5-1(6)そして吸血鬼は現れた


「ファ、ファン⁈」

「えぇ、その通り! 弱冠十五歳ながら土地神として遺憾無く活躍しているとか」

「そんな、持ち上げすぎですよ。あ、あはは……はは」

 

 助けを求める白神の視線は無視し、アンナの全身を観察する。

 

 苦味満点のチョコを口にしてから、やはり『明るさ』は戻って──いや、この場合は復元というべきか?


 なんて考えてたらいつの間にかアンナの手帳にサインをしていた白神から冷ややかな目線が刺さる。


「漆葉さ〜ん? アンナさんのこと見つめすぎですよ!」

「んぁ⁉︎ そんなんじゃねぇっての」

「ふふ……土地神様と従者の方がこれだけ仲が良いのは珍しいですわね」


 他がどうかは知らんが……


「アンナさん、ふたりは今日デートなんですって!」

「栞さんっ!?」

「素敵。土地神様も立派な乙女なのですね」

「あ、いや……その……!」


 ゆでダコのように紅潮する土地神を真顔で見続ける。笑うな俺、まだこの面白い光景は続いてくれ。


「漆葉さんも何か言ってくださいよ!」

「どうも彼氏です」

「もーっ! 思ってもないことを!」


 おもろ。

 こいつ異様にテンション高いな……映画の後だからか?


 と、そんな疑問を押し流すように土地神の腹の虫が大きく鳴った。


「あら、可愛い音」

「うぅ〜恥ずかしい」

「何言ってんだ、いっつも飯大盛りでがっついてる奴が」

「うぅっー!」


 あら? 

 なんだか我らが土地神様の目つきが鋭くなりましたよ?


「人前でそんなこと言わないでくださいっ!」


 手刀唐竹割り。

 渾身の一撃が脳天を揺らした。


(こいつ……日に日に強くなってんな)


 このままではツッコミで妖魔本体に戻りかねん。要注意である。

 

「ま、まぁ土地神様が腹ペコじゃ困るな……頃合いだし、俺たちは失礼するよ」

「あら残念ですわね、秘書も紹介しようと思ったのですけれど」

「キョウコさんも今日来るんですか?」

「えぇ、ちょっと私用を任せていて遅れるの」


 アンナと栞が話している間にも、白神の腹は鳴り続ける。


「まさかお前、朝飯食ってないの?」

「女の子の支度には時間が掛かるんですぅー!」


 映画見に行くだけになぁにを時間かけるんだよ。


「あぁ、ごめんなさい。夕緋さん、機会があればお茶でもしましょうね?」

「はい、ありがとうございます! お邪魔しました」


 やけに波旬アンナから気に入られていたが……偶然か?


「はぁ……もぅ漆葉さん、初対面の人の前でふざけないでくださいよぉ」

「あれだけグイグイ来るなら多少冗談言ったって問題ないだろ」


 碧海市民なら白神の事を知ってるからある程度ふざけることもあるし。

 ファンと言ってきたのは波洵アンナが初めてか? こいつのファン自称するってのも、怪しい。


「私の築き上げたイメージってものがあるんです」

「イメージぃ?」


 鍛えられた胸筋をわざとらしく張る

 ……脳筋、突撃、いじられキャラ。


「……なんか失礼な事考えてますね?」

「我らが土地神様って偉大で素敵!」


 直後、鳩尾に正拳をお見舞いされる。


「せっかく準備してきたのに……」

「あ、なんか言ったか?」

「なんでもないですっ!」


 その間にも白神の腹が鳴る。

 いい加減飯食いに行かないと空腹で余計イラつかれそうだな。


「ったく、とりあえず飯いくか。お前何食いたい?」

「焼肉っ」


 即答。

 この判断力はさすが土地神である。正直焼いた肉なんぞ大して味もしない物体だが、この辺で白神の機嫌を直してもらうとしよう。


「えっと……このモールの中にあったかな……」

「それなら場所知ってますよ!」

「お前……最初から食うつもりだったのかぁ?」


 下手くそな口笛と一緒に、少女は目を逸らした。何やら画策していたようだが、白神は白神である。


「しょうがねぇなぁ……土地神様の仰せのままに」

「えへへ~じゃあ行きましょう、漆葉さん!」


 意気揚々と歩き出したその時、

 

「きゃ」

「うっ」


 視界の端から突然現れた人物と白神がぶつかってしまう。


「あたた……だ、大丈夫ですか⁉︎」


 こんな時まで他人の心配とは。


「ケガとか──ぇ」


 言葉を失う少女、その視線の先を追う。

 黒のパーカーと黒いパンツの黒ずくめ。ハンチング帽から覗く銀髪。小柄なその姿は、半年前に別れた兄妹のひとり……


 ──来栖サナだった。


「さ、サナさん⁉︎」

「土地神、様っ……!」


 頬や体はボロボロで、黒い服の表面に血が滲んでいる。なぜこの場にいるのか、なぜ満身創痍なのか……その理由を問いただす前に謎のうめき声が周囲から上がる。


「Aaaaaaa──」


 背後、迫る肉声。しかし人間のそれとはズレた、違和感のある雑音。

 声の主は赤い瞳の者達が三人。どいつもこいつもご丁寧に前歯の端が尖ってやがる。そして……誰も『明るさ』を持たない。

 

 仮に元がヒトであったとしても、もうヒトではない。


「Aaaaaaa──」


 虚ろな目のまま、赤い瞳のひとり……スーツ姿のOL姿の奴が前に出る。歯間を軋ませ、赤い涎を垂らしながら絶叫。共鳴するように他の赤い瞳の者達も叫び出す。


   AaAaAaaaaaaAAAAAaaaaaaa――――!


「注意、して……奴らは……吸血鬼……っ!」

「え……」


 サナの絞り出した声に、〝吸血鬼〟達がさらに咆哮をあげる。

 そして……その絶叫に慄いた女性と、吸血鬼のOLの目が合う。

 

 刹那、OL姿の吸血鬼は恐怖で動けない女性に飛びつき、

 その首筋へ深く牙を突き立てた。


「ぁ……あぁ……っ」


 女性の『明るさ』が吸い取られ、吸血鬼に光が移る。

 血を啜った存在は、『明るさ』をその身に灯し、サナへ指を差す。


「クルスヲ――ツカマエロッ!」


 一拍の後、悲鳴が飛び交い周囲はパニックに包まれた。

 瞬間、桜瞳は全身を臨戦態勢へ移行させる。まるでそこにいる者達を守れと言うように。


「白神、ありゃ人間じゃない妖魔だ! よくわかんねぇけどまずはサナを守れ」

「――了解です!」


 判断が早くて助かるよ、相棒!


 襲い掛かるは限りなくヒトで、限りなくヒトではない――妖魔。

 お前らが何者かなんてどうでもいい。


 邪魔する奴は排除する。


「……武器がねぇ」

 

 

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