4-1(7)賞金稼ぎ・佐伯凪
「誰か流されてる!」
「もしかしてサメじゃないかアレ⁉」
海水浴客が叫ぶ。浜辺の向こう、青い波間に幼女の腕が空へ伸びる。
その何メートルか背後には黒い背ビレのようなものがひとつ。
こんな所に鮫が出てたまるか。初日から海の妖魔がお出ましかよ!
ライフセーバー達が海へ向かうよりも速く、白神が駆ける。
「わたしが行きます!」
「あ、おいっ!」
猪突猛進。我らが土地神は海の家店内に置いていた刀を携え砂浜を一直線、そのまま海へ突入。救出と妖魔対処に頭がいっぱいで敵の領域に踏み込むリスク吹っ飛んでるなあいつ!
「あのバカ──涼香、ライフセーバーと連携して救護の用意を!」
「了解」
白神を追うように、砂浜から一気に跳び大海へ。勢いに乗せて波を掻き分ける。
桜色の瞳が、白神の先……浮き輪が破れ、波に呑まれる幼女を捉えた。だがその腕には奇妙な物体が纏わりついている。
不気味に『明るい』それが、何かの触手だと近づいてようやく気づいた。
「た──」
もがく少女に幾重にも絡む青い触手。ヒトでも、通常の生物とも思えないソレは感覚で何か察知する。
やっぱり妖魔だ。でもその全貌は海の中。
「くっ、その子から──離れろッ!」
少女による一閃。
が、海の領域では相手が
獲物を手放したくなかったのか、それとも……
(子供ごと避けたのか……?)
それはまるで、幼女を守るように。
考えても仕方ない、とにかく今は人命救助だ。
「白神、子供からあのウネウネ引き剥がすからここは任せたぞ!」
「わかりました!」
斬撃を避けられるなら根本から引き千切るしかない。もしくは白神に切ってもらうか! とにかく俺は、物理で解決させるのみだ。
身体にある生命力を四肢に流して膂力を強化、水面から下──腐海と揶揄される領域へ潜る。
透明度の低い、濁った薄暗い世界が広がる。蒼海などなく、触手の主が、前方で静かに
その腐海の中、幼女の足に絡み付く触手に手を伸ばす。が、一本離れた触手が水中でこちらへ鞭のようにしなり接近を拒む。
(この野郎……!)
接近は一度諦め、海面へ戻る。その間、触手は反撃に転じず幼女に絡んだまま。
「ちょこまかと、止まれ!」
白神は触手一本を逆手で持った刀で狙うものの、器用に動き回る触手はこちら側の攻撃を軽々と避けていく。
まずいな……海じゃ俺たちの分が悪い。強引にでも『桜の命』の衝撃波でぶった斬るしかねぇ。
人間は……あとで治せばいいか。
「白神、刀貸せ!」
「は、はい──!」
(できれば当たってくれるなよ!)
得物を受け取り、刀に残った輝きを前方の海面に向かって放つ。
桜色の軌跡は枝分かれしながら海水を裂き、幼女に纏う触手の先端を切り払う…………!
「うぉ、分かれた⁉ ……やったのか?」
「いえ、まだですっ!」
束縛から逃れた幼女。しかし、海中から再び無数の触手が現れ再び絡み付く。
「イタチごっこかよ……!」
「どうすれば――」
もどかしい状況をぶち壊すかのように、それは急速に接近した。
「どいてどいてーっ!」
急速に迫るエンジン音と共に、威勢のいい叫び声。
背後、新緑の塗装が施されたジェットスキーが一機。
駆るは勇ましき少年──ではなく、昨日ぶつかった
「なんだあいつ⁉」
「こっちに来ます!」
「そらそら離れて! うりゃあっ!」
銀の銛が幼女に絡む触手の根本、背ビレの主のいる海中へ放たれる。俺たちの間を縫い、得物は海中で狙いを捉えた。
「pyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy」
高音域の鳴き声が水を伝い、触手が幼女から離れる。黒い背ビレの主は沖の方へ姿を消していった。
そして束縛から解かれた幼女が海へ沈むところを、白神が支えた。
「民間人保護! うわぁっとと」
腕のなかで再びもがく女の子に、白神はあたふた。その様子に、銛使いの少女が手を伸ばしてきた。
「お疲れ~! 大変でしょ、そのお嬢ちゃんこっちに乗せるよ!」
「ありがとうございます!」
白神がジェットスキーの上へ少女を持ち上げると、銛使いの少女は軽々と抱きかかえた。
「よーしよし、がんばった。もう大丈夫だからね~」
女の胸で泣く少女を、頭を撫でて宥めている。外にはねた髪が特徴的な、快活な少女。
「きみたちは──心配する必要ないか! ボク、先に浜辺の方行ってるね!」
新緑の騎馬は颯爽と砂浜へ向かっていく。
置いてけぼりにされた俺と白神は思わず顔を見合わせた。
「新入りか?」
「いえ……そんなことは聞いてないですけど」
ひとまず来た道を泳いで戻り、砂浜へ立つ。濡れた全身から顔を震わせ、髪をかき上げる。白神も同じように前髪を上げると、首を左右に振って水滴を飛ばす。
気が抜けて犬を連想してしまったが、あえて言うまい。
「初日からやってくれるな……」
「臨時配置は正解でしたね」
皮肉にも念には念を入れていて良かった。
遊んでいて偶然だったのはこの際どうでもいい。
俺たちの視線の先では銛使いの少女が、抱えていた幼女をその母親へ引き渡していた。
その後、駆けつけた救急に幼女は乗せられ、親子共に病院へ向かった。既に『明るさ』は安定した大きさに戻っている、命に別状はないだろう。
「にゃはは~、一件落着!」
「あの、ありがとうございました!」
「元気そうな奴だな」
少女はにかっと歯を見せて笑った。
「しっかしここの土地神様とはいえ、単身妖魔の
「それが
白神の頭をわしゃわしゃとこね回しながら返す。
海の奴は初だが……というか、白神が土地神ってこと知ってて助けに来たのか。
「早速因縁ができちゃったね、これからよろしく!」
「因縁って……なんのことですか?」
俺の考えを白神が代弁すると、少女はきょとんと目を丸くする。ボーイッシュな少女は思わぬ返答だったのか直後噴き出した。
「にゃっははは! 何がって……きみ達、この街の対策課でしょ?」
「そりゃそうだけど、お前誰なんだ? その口ぶりだと対策課の新入りでもないよな?」
高らかに名乗った少女は、ピースサインを突き出し得意げに笑う。
「そのとおり! ボクは
真夏の海、杞憂に終わってくれと思っていた仕事は新たな脅威と出会いから。
どうやら俺はまた、変な奴らと関わることになるらしい。
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