5-2(1)予算ゼロ!? 特別応援要請に出動せよ



 あれから彼女と何度も刃を交えた。

 

 二度目には下僕などもう役に立たなかった。故に自ら月夜の舞台に立ち、少女と踊る。

 不思議なことに、いつしかテーブルを囲む仲になっていたけれど……わたくしの提言をすんなり受け入れたのは驚きを隠せない。


「んぅ! おいしいねこのチョコ」

「貴方もこの味を理解できて?」

「大人の味って感じかなぁ」


 我々のを『大人の味』と表現するなんて……やっぱりこのヒト、少し変わっていますわね。


「ねぇ! どうして人間のわたしとお茶しようなんて思ったの?」

「それは……」


 今更? と思った。敵地の中心で煌々と輝く桜色の瞳は、無邪気に私を射抜く。


「私と……対等に立っていたから、でしょうか」


 いつぶりだろう。

 一夜を過ぎても同じヒトの顔を見たのは。

 苦味の次は甘味……私が口にすることのないであろう茶菓子を、少女――白神朝緋は手あたり次第に摘んでいく。


「ふ~ん……変なの」


 慣れている。

 人間ヒトに擬態しているわけでもないのに、人間ヒトの姿をしている自分は、同胞の中でも異質だった。だからこそ、妖魔には求めずヒトを求めた。


「でも、ちょっと間違ってるかな」

「……何がですか?」


 残ったマカロンを口に放り込み、彼女は微笑む。


「だって、わたしの方が強いでしょ?」


 事もなげに、さも当たり前に。

 最初から放っている殺気など毛ほども感じていないように、


 白神朝緋かのじょはそう、笑った。



 ◇ ◇ ◇



 昨日の吸血鬼事件は、狩夜市の対策課によって事後処理が行われた。


 銀嶺真澄によってサナは保護連行されてしまったわけで……つまるところ、なにもわからない。あのまま出しゃばってもこっちの立場が悪くなるだけだったしな。


「出先で妖魔事件に巻き込まれるって……運がいいのか悪いのか、あなたたちといると話題に尽きないわね」

「せっかくのお出かけが台無しだったんです」


 早朝。碧海市妖魔対策課、支部長室にて。


 昨日の狩夜市での騒動を受け、朝から榊綾支部長に呼ばれて事の顛末を説明していた。


「今度はゆっくりデートできるといいわね」

「綾ちゃんッ!?」

「お守りは平日だけで十分だっつーの」


 直後、無言の腹パン。

 内臓に響く良い正拳である。


「で、何で呼ばれたんすかね?」

「あら漆葉君、最近自分のしたこと覚えてない?」

「まったく」


 俺、なにかしたっけかな……

 支部長は意味ありげに席を立ち、窓のブラインドを弄る。


「ついこの前、我々は市内の海岸および近海に現れた特定妖魔・『大喰らい』……それを見事討伐したことは記憶に新しいわね」

「はぁ……」


 なぜ今その話?


 個人的には『腐海事件』と呼んでいる。碧海市内外で発生した建設汚泥を近海に廃棄していたことで腐海と呼ばれていた市内の海は、黒蜥蜴おれを狙ってきた鮫の妖魔・『大喰らい』の縄張りと化していた。


 それを民間の妖魔狩り組織、そしてその一員である佐伯凪と協力して倒し、大喰らいから奪った生命力で海は蒼く透き通る世界に戻った。


 ……のだが、支部長の反応は賞賛の類ではない。


「端的に言うわ……件の作戦展開で、碧海市の対策課予算が尽きました」

「……はぁ、そうっすか」


 しょーもな。金の事か。そんなもん国から適当に引っ張ってくれよ。


「綾ちゃ……支部長、それってこれから先は補給無しで戦うってこと?」

「そうね……殻装キャラペイサーの整備や銃器の弾薬補充もストップ」


 はぁっー、そりゃ大変だぁ。

 頑張ってくれ皆の衆。


「ちょ、ちょっと待ってください! そんなことになったら妖魔が出てきてもまともに戦えないです! 追加で申請できないんですか!?」

「市長にも依頼したわ……『作戦展開は許可したけど、限られた予算で戦っているのはどこも同じ。後は節約して来季まで凌ぐように』と返答があったわ」

「うわ、辛辣」


 そういや市長って白神の親父なんだよな……いつになったら会えるんだよ。もう大喰らいとの戦いから日が経ったんだが、地方の市長がそんなに忙しいもんかね。


「原因は……その作戦に費やした金額」

「あ~、オペレーション・追い込み漁ドライブ・フィッシング?」

「そうよ……現状、海上での戦闘に使用した船舶に加え、大量の武器弾薬……そして妖魔民間警備組織・CSGへ参加した者達への報酬の一部を負担したことで財布は空っぽ」

「でもああしないと、とても大喰らいは……」

「わかってるわ……どのみちもっと大事おおごとになっても、国から予算が割かれることはなかっただろうし」


 世知辛いもんだ。人間の為に戦ってるのにその予算は考えて使えなんて、妖魔が一気に押し寄せたらどうすんだ? 


 いや……そんなことはないか。


「落ち着いて夕緋。ここからが本題」


 ブラインドの隙間を閉じ、支部長が振り返る。


「流石に国内で被害を及ぼしていた特定妖魔である大喰らいの討伐にも市長が感心してね。対策課本部と掛け合ってもらった結果、ある条件を呑んでくれれば予算を譲渡してもらえることになったわ」


 ……なんか嫌な予感が。


「条件ですか?」


 白神の問いに、支部長はわざとらしく咳払いをひとつ。


「碧海市妖魔対策課所属──白神夕緋、漆葉境の両名は狩夜市からの特別応援要請に従い、出張に向かってもらいます」

 


 

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