4-2(6) 忙殺とヘルプ
翌日。
榊支部長は戦闘映像から、
「ちょっとぉ、かき氷まだぁ?」
「にゃーい、ただいまぁ!」
化粧の濃いギャルの催促を、凪がサラッといなす。
『土地神』のいる海の家の噂は、たった一日で知られたようだった。今日は目当ての白神がいないおかげか人こそまだそこそこと言った所だが、面子がそろっていない状況ではそれでも必死だ。
要するに昨日のツケである。
事態を考慮し店長の判断で昨日よりメニューを絞りある程度客は捌けているが、正直キャパシティを超えている。現状回っているように見えるのは、ほぼ店長と凪のおかげである。というか事件後にやることじゃねぇだろ! と思いつつも両手は意思とは別に業務を続ける。
こうなっているのは、件の『大喰らい』がまた姿を消し、近隣の海へ出払っていたことが判明したからである。今朝も再び海に調査が出たものの、大喰らいらしき大きな反応はまたしても消えていたのだ。本来なら警戒するべきところを、市が規制不可の一点張り。対策課として強行もできず、ひとまずはこの海辺の警備を強化することで茶を濁しているわけだが……
真夏の空の下、砂浜では軽装の支部職員達が実況見分を行なっていた。通り過ぎる奴みな「おつかれ〜!」と陽気に声をかけてくるもんだから余計に恨めしい。
ちなみに。
海の家運営について、職員はこう答えていた……
「だって、めんどそうじゃん? 海の家は責任者の漆葉に任せるから、パトロールの方行きまーす」
対策課戦闘職員──丸井氏はそう語る。
ちなみに責任者じゃない。
「土地神様と漆葉が海の家やりたい! って言ってたし、やらせてあげたほうがいいかなって。忙しそうだし、暑いし。あー夏休みほし〜」
対策課戦闘職員2──金森氏は言い残す。
ちなみにやりたいなんて言ってない。
他の職員も大体は夏休みに関する言及である。どいつもこいつも権利の主張だけは立派である。昨日大将が負傷したというのに。白神達以外の人間を覚え始めたはいいものの、頭の中はお前らも手伝えとしか思えない。鉄板からの熱気が余計に苛立ちを加速させる。
「要するに接客したくねぇだけだろ! 誰だよ海の家やりつつ捜査しろなんつったアホはよぉ!」
文句を言いつつも焼きそばを満遍なく混ぜられるあたり、悲しくも調理スキルが上がりつつある。悲しむべきやら喜んでいいのやら……
「漆ちゃーん! 焼きそば3人前追加だよー!」
「キイェェッ! こうなったらやってやんよ!」
これは土地神としての活動だから許容範囲だ!
ペナルティ回避のため、素の状態で手早く焼きそばを仕上げそのまま配膳にむかう。
「すげぇよ漆葉……!」
「にゃはは! よくわかんないけどはやーい!」
「店長も凪もいいから手ぇを動かしてくれ!」
ビール、かき氷、焼きそば、エトセトラ……と注文を消化する……ものの、未だ列は続く。これだけ忙しいのに他へ行かないとは、妖魔より凶悪な種族である。
「他の海の家はなにやってんの! んもぅ!」
ややキャラ崩壊気味の文句をこぼしていると、
「繁盛してるな」
黄色いパーカーと赤い短パン。無愛想な表情で青年──深田ワタルが来店。
脇腹にガーゼのような手当の跡があるが、また怪我でもしたのだろうか。
「にゃ! 昨日のむすっとライフセーバー!」
「おかげさまでな! 何しにきたんだよ⁉︎」
「この前の礼だ、手伝ってやる」
手を洗い、颯爽とエプロンを身につけるとワタルはホールに回った。
既に経験済みかのように動き回り、客を捌いていく。
「なんかよくわかんにゃいけど……」
「助かった……」
変わったメンツで修羅場は乗り切り、その日はことなきを得た。
◇ ◇ ◇
「うにゃ〜足パンパン! ボクもう疲れちゃったよぉ」
「そんなことじゃこの海に出る妖魔は仕留められないぞ」
「言ったなー! じゃあ今日の晩御飯獲ってくる!」
深田ワタルの安い挑発に乗って、凪は銛を担いで海へと向かった。が、当然対策課の職員に止められ暴れている。なにやってんだアイツ……
「助かったよ、えーと……?」
「ワタルでいい。こう見えてライフセーバーの前は海の家でよくバイトしてたからな」
普段あんなに不愛想なのに?
ウッドデッキの入り口に座る青年は、海を眺めつつ答える。
「あぁそう……でも良かったのか? ライフセーバーが仕事だろ?」
「同僚には許可を取ってある。むしろ、ヒーヒー言いながら仕事してるお前たちにみんな同情してたよ。対策課なのにってな……一昨日子供を率先して助けてくれたことも全員感謝してたよ」
心なしか、ワタルの声が少し高い気がする。
「他人事だと思って……ったく、土地神様がやられたんだぞ」
「でもお前がいる。だから街の人は心配してないんじゃないか?」
ワタルの言葉に対して、返す言葉が詰まる。驚きか、それとも戸惑いか。
「そんなもんかねぇ」
土地神頼り一辺倒よりマシか。
じゃないと、過去と同じ轍踏んじまう。
「少なくとも、対策課の人間はそうなんじゃないか? 土地神様が病院に搬送されても動じてない」
それは
「実際、妖魔に相対している人間が狼狽えてないというのは、割と妖魔に効果があるんじゃないか?」
そりゃ俺が妖魔ですし。
「あいつらいなくなって面倒なだけだ。大喰らいだけじゃなくて、妙な妖魔もいるみたいだしな。どいつもこいつも、腐海に何しに来てんだか」
「なんだって……?」
高い声色が、もとの低音に戻った。
「今なんて言った?」
「妙な妖魔もいるみたいだなって」
「その後だ」
「腐海に何しに来た、か?」
「……なぜその名を知っている」
あ、しまった。これ妖魔用語だったな。
白神みたいに誤魔化してみるか。
「そういうお前も知ってるなら分かるだろ? こっちは土地神の従者なんだ、地元の海についてくらい調べるさ」
「……なるほど」
腑に落ちたようで、ワタルからはそれ以上の追求はなかった。俺のごまかしもスキルアップしているようだ。今度は反対に疑問が浮かぶ。なぜこいつは妖魔の海を知っているのか。
「逆に、なんで民間人のお前が知ってるのかわかんねぇな」
質問に対して、青年は夕暮れを眺めながら一間空ける。
「オレは海が汚れるのが嫌いだ。だから、今のこの街の海を見てると心がざわつく。それを止めるために、ここに来た」
「へぇ……」
答えになっていないような……
「その原因の一端が、昼に出てきた『大喰らい』のやつにもある……と思う」
「根拠でもあんのか?」
「奴が暴れた海域は決まって死に満ちている……誰もまともに倒せていない以上、どこかでだれかが止めなければいけない」
まるで自分が倒すような言い方だな。
しかし面倒な話である。原因の根本は別として、腐海があっては苦戦は必至。それでも結局妖魔退治は並行してやらなきゃならんということだ。
「ま、いいや。仕事だし……とにかくやるだけさ」
「頼むぞ対策課」
「お前こそ海をしっかり見張ってくれよな、あとこの店のヘルプ!」
「こき使う気満々だな、従者様は」
妖魔がいる間は海の家の運営もバタバタなんだ。はやく戻ってきてくれ二人ともー!
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