5-1(7)銀嶺真澄は鬼を狩る
まずい、武器がない。身体強化でぶん殴るか。
「漆葉さん、これ!」
白神が握っていた傘の布を取り払うと、中から現れたのは純白の刀身。
「携帯用として作ってもらった
「な……んなもん持って――」
「Aaaaaa—―!」
初速からトップスピードで飛び掛かる中年風の吸血鬼。アイコンタクトで白神は刀剣をこちらへ放り投げ、それを握り男の心臓へ一突き。
「アァッアアアア」
「邪魔なんだ、よっ!」
考えてる暇はなさそうだな!
なおも手を伸ばしてくる妖魔を生命力で強化した膂力で投げ飛ばす。
「良い剣だけど、吸血鬼退治にはイマイチだぞ」
一度距離を取った吸血鬼たち。数秒の間に胸中で強く呼ぶ。俺は土地神、目の前には
『召喚申請、承認。武装・『桜の命』を召喚します。飛来する対象に注意してください。到着まで20秒……』
朝緋の声が脳内に響く。
市外県内ならOKってか。さっさと来いっつーの!
「AaaaAAaaaa――――ッ!」
「白神、剣はお前が持ってていい! サナを全力で守れ!」
「漆葉さんは……!?」
「すぐ刀が来る、持ちこたえてやるよ」
常人ならざる脚力で、吸血鬼達はこちらへ迫る。
脳内のデジタル数字が1秒ずつ減っていく。カウントが0になるまでこいつらを足止めするしかない。
先制。
飛び交う悲鳴の中で、傍らのベンチを掴み全力で前に放り投げる。
「ぉらよォッ!」
「AaaaAAaaaa――――」
投げつけたベンチを妖魔達は飛び退き躱す。逃げ惑う人間達から視線を外し、敵意を見せた俺に眼を集めた。
「悪いけど来栖先輩は渡せなくてな。帰ってくれ」
「黙れェッEeeeeeeeeeeeeeeeee」
冗談も通じねぇな。擬態も解けないし普通の妖魔と明らかに違う。
刹那、三体の吸血鬼が距離を詰める。
「っ――!」
中空から襲い掛かる妖魔達。
一体目のOLをアッパーの要領で迎え撃つものの、二体目に取り付かれ、三体目のGジャン姿の吸血鬼の通過を許す。
「邪魔ダアァァ」
「くそ! 白神、一体は頼むぞ」
「了解!」
取り付いて来たのは背広姿の赤い眼を持つ男の
「AaaaAAaa」
(まだか……もう20秒経つだろ!)
使えねぇな、あの鈍ッ。
『——土地神武装、到着します』
妖魔の牙が
「遅いっつーの。はい、充填!」
妖魔から刀を引き抜くと、刃は桜色に染まる。武装到来に安堵するのも束の間、殴っていたOLが態勢を立て直し再び迫る。
「血ヲ……寄越セェッ!」
伸びた爪、赤い双眸が俺を狙う。サナを狙ってくれなくて安心したよ。
お前らを斬ることに、躊躇いなんてないからな!
「吹き飛びなッ!」
倒れた吸血鬼を踏みつけながら、刀を振り下ろす。切っ先から放たれた桜色の閃光が、OL妖魔を掠め、右腕を斬り落とした。
(微妙に避けやがった……)
わずかに身体を捩って一直線の斬撃を躱された。しかも腕一本取られたというのに平然としている。
「VAaaaaaaa――」
動揺を見計らったように、足元の妖魔が俺の右足にしがみついた。背中に刺したのに死んでないだと……吸血鬼ってのはタフなんだな、めんどくせぇ!
「はああぁぁぁ!」
少女の一喝。視線を移すと白神も斬撃と刺突を繰り返しているがGジャン吸血鬼はまだサナを狙う。白神は剣と打撃の連撃で妖魔を後退させ、合わせるように俺もしがみつく背広の吸血鬼の両腕を斬り落とし後退。
「漆葉さん、攻撃が効かないです!」
「吸血鬼ってのはマジらしいな……弱点は……」
十字架、ニンニク、杭……ダメだ、決定打になると思えねぇ。OLの腕一本と背広の奴の両腕は捥いでいる。攻撃力は減らしてるし、白神に斬らせるか……?
いや――無理に近づけて血を吸われたらダメだ。
距離を取った今、もっと切り刻むしか……!
『うぉ、分かれた⁉ ……やったのか?』
それは大喰らい騒動の時、勘違いで深田ワタルへ斬撃を飛ばした時の記憶……桜色の軌跡は枝分かれしながら海水を裂き、ワタルの触手を切り払った。
「……やるしかないか」
方法は知らん。でも一回できたんだ、イメージしろ。
「AaaaAAaaaaaaaaaa――」
傷ついてもなお、吸血鬼は攻撃をやめようとしない。その姿はよく知る同胞の自棄ではなく、なにか別の意志で操られているような。
「関係ないけど、なァッ!」
刀身に残った光を真正面に放出。
狙いは三体、分かれて貫け!
一本の桜色の軌跡は、三叉槍よろしく変化し吸血鬼達の胸をぶち抜いた。杭じゃないが、少しは手ごたえが……
「AaaaAAaaッ!」
伽藍洞になった胸を見ることなく、赤い双眸は未だ暗く輝く。
タフな妖魔でも致命傷のはず……なんなんだこいつら。
「邪魔ヲ、スルナァッ!」
喉奥から唸るような叫声。
ボロボロの身体で、妖魔はまだ突進を仕掛ける。
(こうなりゃ無理やり真っ二つに……)
白神と得物を構え迎撃の用意。
とにかく、身動きできなくさせるしか。
「漆葉さん、来ます!」
「わかってる、白神はそのままサナを守ってくれ。斬れるだけ斬り落とす!」
とにかく、サナを渡すわけにはいかない。イメージから現実へ、再度三叉の斬撃を放つ。二体の腹部に命中、一体は空っぽの胸を通りすり抜け、OLに間合いを詰められる。
ちょうど『明るい』奴だ。
なら──!
「お前の吸った命は、没収だ」
懐に飛び込んできたOL吸血鬼の腹へ刺突。繰り出すは土地神の
その身に宿す生命を、奪い取る──
『接触箇所に生命力なし。エラー発生』
「は……?」
無機質な声は、銀色のまま応えない。
「VAaaaaaaa――」
突き刺されていることもお構いなしに、吸血鬼は俺の身体にしがみついた。
「この、離せっての!」
「漆葉さんっ!」
肘打ちも虚しく妖魔の勢いは止まらない。そしてOLは大口を開き、俺の腕へ牙を突き立てようとして、
視界の端から現れた「何か」に、顔を吹き飛ばされた。
「うぇ、な、なんだ……?」
「ダメだねぇ……なってないよ。こいつらは頭をやらないと」
褐色肌に銀髪の女だった。
一丁の
「AaaaAAaaッ!」
残った吸血鬼が叫びながらこちらに向かってくる。しかし女は小さく笑うだけで動じていない。
飛びかかる一体目を一閃、妖魔を縦に分割。
別方向から強襲する妖魔には再度銃口を向け、
「kshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
「小物か」
銃撃。妖魔の顔面に風穴がぶち開けられた。
「……ガッツは認めるけど、敵を知らずに突っ込むのは感心しないねぇ」
「どーも」
姉御肌を直観した女は快活に笑いながら手を差し伸べてきた。その手を取ると、力強く引っ張られて立ち上がる。
「オレは
「んだよ、知ってたのか」
「当然……運が良かったね、噛まれてたら死んでたよあんた」
「そいつはラッキーなことで……」
「ま、真澄さん……⁈」
「お〜夕緋ぃ! おっきくなったなァ〜」
一部始終を見ていた白神が女の名を呼ぶと、女はにこやかに白神に抱きつき、頭を撫で回した。
「え、なに。知り合い?」
「知り合いも何も、この子の姉さん──朝緋に剣を教えたのはオレだよ」
……どうにも今日の俺は、先輩と出会う日らしい。
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