5-1(8)灰色少女とヘタレ土地神


 妖魔吸血鬼をあっさり捌いた真澄は、懐から取り出した携帯で誰かと話ていた。


「さてと、こいつら回収しなきゃね」


 周辺は吸血鬼の頭をぶち抜いた際に飛散した血液で汚れている。土地神として嘔吐感がないあたり、身体の中の力は仕事として俺に強制させる気はないらしい。


「んなことより、こいつに噛み付かれた人間の手当だろ」


 『明るさ』を失った民間人は倒れたままである。こちらの意見に、真澄は首だけ刎ねた妖魔の頭部を持ち上げ鋭く睨んだ。


「………小物にやられたなら心配いらないよ、こいつがやられたなら血を吸われて気を失ってるだけ。病院に運べば助かるさ」

「小物? ……あんた吸血鬼のこと知ってんのか?」

「まぁ、もともとそっち方面の人間だからね」

 

 苦笑気味の真澄は銃口で吸血鬼の亡骸を突いた。


「吸血鬼の中でも親元……モノホンの妖魔・吸血鬼に噛まれてその下僕になっちまった人間のなれの果て、出来損ないの吸血鬼さ。ある程度の命令には従えるけど、血の渇きに耐えられない奴ァ見境なく人間を襲うよ」

「いま襲ってきたのは……本当に……」

「やっぱ人間が妖魔になるのか」


 親父の言ってたことは間違いじゃなかったんだな。

 サナを抱える白神は、少しだけ動揺しているように見える。


「人間が妖魔になるなんて……」

「俺達に向かってきたときは吸血鬼になってたんだから人間じゃねぇよ。気にすんな白神」


 サナを支える白神の手に、ほんのわずかに力がこもる。

 あえて何も言わずにいると、真澄はくすっと笑った。


「あんた変わってるねぇ……あんたの言う通り妖魔になったとはいえ、元人間なんだけど?」

「……それが?」


 別に斬っても問題ないだろ。

 妖魔でも、人間ヒトでも。


「なんでかねぇ、あんたと話してると朝緋を思い出すよ」

「はぁ……」

 

 んな事はどうでもいいから片付け始めないと面倒そうだな。サナも早いトコ回収しないとだし……あーあ、結局仕事かよ。


「ま、吸血鬼の回収もするとして……っと、そいつもか」


 真澄はもはや吸血鬼妖魔の亡骸は眼中にないようで、気を失っているサナを見下ろす。


「確かあんたらのとこで暴れてる黒蜥蜴くろとかげの偽物……だっけ?」

「へぇ、知ってんすね」

「そりゃあ……愛弟子を殺した妖魔に擬態してたなんて聞いたら、調べたくもなるさね」


 この銀嶺真澄と朝緋の奴がどの程度の関係なのかはまだ分からないが、サナへの眼差しには何も感じない。隣県の統括土地神とか言っていたけど……なんでそんな上役が他県に来てるんだ?


「だ、だれかぁっ──!」


 張り裂けんばかりの女の叫び声。聞き覚えのあるソレは、天崎のものだった。


「チッ、あっちにもいるのか。来な漆葉!」

「おう! 白神、サナを見ててくれ」

「わ、わかりました! 気をつけてください!」


 真澄上司と共に来た道を駆ける。

 すると献血車両の前、右腕を押さえるアンナとその後ろには天崎。


「一匹別行動とってやがったな」

「狙いはサナじゃないのかよ」

「血に飢えて暴れてんのさ!」


 そして対峙するように、赤い瞳を持つ中年男の存在。その右手の先、鋭く尖った爪から、赤い液体が滴る。


「皆さん、車から出ないで! 栞もはやく中へ」

「だめです、アンナさんも……!」

「Shaaaaaaaa――!」


 飛び掛かる吸血鬼。

 距離はまだ遠い、力を使っても間に合わない――――


 刹那、妖魔の後方から現れた存在が、その後頭部を地面へ叩き落とした。


「Vaaaa!?」


 雪のように、ふわりと着地した存在が灰色の髪を揺らし、アンナの前に降り立った。


「お嬢様、遅れて申し訳ございません」

「キョウコ……」


 結った灰色の髪。ライトグレーのパンツスーツ。そして爪先の輝くキャメルの革靴。アンナと同じルビー色の瞳をした、キョウコと呼ばれた少女は苦い顔で構える。


「よし、いい足止めだ!」

「誰だか知らないけどナイスキック。おい吸血鬼!」


 俺の声に、その場の全員が反応した。今度は失敗しない、想像しろ……あの妖魔を切り裂くイメージを!


「そこは、自分の血を抜くところだぞっ!」


 刃を走らせ、虚空を切り伏せる。切っ先から迸る桜色の閃光が、一筋の弧から二つの軌跡に分離。吸血鬼を三枚にスライスした。が、妖魔はなおも叫ぶ。


「AaaaaaAaaa!」


 うそっ、バラバラに裂いたぞ!?


「バカっ、頭をやれって言っただろ!」


 真澄が両刃剣でなおも動く吸血鬼の首を刎ねた。ようやく妖魔は沈黙、地面へ伏した。


「まったく……不正解じゃないけどなんてデタラメな攻撃するんだい」

「似たようなもんだろ、あれなら噛めないし」

「確実にやれと言ってるんだ」

「いでっ……」


 得物を握った右手で軽く小突かれた。どこか仙とは違ってやりにくい女である。


 ……と、上司に苦手意識を抱いていると真澄がもう一度携帯を取り出した。大きく息を吸い込み、そして……


「遅ぇぞいつきィッ! 地元の土地神が一番早く現着するのが常識だろうがァッ!」

『い、いまいきますぅっ!』


 うるさ……

 先方の悲鳴じみた声まで聞こえやがる。

 人間から見た黒蜥蜴おれってこうなのかも。どうやらこの市の土地神を呼び出してるらしいが……俺には関係ないな。


 状況確認の為、アンナ達の様子を見る。


「大丈夫かあんたら」

「あぁ、貴方は……危ないところを、感謝します」


 アンナに巡る『明るさ』が、さっきより小さい。今までの経験からすれば、怪我をしているにせよ平静でいることが不思議だ。


 刀にも生命力が残ってるし手当するか……

 しかしアンナに歩み寄ると、灰色の背広に身を包んだ少女が阻む。


「安易にお嬢様へ近づかないでもらおう」

「あ?」


 感謝されることでもないが、眉間に皺を寄せられることはしてないぞ。


「控えなさいキョウコ。その方は碧海の土地神様の従者ですよ」

「……失礼しました」


 軽く頭を下げられ、『キョウコ』と呼ばれた少女は退く。しかしその眼差しの鋭さは、依然変わりなく。気にならないけど。


「まぁいいや……あんた、腕怪我してるなら手当するぞ」

「いえ……お気になさらず」

「は?」


 予想とは違う返しに、思わず間抜けな声が出てしまった。今まで手当を断られることなんてなかったんだけどな。


「こう見えて傷の治りは早いので」

 

 ガッツポーズを取るアンナ。いわゆる『お淑やか』なお嬢様をイメージしていたが、どうやらちょっと違うらしい。

 ……まぁ大丈夫ならいいんだが。


「それより……栞、貴方は大丈夫?」

「え? あ、は……はい」


 後方で俯いていた天崎が空元気で笑って見せる。俺でもわかる、無理していると。


「嘘ね……震えているでしょう? 私の前で虚勢を張る必要はありませんわ」


 自らも傷つきながら、アンナは天崎を優しく包んだ。


「銀嶺様、この子は先に引き上げさせても?」

「構わないよ、こいつらの後始末はこっちでやっておくさ」

「それは助かりますわ。じゃあ栞、皆さんと一緒に移動してもらえる?」

「は、はい……」

 

 この二人……知り合いなのか?


 俺を一瞥して、天崎は献血スタッフとそのまま消えていった。何かを訴えるような瞳だったものの、尋ねる前に行ってしまった。


「キョウコ、怪我人がいれば対策課と連携してこちらへ集めてください」

「承知しました」

「んじゃ、オレも後始末に協力するかな」


 負傷しつつもアンナは場の収拾を始める。その動きに応えるように、真澄も武器を納めた。事態が鎮静化しつつある中で、アンナは俺の事を見て不思議そうな表情を作る。


「そういえば……夕緋さんはどこへ?」

「あぁ、それなら……あっちのほう……に?」


 ようやく対策課が来たのか、大きめの車両が献血バスの近くに止まる。そこから下りてきたのは、碧海市ではお馴染みの量産型殻装キャラペイサーを着込んだ人間達。


「量産型がなんでここに……」

「あれ、あんたのとこからの提供なのに知らないのかい?」


 んなもん知るかよ……

 見慣れた装備を見送っていると車両の奥から一人、間抜けな声をあげながら降りてくる奴が一人。


「師匠ぉっ! すんません、遅れま……」

いつきィッ! チンタラ車に乗って来てんじゃないよッさっさと走れ!」

「ヒィッー!」


 ダサい量産型殻装なのは言わずもがな。

 洒落っ気なのか、茶髪のパーマを当てた髪に細く整えた眉の少年ガキが真澄に怒鳴られた。


「教え子?」

「まぁね、ここの……狩夜市の新米土地神さ。ったく、人死にが出なかったからいいものの……」

「白神と同年代の奴がいたんだな」

「あれでも期待されてんだけどね。上っ面の評価ばかり気にしてんだよ。大した実績もないのにねぇ」


 する気もなかった世間話をしつつ、現場にトンボ返り。フルフェイス型の殻装を頭に被った面々が、吸血鬼の残骸を回収していた。


 やはり対策課、他市とはいえ収拾作業は手慣れている。その中で、妖魔の少女を抱えながらぽつんと座る少女。


「白神」

「漆葉さん、大丈夫でしたか⁉︎」

「あぁ、あっちにも一体いてな。サナはどうだ?」


 白神の腕の中で、依然サナは意識はない様子。『明るさ』が見えているから死んではいないが。


「サナさん、どうしてこんなことに……」


 白神の様子から、妖魔サナに対する嫌悪感はなかった。純粋に、友人として心配しているのだろう。


「それはこれから、こっちで調べさせてもらうさ」


 真澄が白神に歩み寄ると、抱えていたサナを持ち上げた。


「偽黒蜥蜴の犯人の片割れが吸血鬼に追われてるなんてヤバい匂いしかしないねぇ」

「真澄さん、サナさんは──」

「わかってる……されることなんてないよ。色々聞くことがあるしね」

来栖サナそいつなら俺たちで預かるけど」

「あー、それは……」


「事件起こした妖魔を逃すような奴らなんかに任せられないな!」


 真澄の言葉を遮るように、ずかずかと茶髪のガキ──樹だったか──が割って入ると、俺と白神を交互に睨んだ。


「ここは狩夜市の管轄だ、碧海市の奴らは帰れ!」


 敵意全開の怒声が浴びせられるが、正直意味がわからない。なにキレてんだ? 周りの奴らも止めないし……めんどくせぇ。

 

 と思いきや、真澄が樹を蹴り飛ばした。


「この二人がいなかったら死人が出てもおかしくなかったんだぞ。ちったぁ敬え新米ルーキー!」

「ヒィッ〜!」


 銀髪女の怒声に、新米土地神は現場収拾へ戻った。

 可哀想とも思わないが、対策課もパワハラが横行してそうだな。くわばらくわばら。


「ふぅ……悪いね。あいつ、他所よその土地神……特に碧海市あんたらには対抗心燃やしてるんだ」

「対抗心、ですか?」


 きょとんとする白神に、真澄が小さく微笑む。


「そりゃ、特定妖魔を何体も倒してる同年代がいたら自分が霞んじまうからね。有名なんだよ、


 有名ねぇ……妖魔側にとっては悪名な気もするけど。

 そんなことより、サナをこっちに寄越してほしいんだが……無理矢理取り返すのも怪しまれるしな……


「ま、安心しな。どうせすぐ会うことになるよ」

「「……は?」」

「お言葉の意味は近いうちにわかりますわ」


 冷たい女声、背後にはいつのまにか波洵アンナが立っていた。意味深なこと言ってないでさっさと言え、とは敢えて口を噤む。


「彼女はが保護しておきますわ。この騒動について何か知っているかもしれませんし、以前の事件でも調べることがあるでしょうからね」


 アンナは負傷など気にも留めず、不敵に佇む。


「あぁ、よろしく頼むよ」


 数分後、担架がやってくるとサナは丁重に運ばれていった。結局何もできずに見送ってしまったわけで……何が起きているのかわからないぞ。


「二人は後でオレが碧海市に送ってやるよ。作業が終わったら車に来な」

「は、はい!」


 真澄も収集作業へ行ってしまった。結局何で隣の統括土地神がいたのかわからなかったな。

 仕方ない。黒蜥蜴元の姿でまた助け出すか……ったく、白神のお守りだと思ってただけなのに、妙な休日になっちまった。


「あー、アホくさ」

「もう漆葉さん!」


 半ば白目でぼやく姿に白神からお小言。そんな様子に、傍に居たアンナがクスっと笑った。素の態度を見られてか、白神が赤面した。


 いつもと違う少女を黙って眺めていると、キョウコがこちらへ駆け寄る。またも目を細めてこちらを一瞥したものの、視線をアンナへ。


「お嬢様、負傷者の誘導が終わりました」

「そう……ご苦労様。ではお二人とも、またいずれ…………」

「アンナさん……サナさんのことよろしくお願いします!」


 白神が深々と頭を下げると、ほんの一瞬、アンナの顔が強張った。


「えぇ、ご安心くださいませ」


 ご令嬢と灰色少女も現場から消え、白神とふたりきりに戻った。


「じゃあ、わたしたちも帰りましょうか」


 少し寂し気に呟いて、白神は一歩先を歩き出す。

 それでもなにかを悟られないように、下手くそな笑みを浮かべて。


「漆葉さーん!」

「はいはい」


 ……また今度、埋め合わせのデートくらいなら付き合ってやるか。




 初秋から幕を開けた妖魔・吸血鬼との邂逅。

 事件はまだ、始まったばかり。

 

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