4-2(5) たそがれとかわたれ


 失敗した。

 

 また失敗した。


 殺せなかった。

 果たせなかった。


 力がないから。

 わたしが弱いから。

 土地神ではないから。


 どれだけ繕っても根底は変わらない。

 夕緋おまえは土地神じゃない、と。


 漆葉さんあのひとに嫉妬しているわけじゃない。むしろ、あの人がいなければとっくにこの世にはいないだろう。


『お前が強かろうが弱かろうが、俺には必要なんだから……もうちょいしゃんとしてくれよ、土地神様?』


 漆葉さんは前に、そう言ってくれた。


 でも、それじゃダメだ!

 やっぱり弱いままじゃダメなんだ!


 もっと強くならなくちゃいけない。

 もっと妖魔やつらと戦えるようにならなくちゃいけない。

 もっと……もっと……!


『ダメだよ夕緋、お姉ちゃんがいなくて寂しいかもだけどほら笑って! にこにこ〜って』

 

 出かける時、泣きそうな顔で縋る自分わたしに、姉は心配させないように笑っていた。大好きだった姉、強く、誰からも信頼され憧れの存在だった土地神。


 そんな……太陽のような姉には程遠く。

 少女は非力な自分を嫌悪する。

 そのたびに、一族の揶揄が脳裏を過ぎる。


 黄昏たそがれ彼は誰かわたれに勝てず、と。


 ◇ ◇ ◇


 午後を過ぎ、夕暮れ近づく頃合い。


「うぉーぃ、生きてるかぁ〜?」

「え? ……あ」


 中断した海の家の仕事から抜け出して、白神と涼香の搬送された市民病院の個室へ来ていた。今回はノックはせず無造作に侵入。室内では白神が窓の外をぼんやりと眺めており……俺が扉をわざとノックして、ようやくこちらに気づいたのだった。

 こちらを見るなり、少女の表情は明るく変わる。


「漆葉さん! 身体は大丈夫なんですか?」

 

 そりゃお前の方だよ。

 開口一番、セリフを取られてしまった。


「まぁ、な。悪かった……肝心な時にいなくて」

「そうですよ! まったく、頼りにならないんですから」


 口数が減らないあたり、元気らしい。少し探りを入れとくか。


「お前……大丈夫なのか? 結構やべぇのもらったって聞いたけど」

「それなら平気です! 前と違って新型殻装キャラペイサーの防御力も上がっていたので、骨にも異常ありませんでした! ……まだ少し痛みますけどね、あはは……」

「そ、そっか……そりゃぁ、よかったな…………」


 慣れたはずの作り笑いで左頬が引き攣る。

 骨折るつもりで膝入れたんだが……殻装恐るべし。

 

「あれれぇ……もしかして心配してたんですかぁ?」


 しばらく硬直していると、少女はいじらしく「にひひ」と子供じみた笑みを浮かべて、こちらを覗く。あどけないその姿には、戦いの臭いが染みついていた。


「そりゃそうだろ。大事な大事な土地神様なんだから」


 ちょっとむかついたので頭をわしゃわしゃと乱してやる。白神はボサボサに乱れた髪を両手押さえる。


「あいつ……黒蜥蜴はどうなりましたか?」

「さぁな、大喰らいに引き摺り込まれてそれっきりだ」

「そう……え、大喰らい?」


 しまった、鮫ってことは知ってるけど名前なんてコイツ聞いてなかった──!

 油断したな……焼きそば疲れかも。


「凪も言ってたろ、鮫だって! 黒蜥蜴との戦闘中に割り込んできたのは恐らくそいつだってさ」

「なるほど……やっぱり碧海市にも来たんですね」


 ……危なかった。


「このまま黒蜥蜴あいつが特定妖魔の餌になった方が嬉しいか?」

「まさか……わたしは、わたしの手であいつを倒したいんです。あいつは生きてますよ、きっと……!」


 嬉しくない、全く嬉しくない信頼である。

 重い想いだぞ、黒蜥蜴おれには。


「んじゃ、まずはあのB級映画野郎大喰らいの対処だな」

「そうですね。こうしちゃいられません! わたしもすぐ戻ります──ぅ」


 痛みがぶり返したのか、白神が体を丸めた。


「少し休んでろ。海の家の方はなんとかするから……って、そういえば涼香がいないな。あいつどうした?」

「涼香さんなら、わたしより軽傷だからって治療を受けた後すぐ支部に戻って博士と殻装の修理をしてますよ」


 あいつもやべぇな。前の仕返しついでに負傷させようと思ったんだが、見誤ったか。


「わたしも行きます! って言ったら「休むように」って怒られちゃって……」


 自分の心配もして欲しいところだが、黒蜥蜴との実力差を知って寝ていられなかったんだろう。今度お小言だな。


「当たり前だ。復讐するのは構わないけど、今も土地神の立場だってこと忘れんな」


 元凶おれに諫言する資格があるかはともかく。

 このまま闇雲に突っ込んでくるなら、いずれはとどめを刺すことになるのだから少しくらいは思い留まってくれればいいが。とにかく、黒蜥蜴の片鱗は分からせた。少しは実力差が自覚できただろうに、自重してもらいたいものだ。


「迎撃時に寝てた人が言っても説得力ないですよ」

「そこは素直にはい、って言えよ!」


 いつも通りの減らず口だ、これなら大丈夫か。


「でも……いいんですか?」

「なにが」

「わたしが休むとなると、涼香さんは殻装の修理やらないとですし、綾ちゃ──支部長は妖魔に関して報告あげないといけないですから、海の家の運営……大丈夫なのかなぁって?」

「あ」


 二人抜け、頭数に考えていた支部長もいない。他の職員は市内警戒と沿岸監視。つまり、海の家に回せる人材など皆無。店長と凪と……そして俺。


 シフトが回らない、そういうことである。

 焼きそば……普通に作るんだった…………

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