4-2(3) 殻装少女二重奏



 何度目の対峙だろうか。

 そろそろ現実と向き合う良い機会だ。



 黒蜥蜴おれも、白神おまえも。



「目標黒蜥蜴くろとかげ確認。白神夕緋しらがみゆうひ桧室涼香ひむろりょうか、迎撃します!」


「みんな〜! 危ないからあっちの方に逃げて! はやくはやくぅ〜!」


 砂浜から引いた後の避難誘導は凪が先導し、蒼・紅二つの殻装キャラペイサーが砂浜に立つ。片方は両刃の剣と『桜の命』、他方は銃火器。なら撤退も視野に入れる場面。


 桜色に輝く刀身こそ警戒しているが、いつまでも逃げ回るだけでは意味がない。本気で命の取り合いをするならいつかは避けて通れない道だ。

 ……それが本当に今かどうかはともかく。


「shuuuuuuuuuu」


 柄にもなく深呼吸。脈は正常(多分)、至って冷静。落ち着きしかない。

 さて、どう動いたものか。


 直後、蒼い鎧が視界から消える。

 否──砂浜を蹴散らしアイボリーの幕が上がり姿を隠した。ワンテンポの遅れを見逃さず、深紅の殻装が視界の右に移動しながら制圧射撃を始める。


射撃開始シュート!」


 涼香の両腕から弾丸の雨が一直線に降り注ぐ。


 しかし前とは違う。

 豆粒の衝撃など大した脅威ではない。漆黒の鱗は鉛玉を全て弾き飛ばし傷どころか凹みすら拒絶。先の職員たちと同じく、弾丸は腐海へばら撒かれた。


「まず腕ッ!」

 

 砂のカーテンをぶち破り、桜の軌跡が下から振り抜かれる。冷静に半歩退き、刃は数センチ眼前の空間を切り裂く。


「もう一つ!」


 人類の叡智、殻装の両刃剣が額へ一刀。これは躱さず受ける。

 鈍い衝撃音と同時に顔がわずかに後ろへ仰反る。が、刃は鱗を砕けない。


「くぅらぇえ!」


 三太刀目──再度、『桜の命』による刺突が迫る。


 いつもならこの攻撃で大ダメージの結果撤退……と、言いたいところだが。


 ここで一手打つ。

 額で受け止めていた剣を膂力に任せて力づくで奪い取り、刺突を両刃剣の刀身で止める。


「なっ⁉︎ でもこれなら──涼香さん!」


 白神は突き出した右手を緩めず、膂力を上げる。少女が呼んだ名前の主は、静かにそして迅速に背に担いでいたライフルを構える。


「狙いは──!」


 トリガーが引かれ、鋭利な弾が飛来する。

 もちろん退かない。


 しかしさすが火薬娘。殺傷能力と衝撃力を併せ持ったそれは確かに顔面を直撃した。顔だけ海に吹き飛ぶ、なんてことはなく、衝撃でのけ反りながら白神と押し合いは継続。


「折り込み済です。夕緋、追撃!」

「了ぉ解ぃっ──!」


 隙を突かれジリジリと押し返される。端からは涼香の援護射撃。

 会った頃より2人ともうまくやってるようだ。良かった。


 それはそれとして。


 貫くことに夢中の少女へ右手を伸ばし、頭を掴み取る。


「ぐぁっ」


 その程度じゃまだ足りない。


 反撃の動作よりも前に、白神を涼香に向かって投げ飛ばす。少女は空中で態勢を変え、綺麗に着地。相対す形に戻った。


「大丈夫ですか、夕緋」

「問題ありません。涼香さん気をつけてください、何か……今までと違います!」


 んじゃ、先攻は譲ったってことで。

 全身を脱力させて、左右に小さく揺れて攻勢に転じる。




 一歩、砂を踏み締め。




 二歩、踏み抜き前へ。






 そして三歩で──二人の間合いを侵す。




「え」


 間抜けな白神の声を置き去りにして、力を抜き涼香の腹を掌でライフルごとぶち壊しながら射抜く。


「ぐっ──」


 吹き飛ばされながらも涼香は背中に担いだ筒を向け、爆撃で応じる。

 熱くもなければ鱗が削れることもない。


「よくもっ!」


 思考の追いついた白神による斬撃が目の前から襲い掛かる。輝く刃に、身を守る術はない。散々稽古と称してお前に扱かれた結果はここで出してやる。


 左足を軸に右へ半回転。必要最小限の動きだけで一刀をいなす。


「────ッ!」


 飽きるほど付き合わされた動きは、この黒蜥蜴すがたにとって容易に捌けた。

 そして……無防備に出てきた少女へ、右膝を突き上げる。

 漆黒の鱗は少女の体へ容赦なく衝撃を与え、後ろへ蹴り飛ばした。


「がはっ──!」


 一撃で殻装の腹部が砕け、生肌が露わに。少女は立ちあがろうにも力が入らず、砂浜に這う。


「つ、強い……」

 

 追撃でも良いが、あるいは……

 思考を巡らす間も無く身体に弾が直撃する。吹き飛ばしたはずの涼香が既に向かってきている。


「夕緋、態勢を立て直しを!」

「っ、了解!」


 右側面から火薬娘による射撃、接近。一瞬の間に白神は立ち上がり再び猛攻に転じる。


「せえぇいっ!」


 脅威である『桜の命』は健在。残量も充分なまま。縦横無尽に繰り出される太刀筋を全て回避しながら、やって来た涼香の近接攻撃を受け止める。


「刀の力をッ!」

「わかってます!」


 さすがに本部直属だった涼香。自分を囮にうまく『桜の命』があることを意識させて牽制される。


 超硬度の身体があっても殻装による筋力補助を得た攻撃の衝撃は、後退を許した。

 連撃により重心がほんのわずか後ろへ偏った刹那、白神が両手で刀を振り上げ俺の間合いに詰め寄る。


「もらったぁッ!」


 夏の太陽に刀の鋒が光り輝く。

 そう──白神夕緋は決定打を仕掛ける時、ほぼ必ず上から斬りかかる。


 この瞬間を待っていた。


 涼香の攻撃を無視し、刀が振り下ろされるよりも疾く……白神の、白刃を握る腕へ手を伸ばした。


「な────」


 捨て身覚悟の擬態おれと違い、白神は必殺の一撃を何処かで仕掛ける。


 なら……それを止めればいい。

 それさえ止めればあとはどうにでもなる。


■■■■■■■■■■やればできるもんだな


 武器が強力だろうが、使い手を抑えられるなら関係はない。

 掴んだ腕を力任せに振り、白神で鈍器のように涼香を叩きのめす。


「ぐぁっ!」


 殻装同士の衝突で、二人の鎧はさらに砕け砂浜や海に散る。中空でなす術ない少女を、波際へ放る。


「ぁ……ぐ……っ」

 

 跪く鎧の少女を見下ろす。


 前より、キレがないように感じる。

 殻装の支援バックアップもある状態で、決して弱くはない。涼香との連携も取れている。こいつに抜かりはない。


 決して、弱いはずがない。こいつは人間の中では強い。

 あくまで、人間の中では。


「なんで……とどめを刺さない⁉︎  いつもいつも──情けのつもりか‼︎」


 うずくまったまま、白神は兜越しに殺意を向ける。

 必死の叫びの直後、傷に響いたのか体を丸めた。


 情け……か。これが?

 俺はどうしたいんだろうな。この状況が覆る覚醒でも期待してるのか? 朝緋の妹として、なにかを待っているのか? とりあえず試したいことはできたが──

 

 どうでもいい考え事は、時に命取りとなる。不意に、後頭部へ軽い衝撃。カンッ、と高い音が鳴ると、ぶつかった──銛が砂浜に突き刺さる。

 得物を投げ終えたフォームで、凪がこちらを見据えていた。


「にゃは、やっぱり効かないかぁ……」


 苦笑混じりの表情に呆れる。あわよくば稼げると思ったのかよ。

 この状況で加勢する意味があ────


「なめるなァッ!」

 

 視線を逸らしたコンマ数秒の油断。

 兜と身体を覆う鎧を解除し、両腕だけ殻装を残した少女が、視界の外から間合いに入る。

 瞳は桜、全身の血管を巡るように浅紅色の光が浮かび上がり、刀から迸る閃光が左の巨腕を断ち切る。


(この眼の色……!)


 間違いない、土地神の力だ。

 やっぱりこいつも……!


「────■■■■■■■■」


 損傷した腕はすぐに戻る、それからどうする⁉

 迎え撃つは碧海の土地神。輝く刀身を手にした少女と激突。

 

 そのはず、だった。


「uuuuuuuuuu──────!」


 突如波を破り、唸り声と共にソイツは現れる。

 違う、今朝からいたんだ。

 魚群探知機の反応、海面にチラついていた『明るさ』。潜んでいたんだ、隠れていたんだ──腐海に!


「なにっ⁉」

■■■■こいつは……!」


 イルカに似た流線形のフォルム。その体長はその何倍も、十数メートルある赤黒い体色。欠けたヒレや体の傷は他者との争いを物語る。


 鮫───!


 全容を把握するコンマ数秒の間に、鮫の大口は黒蜥蜴おれを収めんと開かれる。


「ハッハァッー! 久々に表へ出てみれば戯れていたとはな、これは幸運! まとめて喰らってやるぞ! 我が糧ども!」


 第一声からただの鮫でないことを知らしめる存在は、俺と白神の間合いへ入っていた。迫る無数の牙、回避は不可能。


 予期せぬ邪魔に、脳裏では凪の言葉がフラッシュバックする。


『ボクも海棲型妖魔担当ではあるんだけど、『大喰らい』自体を見たことないからわかんないんだよネ〜。おっきな鮫ってことは確からしいんだけど』


 こいつだ……報告のあった妖魔は。

 特定妖魔とくていようま──大喰らい。


 で、お出ましかよ!


「まずは貴様からだ、黒蜥蜴ェッ!」


 圧倒的質量で迫る鮫の顎に、黒鱗を纏った右腕が捕われた。重量の暴力はそのまま俺を腐海へ引き摺り込む。


■■■■仕方ない!」


 妖魔に意識を向けた白神を右手で海とは反対側、砂浜へ投げる。


「ぅあっ!」

■■■■■引き分けだ!」

「まずは一匹、海の藻屑にしてくれる!」


 反転した大喰らいは俺ごと海中へ潜行を開始。


■■■■■■■■今度は海水浴かよ!」


 濁った海へ呑まれる直前。

 最後に見たのは、青色の瞳に戻った少女の呆けた顔だった。

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