5-2(2)ようこそ狩夜市へ
出張の準備ということで、一旦白神と別行動になった俺は、涼香の下へ。そしたら凪もいて呼び出しの理由を聞かれたわけで……
「……んじゃぁ、漆ちゃん夕ちゃんふたりが昨日遊びに行った狩夜市に仕事で行くってコトぉ?」
「ご指名だとさ」
「そんなことより、夕緋との外出はどうだったんですか?」
「どうって……別にふっつーに映画見て、その後妖魔が出てきたから中断だ」
特に深い意味もなく答えると、二人の少女は大きくため息をついた。
「解説の涼ちゃ〜ん、どうですかぁ……このプレーは?」
「判断に迷いますが、イエローカードでしょうね」
うんうんと頷く二人。
わからん、まるで意味がわからん。
「な、なんなんだよお前ら……」
「「別に〜」」
そう言いつつも、視線は冷ややかである。
とにかく、支部長からの話をまとめるとこうだ。
俺達、碧海市妖魔対策課は先の特定妖魔『大喰らい』との戦いで予算を費やして底をついた為、その補填を条件に狩夜市へ応援へ出向くと。
「めんどくせぇなぁ……」
詳細は現地で説明があるそうな。とにかく来い、とのこと。詳しいことは支部長も教えられていないらしい。銀嶺真澄や波旬アンナが意味深に言ってたのはこういうことだったのか。
「こちらとしては、先の戦闘で水中型殻装の必要性も提唱できたので万々歳でしたが……ご苦労様ですね」
「うは! 涼ちゃん他人事ぉ〜」
雑談しているのは
桧室親子のために用意された研究棟の一部をさらに改装し、殻装の調整用の部屋を拵えた。今はそこで、駄弁っているという状況である。
「別の街に応援に行くなど、私には日常茶飯事でしたから」
「ボクも会社の指示があればよく駆り出されたな〜」
「あーそうそう、狩夜市で量産型の殻装見たんだけどなんで?」
紅い殻装の武器を確認しながら、涼香は応える。
「殻装の実験も偽物、本物の黒蜥蜴を始め特定妖魔サル、
「んじゃあこれからは全国に普及させるのか?」
「それはまだなんとも……予算的に厳しい市町村は多いですからね。ひとまず、狩夜市でお試しということです」
「いよいよ別の市でも活躍か……」
ヒト側の犠牲が減れば、土地神が無理に出張らなくてもよくなるだろうな。
あ、もうひとつ思い出した。
「そういや白神に持たせてた携帯用の剣、もうちょい肉厚な方がいいぞ。吸血鬼には細すぎた」
「護身用程度の設計でしたからね……検討しておきましょう。それと漆葉、今回の出張ですが『
久々に聞いた単語。
土地神専用の
「え、着るの?」
「何か問題でも?」
ない。
ないが……大喰らいとの戦いを経た今、機動力を下げてまで防御力を上げる必要性を感じない。が、涼香の視線は冷ややかである。生来が「肉を切らせて」だからか、今更鎧を纏う気は少ない。
ま、元の姿で肉が斬れたことなんてほとんどないんだけどな。
「いくら強くても、土地神の力を過信は禁物ですよ」
「……そうだな。調整頼んだぞ」
無論です、と涼香は手短に返した。
「あーあー! せっかく対策課入ったのにボクは留守番かぁ〜」
「何を言っているんですか凪。水中型の必要性を提唱するとさっき言ったばかりですよ?」
どこからともなく、緑色の殻装が現れる。
「今日の午後は改良した水中型のテストです! 今から準備に行きますよ!」
「うぇっ⁈ 街のパトロールは⁉︎」
「職員の皆さんに任せれば問題ありません、さぁさぁ!」
「ひぇ〜漆ちゃーん!」
涼香に引きずられていく凪へ敬礼。グッドラック凪、そしてさようなら。と、思い出したように涼香が立ち止まって振り返る。
「碧海零式は最終調整のため、少し遅れてから配備になります。それまでは量産型で凌いでください」
……ん〜量産型着るなら生身がいいな。
生返事に対して、涼香は両目を鋭くさせる。
「決して……生身で戦うのはやめるように」
「了解です軍曹」
涼香なりの心配、ってところか。土地神は辛いね、まったく。やられたところで、この
「漆葉さ〜ん!」
どうやら探していたのか、白神がやって来る。
「あとちょっとで狩夜市から迎えが来ますよ」
「まじか、なんも用意してねー」
「もー大丈夫なんですか」
呆れ顔の白神はいつも通りだ。
俺……なんもしてないよな?
◇ ◇ ◇
「おうおう二人とも、昨日ぶりだな」
対策課の玄関口には見慣れた色男――もとい、我が県の統括土地神、
「真澄さん!」
「よぉ~夕緋ぃ! 今日からしばらくよろしくな」
胸元が開いた白シャツから覗く褐色の肌が映える……と、真澄を見た職員は言っていたそうな。白神と真澄がじゃれつく隙に、仙の隣へ詰める。
「おい、応援で呼ぶなら予め言っといてくれよ」
「すまない……この応援要請自体、ほとんど秘密裏に進めていたんだ」
お疲れさん、と肩を数回叩くと仙は大きくため息を吐いた。
「おいおい~仙を責めるなよ? 今回の要請は色々と複雑だったからね」
「これは恒例行事。仙はいじられキャラだし」
「そいつぁ間違いない!」
アッハッハ! と真澄とお互い笑い飛ばす。今までにないタイプだが……嫌いではない。隣でうなだれる仙は放っておこう。
「そもそも今回応援の名目で招集しようとしたのはオレなんだ」
「真澄さんがですか……?」
「つーか、なんで隣の統括土地神が絡んでんだ?」
「まァまァ、それは追々な……ほら、さっさと狩夜市にいくよ」
車には仙が運転席に着き、助手席に真澄。そして後部には俺と白神が乗った。
「詳しくは到着してから色々説明するよ。よろしくね」
「んだよ、もったいぶりやがって」
「あっはっは! まァ、あんたら二人を呼んだ理由としては至極シンプルなもんだよ」
真澄はこちらの不満など笑い飛ばして答えるものの、ルームミラー越しの眼差しは鋭い。
「それに、金で困ってんでしょ? WINWINってことなら問題ないと思ってね」
よくわからんが、狩夜市の問題と碧海市の金欠がちょうどマッチしたわけね。そりゃなによりだ。
1時間弱車を走らせると、目的の狩夜市に入った。
工業系の企業が多く誘致され、その利益から納められる税金のおかげでかなり潤っているらしい。さらに県内で捕縛あるいは倒した妖魔の研究をする為の研究所もあるらしく、国からも結構補助が出ているらしい。加えてその工業系の企業系列が主に運営する医療法人である大病院が存在している。その病院の運営に波洵アンナの新藤グループも噛んでいるそうな……
「って、ネットに書いてある」
「でも新藤グループにとってはそこまで注力していないみたいですけどね。どちらかというと、同じく狩夜市内に設立されている妖魔研究所の方がメイン……みたいですね」
「基本的には倒した妖魔はそこで処理をして検体として回されるね。碧海市で討ち倒した『大喰らい』の半身もそこに保管されてるよ」
……研究用で検体はいくらでもいるなら金は出すわけか。そりゃ、国の補助も出るなら民間企業も妖魔退治に乗り出すわけだ。
「まぁそこは後で行くとして、ほら着いたよ」
車窓から覗いた先にあるのは、碧海市対策課の数倍はありそうな建築物。クリーム色の立方体がそびえたつ。その建物の正面玄関で停車し、銀髪の統括土地神は出迎える。
ここが、環境省妖魔対策課狩夜市支部である。そこで真澄は仰々しくも一礼。
「ようこそ狩夜市へ……碧海の土地神殿」
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