4-2(1)土地神によるスカウト術(引き抜きは迅速に)


 夕方。オレンジ色の日差しが海の家を照らす。


 謎の妖魔による事件は一旦収束したものの、海に繰り出すのは危険と考えて調査は後日に回し民間人は避難。安全確認は明日早朝行うことになり砂浜は既に人気ひとけがない。海の家に例の少女、佐伯凪さえきなぎを迎え簡単な自己紹介の後土地神自ら協力の礼をしていた。


「さっきは本っ当にありがとうございました」

「いいよぉ~海は慣れてるし、適材適所! ……でもなんだか調子狂うな~、他所の土地神様はもっとツンケンしてること多いんだけどねぇ」

「気にすんな、白神こいつはこういう奴だ」


 なぎの格好は簡素なものでビーチバレーの選手と見間違えるような出で立ちだった。

 両肩から肩甲骨までを出した上のビキニ、下はデニムパンツを履いてはいるが日に焼けた脚がほとんど露出している。……正直、裸に近い姿に銛一本でよく妖魔と戦おうとするなと感心してしまった。あるいはただのバカか。


「んでお前、賞金稼ぎバウンティハンター……? って言ってたけど、何モンなワケ? 妖魔狩ると金出んの?」


 気を取り直し少女に問うてみる。しかし、無知を晒してしまったのか周囲から驚きの視線が飛来した。


「漆葉君、東京の方にいたのよね?」

「え? ……まぁ、はい」

「まさかこれ程とは……」

「なになに、なんだよみんなして」


 呆れた様子の涼香からスマホの画面を差し出される。そこには民間警備会社――通称、CSGと呼ばれる組織のホームページが表示されていた。


「近年……土地神のバックアップとして各省庁の下、妖魔対策課の増強はされていますが人命がかかる為常に人手不足。そこで国では民間企業による妖魔対策も推し進められています。それが市街City安全Security警備Guard株式会社、通称CSGを筆頭とした対妖魔民間警備組織です」

「確か民間の会社は自分達ですべて賄う必要があるから固定給制ではなくて……」

「そそ! 倒した妖魔によってもらえるお給料が違うんだ~! 大物倒せば一攫千金ってね!」

「へぇ、白神知ってた?」

「と、当然です! めちゃくちゃ知ってますよ!」


 …………知らなかったんだな。


 なんでも、大小関わらず行政だけでは手に回らない案件を民間に流すことで妖魔による被害を軽減させるのが狙い……らしい。おい、ちょっと待て! ここに書いてある内容が本当なら──


「こーんな便利なサービスあるなら碧海市にもどんどん入ってもらえばいいじゃねぇか」


 今回の件を丸投げにしようぜ! とはギリギリで止める。

 なんならこれから黒蜥蜴おれ以外の奴はどんどん狩ってくれ。めんどくせぇから。


「あ~むりむり、ほとんど首都圏でしか稼げないもん。それに、碧海市に来たのはボクと他に数人しかいないし」

「それはまた……どうして?」


 土地神の質問に、凪は頬を掻いて苦笑い。


「それがねぇ、ここに来る前にみーんなやられちゃったんだ。『大喰らい』って特定妖魔に」


 嫌な単語にその場の一同が固まる。緊張を察したのか、凪は「ちょっと盛ったカモ」と一部訂正。


「この前お隣の県で出たから大物狙いでみんな向かったけど、あっという間に返り討ち! 海専門の構成員が7割食べられたりケガしちゃってもー大変!」

「じゃあ対策課に回ってきた情報は……」

「その『大喰らい』って奴のことだろうな……ってことはさっき現れた奴がその特定妖魔なのか?」

「さぁ? わかんないや」


 さっぱりとした返答。


「ボクも海棲型妖魔担当ではあるんだけど、『大喰らい』自体を見たことないからわかんないんだよネ〜。おっきな鮫ってことは確からしいんだけど」

「でかい鮫……?」


 黒い背ビレはあった。しかし巨大かと言われると微妙だ。それに……


「今日の妖魔は触手がありましたよね、漆葉さん?」

「あぁ、あのウネウネだな」

「えーと……こんな感じだったような……」


 映像記録がない為、白神が机で描画を始める。

 触手がある妖魔など特段珍しくない。問題は海棲型妖魔であることに加え、本体が鮫の因子を持っていたとして、鮫に触手などないということだ。そもそも、あれは本当に報告書にあった妖魔だったのか。


 白神が事件を描く──海面の背ビレ、触手に捕らわれた幼女。平面的に描かれた絵である。何が表現したいのか大体の事は分かるんだが……


「へったくそだなぁ……」

「なっ⁉」

 

 率直な感想をくれてやると、涼香と支部長が顔を逸らす。二人がどんな表情をしているか見えないが、小刻みに震えていた。


「分かればいいんですよ分かれば!」

「まそりゃそうだけども……」


 ……絵心ねぇなぁ。

 意外、かと言われると雑なところもあるし妥当か。

 

「にゃはははは、ホント不思議! 土地神様と仲良いんだね!」

「「違います!」」


 息の合った即答に、またしても凪は噴き出したのであった。


 ◇ ◇ ◇


 いかんいかん、土地神様の描画力に話が逸れてしまった。

 本題に戻ろう。


「仲間の予想では次はこの海に来るらしいって、ボクは『大喰らい』を追ってこの街へ先に来てたんだけど……今日の晩御飯のおかずを採ろうかなって思ってたら妖魔が出ちゃってさぁ大変。おまけに子供が襲われてて地元の土地神様が突撃してるんだからちょっと恩を売ろうかなってことで今に至るってわけ! ……以上、凪ちゃんでした~」

「晩ご飯? そういえば凪さん、銛持ってましたね」


 漁業権……はツッコむのも野暮か。


「そうだよ~いっぱい持って来ててね、海の妖魔もそれを使って倒してるんだ! CSGや他の民間企業じゃ銃火器の使用は認められてないからね~。おかげでいっつも苦戦してるけど」


 対策課こちらへの皮肉交じりに凪は嘆息する。

 ここばかりはさすが日本と言うべきか。あんな原始的な武器で妖魔を殺せるんなら、この凪という人間も相当強いのか?


「それに遠征の費用は自前だから大変だよぉ。昨日でホテル出ちゃったし、今日は泊まるとこ探さないと~」


 困った表情で机に突っ伏す少女に、やや同情してしまう。わざわざこんな所までご苦労なことである。


 しかし……海の妖魔担当か。今回の事件に使えそうな奴だな。人命救助の単なる礼だけで終わらせるのはなんとなくもったいない気がする。


 白神に目配せすると、わざとらしくウインクを返された。

 お互いに考えていることは同じらしい。


「凪さん、わたし達と協力しませんか?」

「はぇ?」

 

 支部長と涼香は会話の行く末をじっと静かに見守っている。

 判断はすべて任せる、ということだろう。


「凪さんは海の妖魔に対する知識があるみたいですし、わたし達は海棲型の妖魔は知らないことが多いです。もしよければ今回の妖魔討伐、一緒に戦ってくれませんか?」


 金の為働く賞金稼ぎバウンティハンターと、使命感で動く土地神とちがみ

 凪の言葉の端々から察するに、対策課とは決して仲が良いわけじゃないだろう。

 突然の提案に、凪は言葉に詰まる。


「う~ん……協力するのはいいけどぉ。それって手柄の割合はどうなるの? ボク……というかボク達、結構物入りなんだよネ」

「んなもん全部そっちにやるよ」


 俺たちはさっさと妖魔を倒したい、凪は妖魔討伐の賞金が欲しい。お互いにメリットしかない。誰が倒したかなど、はっきり言ってどうでもいい。


「むぅ? ……きみは従者じゃないのぉ?」

「あ、えと、凪さん! それはですね!」

 

 頭を傾げる凪の疑問はごもっとも。

 あわあわと焦ってしどろもどろな白神に代わり、会話を続ける。


「もし協力するならそうしようって、さっき白神と話してたんだよ。な、土地神様⁉︎」


 余計に口を滑らせそうな少女の両肩をぐいっと強く揉むと、お返しとばかりに右手をつねられる。


「そ、そそうです! そうなんです!」

 

 この際白神の誤魔化し方の下手さは黙っておこう。俺がその土地神ってことは……伏せていいだろ、いちいち部外者に伝える必要もないしな。

 今やらなきゃいけないのは謎の海棲型妖魔の対処とこの領域、『腐海』の調査だ。駒は多ければ多いほど助かる。使えるものは、何でも利用しなきゃな。


「協力してくれるなら対策課の宿舎を寝床にしてくれていいぞ。それに、飯に関してはこの海の家を手伝ってくれれば出してやるよ。支部長、それくらいは構わないですよね?」

「えぇ、民間人を助けてもらったし、外部協力者という形で受け入れていいわ」

「え、ほんとっ⁉ やるやる! 海の家でバイトしたこともあるし!」


 訝しげな表情が急に眼をキラキラと輝かせ机に乗り出す。面倒な話はうまく逸らせたな。

 事前に打ち合わせておいた店長が夕食を運んで来た。


「新しいお仲間だってなぁ、お待ちどお」

「やった~、晩ご飯だ!」


 人数分のラーメンが運ばれ、少し早めの夕餉である。


「それでいいだろ、土地神様?」

「はい! じゃあ凪さん、改めてよろしくお願いしますね!」

「うんうん、よろしく土地神様! いっただきまーっす!」


 引き抜き完了。

 労働力確保成功。


 新たな仲間を引き入れ、いよいよ明日から海の家の活動も対策課の仕事も本格的に開始である。


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