4-2(2)焼きそばの代償



 海棲型妖魔、大喰らい(未確定)による事件から一夜明け、午前三時頃。


 俺たちは碧海市の沿岸へ漁船で繰り出していた。操縦はなぎの知り合いであるCSGスタッフ(謎のおっさん)による。獲物の取り分について話したら二つ返事で了承してくれた。


「はぁ〜ぁ……こんな朝早くから調査かよ、アホくさ」

「仕方ないですよ。安全確認はできるだけ早くしておかないとですし……ふぁあ〜は」

「夕緋の言う通りです。今後、海浜緑地をどうするかの指針にもなるわけですから……ふぅぁ」

 

 俺の愚痴とあくびにつられ、隣の白神しらがみ涼香りょうかが小さく口を開ける。

 人前では生真面目な姿をしていることが多いこいつらが眠そうにしているのは珍しい。


「なんだ、ふたりして夜ふかしでもしたのか?」

「えぇ、まぁ」

「ちょっと凪さんと……枕投げを」


 ……修学旅行かよ。


「みんな元気ないよ⁉ 張り切っていこうー!」


 船首から叫ぶ少女は対照的に溌剌としている。というより、元気が有り余っているようだ。いつも振り回す側の二人が逆に振り回されている様子は面白い。


「んで、相手さんの領域まで来てどうすんだよ?」

「むふふ……この探知機で周辺に大きな生き物がいないか調べてみる!」

 

 凪の話ではこの漁船に取り付けられた魚群探知機は特殊な改造がしてあり、海棲型妖魔にも効果があるらしい。探知機の結果が、凪の持つタブレットに表示される。


「むぅ? 反応ナシぃ?」

「ちょっと見せてくれ」

 

 凪からタブレットを受け取り、探知機のリアクションを確認する。

 本来なら何らかの反応があるはずなんだが、なにかが映し出されることもなく同じ青い画面が続いている。それどころか魚一匹すらいない様子。


 と、ほんの一瞬だけ真っ赤で大きな反応が現れた。


「なんかいるぞ」


 涼香が画面をのぞき込んでくる……が、その時には反応が消えていた。


「なにも……ありませんが?」

「確かにいたんだけどなぁ」

「たまに誤動作があるんだ〜。精度は高いけど完璧じゃないからネ。一つか二つ古い型だし」


 協力してもらってる手前、装備に文句つけても仕方ないか。

 船の下、大海は表面から濁り中を伺うことはできない。磯の臭いよりも別の何かが鼻につくが、少女達は特に気にしていない。


 もう一度手元のデバイスに目を落とすと、再び赤いマーク。


「あ、また反応が……」

「どれです漆葉うるはさん……ってあれ、何も映ってないですけど?」

「そんなはずないんだがなぁ」


 タブレットの画面にはなんの反応もない。

 確かに一瞬だけ大きな影がいたんだが、見間違い……なのか? 昨日の凪の一撃で碧海市から逃げたんなら、それはそれでありがたいが。


「まぁいいか……いないならさっさと戻って店の準備だ。初日だし気ぃ抜けないからな」

「そうですね、了解です」


 その後再び影が出ることはなく、危険性もないと判断され、いつも通り海は開かれることになった。


 ◇ ◇ ◇


 数時間後、凪を入れたメンバーで海の家の運営が始まった。

 さすがはバイトしていただけあって、凪に教えることは何もなくキッチン兼ホールという形で入ってもらうことに。

 追加でやってきた対策課職員には殻装を来て海岸の警備にあたってもらっているが、正直このクソ暑い中であの鎧はパワハラでは?


「殻装には空調機能もありますから首から下は快適なはずですよ」


 とは涼香談。

 じゃあなんで俺のルーティンに使わせねぇんだよ!



 そして開店時間を迎え冒頭に戻る。



 流石に店長も糖分の暴走を抑え、無難なシューアイスなど、仕込んできた品を展開する以外は海の家のおっさんと化していた。俺と凪は店長の捌ききれない分を補助していたのだが、舞い込んでくる注文の量が予想より多い。


「無駄に忙しいな、警戒どころじゃないぞ」

うるちゃーん! 焼きそばさらに追加だって!」


 またか、もうソースの匂いも飽きてきたぞ。腕も疲れてきたし……というか漆ちゃんて……


 そうだ、土地神の力で使ってみるか。地域貢献だし、多分セーフだろ。

 ほんの一瞬、両腕に力を流し込むと想像より軽く感じる。これなら何人前でもいけるな。


「よし、どんどんかかってこい!」


 押し寄せる注文の悉くを捌きつつ、合間に甘味をつまみ食い。

 ソースまみれになっているうちに、気づけばピークの時間帯を超えていた。


「こっからお客は落ち着くだろうから先に休憩入っていいぞ~」


 店長の一言で少女達が脱力した。


「にゃはは〜、みんなおつかれ〜」

「お疲れ様でしたぁ」

「見込みより多いですね」


 休憩がてら午前を振り返る……が、どうにも気分が優れない。夏の熱気に当てられたのか、虚脱感がまとわりつき吐き気が込み上げる。


「漆葉さん……?」

「わりぃ、働きすぎた。熱中症かも」


 勿論嘘だ。力の反動だろう。

 ほんの少しのズルもダメなのか……わかってきたけど妖魔同胞と戦う時、人命救助の時以外……つまり、私的に使うと確実に強制返戻が起きる。


 席を立ち、その場から消えようとしたとき入り口に立つ浅黒肌のライフセーバー――ワタルに気づく。店の影で表情が良く見えないが、右手には棒状の何かを握っていた。


「あぁ昨日ぶり……なにか食うのか?」

「いや……」


 短い沈黙の後、青年は持っていた棒をこちらへ突き出した。

 銀色のシンプルな形状に、片側だけ尖った鋭利な得物。

 

「あー! ボクの銛だ!」

「砂浜に流れてきていたから返しに来ただけだ」


 ワタルがぶっきらぼうに銛をこちらへ突き出すと、駆け寄ってきた凪が受け取り抱えた。


「ありがとー!」

「勘違いするな……こんな海に還らないモノを放っておきたくなかっただけだ」


 ツンツン具合はいつも通りだな。

 低音で突き放すような声は、どこか冷ややか。そしてその声の主の左腕外側には、大きめの絆創膏が貼られていた。


「その怪我…………」

「関係ない、気にするな」

「いーや、わざわざ環境保全にご協力してくれた民間人には感謝しないとな。おーい、白神ぃ」

「はーい!」


 素早く意思をくみ取ってくれた白神が土地神の得物たる『桜の命』を寄越した。

 さすがは相棒、分かってる。


「ほら、腕出せ」

「な、なにを……!」


 割と強引にワタルの左腕を掴み、エネルギー満タンの刀から生命力を注ぎ込む。

 異変に気付いたのか、青年は貼っていたものを剥がし目を丸くする。あったはずの傷は消え、痕すら存在していない。


「こんなこと、頼んでいない」

「そうか? なら今回限りってことで」

「…………フン」


 感謝の言葉もなく、青年は店を後にした。

 別にお礼なんて求めてもないから、構わないけどな。


「なんかヤな感じ~、それにしてもすごいね! だけじゃなくて、従者の漆ちゃんも不思議パワーあるんだ!」

「え、えぇそうなんですよ凪さん……ハハハ」


 下手くそな取繕い方をする白神を見ると、ワタルの態度よりこっちの方が気になってしまう。よく今までバレなかったもんだ。


「涼ちゃんも殻装キャラペイサー、だっけ? 砂浜の人たちよりカッコいいヤツで戦うんでしょ~? いいなぁ~」

「恐縮です」

 

 昨日と比べて平和なもんだ……

 なんてどうでもいいことに思考を割いているのも束の間、忘れかけていた吐き気がまたこみ上げた。


「うぇ、力使ったら余計に気持ち悪ぃ」


 とにかく隠れねぇとな。


「大丈夫ですか⁉︎ 奥の部屋に横になれるスペースがありますから、そこに……」

「あぁ、サンキュ」


 よろよろと左右に揺れながら店内奥へ向かう。目的の部屋とは反対の空間には、支部長が据わってパソコンとにらめっこをしている。その傍らには白神と涼香専用の殻装が静かに座っていた。


「あら、漆葉君どうしたの?」

「慣れない仕事で夏バテっす……少し寝ます」


 支部長を軽くあしらい、奥の畳の敷かれた部屋で寝そべる。


「不便な身体だ……ぅぷ」


 恒例の吐き気と共に、擬態と本体が分離され意識が二等分割。一人はうつ伏せで畳の痕を頬につける間抜けな大学生、もう一体はそれを見下ろす黒蜥蜴。風邪をひかないようにタオルケットだけ掛けてその場を後にする。


(早退ってことで)


 裏口へ回り、漆黒の手で優しく、静かにドアノブを捻る。

 幸運にも人気はない。素早く海の家の屋根に跳躍、身を屈めて周囲の様子を伺う。


 夏の日差しは、全身の鱗を容赦なく照りつける。

 熱気もなんのその。擬態で受けるような吐き気や倦怠感なし、わけのわからん不調もなし。

 つまりは、絶好調。どうせしばらく擬態にはなれないし、このまま『腐海』に入って原因調査でもやってみるかな。

 

(……あ?)


 視界の先、濁った海面にほんのわずかに何かの『明るさ』が動いた。大きさにして数メートル、いやそれ以上だったのだが今朝の反応と同じくすぐに消えてしまった。


(おいおい、能力も型落ちか?)


 おおかた魚の群れか何かだ。砂浜を見回るワタルがその方角を見据えていたが、単なる偶然だろう。


■■■■ともかく■■■■■■行きますかね

 

 入水時に見られてもせいぜい黒い影で見える程度。大した問題じゃない。


 両脚を屈曲し、タメを作る。


 砂浜まで数十メートル、海に入るならもっと跳ばなければいけない。だが、それも些細な事である。


■■■■せーのっ!」

 

 角度四十五度、漆黒の巨躯は大空へ舞い上がる。砂浜にひとつの影が映し出され、海へ向かう。着地予想はちょうど波打ち際。


(ま、浅いトコから潜ればいいか)


 いよいよ着水、しかし。

 視界の端から――人間の子供が数人。


(うおぉっと!)

 

 身体を捻り、子供たちの手前で無理矢理着地。


 周囲の騒音がパタリと止まり、波は変わらず寄せては返す。

 海に興じる者達も、次第に人間ではない存在に気づきそれが『脅威』であることを認識すると――


「よ……妖魔だぁっ!」

 

 一人の叫びで、パニックへ発展した。

 眼前の子供は驚きと恐怖の入り混じった顔でひたすらに叫声を上げ逃げ惑う。


(やっちまったな)


 穏便に海へ隠れるつもりが思わぬ騒動になってしまった。

 んで、お次は白い鎧を纏った対策課職員数名のお出ましである。素早い対応ご苦労様。


「目標包囲! 土地神様達の到着まで凌ぐぞ!」


 クソ暑い中ご苦労なこった。

 向けられた銃口は無視して海を見据える。

 手前は青……というより濁った緑。沖にいくにつれて、グラデーションは寒色へ変化している。この海が澄んでいないのは確かだ。


「っ、動くな!」


 威嚇なし、慣れた様子で職員が引き金を引く。豆鉄砲が何発も命中、跳弾は腐海へ沈む。


「やっぱり硬いな、こいつ!」

「怯むな、動きを止められればそれで良い!」


 ……どうも勘違いされているようだ。

 そもそも脅威は土地神の武器、『桜の命』だけ。殻装キャラペイサーの銃火器ならまぁまぁ動きは抑えられるが、あくまで爆風の衝撃によるものだ。


 親譲りの黒鱗は、人間の科学力ではまだ突破できない。


 虚しく海へ撒かれる鉛玉が装填分に達し、射撃の雨は止まる。その頃には民間人は砂浜から引き上げていた。


(とりあえず避難完了、かな?)


 観光客もいるかもしれないが、碧海市民だっているはずだ。土地神として、命の管理を怠るわけにはいかない。

 

 これで遠慮なく暴れられる。


■■■■■■■■気合入ってねーぞ!!」


 咆哮による一喝。大音量の威嚇に、職員たちは堪らず耳を塞ぐ。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■こんなんじゃ夏休みはお預けだぞお前ら!」


 意思疎通のできない声に感謝。

 こんなアホらしい威嚇、聞かれたら呆れられるからな。


「発砲します」


 咆哮を遮るように、涼香の声とほぼ同時に顔面ど真ん中へ大口径の弾丸が飛来。衝撃でわずかにのけ反る。間髪入れずに蒼い鎧──白神が空を舞い剣を振り下ろしにかかる──!


「せやぁあッ!」

■■■来たか


 右足に力を入れて横っ飛びに斬撃を退ける。

 白神と距離を取ったのも束の間、手厚い追撃が真紅の鎧によって展開。爆撃が砂浜を抉り、鱗を灼く。


「黒蜥蜴確認! 白神夕緋、桧室涼香これより迎撃します‼︎」

 

 一旦距離を取り、少女達を見ながら右の拳を二、三度握っては開く。


 よし大丈夫、体に変調はない。

 これなら――全開でいける。いい加減逃げてばかりじゃ舐められるしな。

 どこまでやれることやら……

 

「覚悟しろ、黒蜥蜴ッ!」


 焼きそば作ったら白神達と戦うとは……やっぱり土地神なんて面倒だな。


 まぁ仕方ないか。

 昨日は遊び足りなかっただろうし、付き合ってやるよ。



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