えなかったけど、赤い――」


 会話を割るように僕の携帯がけたたましい音を鳴らす。呼出は『銀嶺真澄』。応答してみると、怒声がスピーカーを壊さんばかりに響く。


『仙ッ、どこほっつきあるいてんだぃ⁉』

「独自調査中ですが……何か?」


 方便ではあるが、真澄さんがそこを突くことはなかった。それどころか、なにか焦っている。


『まずいことになった、狩夜市内で吸血……というより捕食事件が現在進行形で発生中だ! 恐らくは漆葉が仕留め損ねたあの灰野コウジって奴さ!』

「吸血? 捕食って一体……」

『県道沿いにデカい狼型の妖魔が人間を喰いながら走ってんだ! オレや夕緋もすぐ向かう、お前も合流しな!』

「了解です」


 デカい狼……? 漆葉はそんなこと言ってなかった気がするんだけど……いや、ここで考えていても仕方ないか。

 武装をまとめつつ、サナ君へ言葉を投げる。


「サナ君、僕は灰野コウジ討伐に向かう。ハルト君の事は任せた」

「任せるって、あたし達逃げるかもよ」

「リスクの高いことを今の君達がするとは思わないさ。なにかあった時には、これ使って身を守るんだ」


 予備で持ってきていた拳銃を手渡し、サナ君に握らせる。気休めにしかならないかもしれないけど、ないよりはマシだ。


「使い方は知ってるよね、夕緋の従者だったんだから」

「……う、うん」

「事件が終わった後、漆葉が必ず逃がしてくれる……だから絶対動かないでほしい、じゃあまた!」


 これ以上はモタモタしていられない。

 刀と短機関銃――いつもの装備を整え、ホテルを後にした。



 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る