1-3(7)友として……



 翠山でハルトを保護し、二日経過した。負わせた傷は両親に任せて俺は俺のやるべきおつかいを優先。間を空けると白神が復帰してしまうため、できるだけ早く行動を起こした。


 そんなわけで、漆葉おれは今まさに大音量の警報をBGMにして通路を闊歩しているわけで……視線を右往左往させていると、武装した碧海市職員数人に見つかる。


「目標発見、撃てッ!」


 無数の弾丸が体表に弾かれ虚しく散る。そう、職員の皆が血相を変えて対峙するのは間抜けの漆葉境ではなく、黒蜥蜴である。倒したはずの、しかもそれよりも強い奴。


(えーと………部屋はどこだ?)


 擬態では侵入していない所まで進む。ここは環境省妖魔対策課碧海市支部。その奥、妖魔の処理をする収容部である。大抵の場合無力化した妖魔の処遇を決める間、ここへ捕らえているそうな。


 目的は単純だ。


(お! あったあった)


 基本的に妖魔は番号や渾名で呼ぶことが多いが今回は別らしい。出入口のプレートに、収容されている存在の名前があった。


(来栖サナ………)


 分厚い鋼鉄の扉。その小さな格子窓から人間ではない存在がすぐ目についた。未だに白神朝緋の言葉が何度も反芻される。俺の手で、一体何ができるというのか。


(……アホらし)


 命を守るために、自らの命を落とすなら何の意味もない。ただ……


(別に、人間の味方ってわけでもないしなぁ)


 土地神でもなければ、放置していたかもしれない結末に、しこりがあるというか。


(ま、いっか)


 施錠されているため、無理やり扉を押し破ると、室内へ入るようにドアが倒れる。そして部屋の隅、ベッドの上に目的の存在はいた。


「なっ──まさか本物ッ!」


 真っ白なワンピース型の服に、対の色使いである黒い手錠が目に留まった。


(元気そうだな)


 白神が斬りつけたものの、ずいぶん元気なようだ。そのまま無言でサナに歩み寄り、有無を言わさず体を持ち上げ右肩で担ぐ。


「や、やめろ! 離せっ!」 


 肩の上でじたばたと暴れるが、抵抗するほどの力は感じない。


(……確保っと)


 こいつがなんと言おうが関係はない。職員に見つかったが、事件の参考人? を持っているためか、攻撃が止んだ。


(ラッキー、白神が来ないうちに逃げる!)


 側面の壁を何枚か破壊し、支部から脱出。街中を猛スピードで突き進み、翠山の中まで一気に駆け抜けた。



 ◇ ◇ ◇



「し、死ぬかと思った………」


 速度はサナが妖魔でいる時の数倍で走った為か、担いでいたサナは顔面蒼白で倒れた。


(山まで逃げれば大丈夫だろう)


 眼下の妖魔を見据える。本体をあれだけ斬ったんだ。しばらくは妖魔の力も使えないだろう。


「アンタ……なんであたしを」

(ん~どう答えたもんか)


 フェアじゃない。そう思い、わざと擬態になった。


「あのままだと死ぬだけだろうからな、助けただけだよ」

「あ――」


 少女はただ絶句。そして俺の胸倉を両手で掴む。


「アンタが……」


 喉奥から振り絞るように声が漏れる。だがその続きは出ない。


「――ッ、なんで!」

「とりあえず、無益な殺生はしないことにしてな。おい、出てこいよ!」


 森の木々の奥から、人影が一つ。漆葉家で手当てを受け、一命を取り留めたハルトがゆっくりと現れた。


「……にい、さん?」

「サナ! ……無事だったんだな」

「兄さんっ!」


 ハルトの姿に感情の溢れたサナが飛びつく。

 お互いの存在を、確かめるように。


「兄さん………よかった……」


 感動の対面なんだろうが、正直複雑ではある。黒蜥蜴のフリをして悪行を重ねた二人を助けたのは、ちょっと割りに合わない気もするけど……


(ま、いっか)


 妖魔ヒト助けも土地神業務の範疇だろう、と勝手に勘定しておいた。再会を脇に置き、本題を進める。


「色々あったけど、とりあえずそれは置いといて……あとは碧海市から無事逃げればいいだけだ」

「逃げるって………お前を陥れようとした敵なんだぞ! 覚悟はできてる」


 ハルトが虚勢を張っているのは明らか。妹を庇おうとする手が震えている。


「待って! 兄さんが責任を負うなら私も一緒に!」


 思えば……『妖魔の家族』というものをあまり見てこなかったな、と眼前の兄妹に過去を重ねた。


「別に何かするつもりはねぇよ。俺だって妖魔だし、わざわざ同族減らすことはしたかないしな」


 珍しく真面目に返すと、二人は目を丸くして呆けていた。まるで俺がいうにはらしくないって顔してやがる。


「あんた、ホントにあの土地神殺しの黒蜥蜴なの……?」


 変身の一部始終を見ていたくせに、どの口で言うのか。


「るっせーなぁ。もう少ししおらしくできないもんかねぇ」


 いつのまにか、いつも通りの空気。数日前に命の奪い合いをしていたとは思えない。このやり取りも妖魔だから……かもしれないな。


「人間への復讐とか、妖魔の独立とか………とりあえずそんなもんはどうでもいい。碧海市このまちに迷惑かけたんだ、二度と戻ってくるな。そうすりゃ、もう何もしないよ」


 あくまで偽物の排除が目的であって命をどうこうしようとは思っていない。土地神だし。結果的に必要ならやるが………まぁ、不要だろう。


「どうしてここまでするんだ! 僕は……僕達はお前に汚名を被せて人間を襲ったんだぞ!」


 なんで許す側の俺が詰問されているのか。


「────約束したからなぁ」

 



『キミのその手はヒトを傷つける武器じゃない。ヒトを、生き物を救える手だよ! キミが考えてる以上に、キミはすごい存在だよ! きっと、みんなを幸せにできる、だから────』



 

 土地神が、本当に全ての命を救えるというなら、それはきっと真に立派な神様なんだろうな。


「それに、お前も言ってただろ? いつか人間と妖魔が共存できたらって」

「あれは……お前に擬態してたから訳が分からなくなって、ただ適当に言っただけで」

「ホントにそうか?」


 他種との共存、そんなこと理想でしかない。だが、復讐の機会はいくらでもあったのに白神に手を下さなかったのは何故か。


「口から出まかせ言ったなら、何で白神をさっさと始末しなかったんだ?」


 稽古中でも、あるいは正体がバレてでも他の妖魔に対処している最中に二人がかりで襲えば仕留められただろうに。


「最初は本当にすぐやるつもりだったの………でも、関わっていく内に土地神様――夕緋さんに妖魔のことをすべて押し付ける人間たちに腹が立ったの! でも結局、私たちは妖魔………復讐を優先したわ」


 情が湧いてしまった、というのが来栖兄妹の敗因と言ってもいいだろう。


「結局、白神夕緋ごと始末して目標を遂行しようとしたんだけどね。お前のおかげで失敗に終わったんだ、漆葉」


 苦笑するハルトの顔はどこか晴れやか。

 つまるところ、シンパシーを感じた……ということである。


(分かんねぇなぁ)


 相手の立場を最初から慮れるのなら、今回の騒動は起きなかった。要は漆葉おれがここまで面倒な立ち回りをする必要もなかった───


「あ…………」


 それは自分もか……と、ある種の答えに行き着く。


「あー、はぁ………アホくさ」


 身から出た錆とは、人間はうまい言葉を作る……まぁそこはいい。精算は追々やるつもりだ。


「少なくとも二人が白神に同情できるほど心があるなら、お前らの『お仲間』だった奴らとは違うってことだ」


 ヒトを思いやる、そんな単純なことがとても難しい。


「ともかく、お前らの復讐は俺のせいで失敗! 終わり! ………ま、今度はハルトが言った出任せを実現させるのを目標にするこったな」


 意外にも反論はなく、二人は黙りこくった。


「もし僕達がまたこの街に、復讐に来たらどうする?」

「そん時は………またメッタメタにして、今度はゴミ拾いにこき使ってやるよ」


 普段ならあり得ない話に付き合うのも馬鹿にしていたが、妙に清々しい気分。


「フン! 次会ったら最初みたいにボコボコにしてやるんだから、覚悟しなさいよね!」


 生意気にも勝利宣言するサナは放っておくとして。


「それだけ元気なら大丈夫だろ。じゃあな……って言おうと思ってたんだがなぁ」


 なんとなく決まりが悪く頭を掻く。さっきから茂みの奥にいる気配がうっとうしい。来るなって言っておいたのに。


「二人とも……遠目で見てないで出てきてよ」


 背後にある山林の奥に呼びかけると、茂みがもぞもぞと蠢く。決して怪しい存在ではない。見知った存在。


「あら〜バレちゃってた?」

「ママが魅力的だからネ!」

 

 木々の影から両親がスルッと現れ、しんみりした空気を両親二人がぶち壊した。ムードが台無しである。


「あなたたちが境くんの真似をしてたのねぇ……」


 母は兄妹を静かに、まっすぐな視線で射抜き……ふたりに飛びついて抱きしめた。


「二人ともかわいいのにぃ! わざわざ境くんの擬態なんてしなくてもよかったのに~」


 始まったよ……

 完全に一人で盛り上がっている。気の抜ける母親の行動にクスる兄妹の緊張が解けた。


「自分の偽物を、まさか救ってしまうとはね……驚いたよ。ママと予想していた結末よりずいぶん優しいものになった」


 父親はタバコをふかしつつ、俺に並ぶ。


「………あんたらの〝おつかい〟を済ませるためには、まずこれが一番マシだっただけだよ」


 朝緋を見殺しにし、ハルトとサナの親の命を奪い、それらをすべて忘れていた──その先の結果がこれだ。


 俺が過去に何かしたところで人間と妖魔が憎しみあうことに変わりはなかったんだが……関わっていた以上、できるだけ後味は良い方がいいわけで。


「なるほど、成長したネ」

「そりゃ擬態して人間社会に揉まれたんだ。少しはマシになるよ」

「さすがは『土地神』だね」


 父親の一言。

 ずっと、どこかで引っ掛かっていた謎が解けた。


「……知ってたな?」


 今にして思えば、色々と不自然な動きをしていたのに何も問い詰められなかったのはおかしい。冷ややかな視線を浴びせても、父は素知らぬ顔でタバコを味わっていた。


「今はそんなことより、ほら……あの二人を見送るのが先だろう?」


 無理やりはぐらかされたが、とりあえず来栖兄妹を街から脱出させる方を優先した。

 ひとまずサナを漆葉家で着替えさせ、市外へ通じる道へ案内。追手は来ておらず、翠山の中はいつも通り静か。


「漆葉……その、何から何まで………」

「いいよ、気にするな。お互い様だ」

「ホンっと、変な奴よね。アンタのふりしてた上に殺そうとしたのよ?」

「お、おいサナ……!」


 最後まで生意気な態度をとるのは『らしさ』を強がって見せているのか。


「別に、土地神やってなきゃすぐどうとでもできたしな」


 売り言葉に買い言葉で挑発し返すとサナはムスッと顔を紅潮させた。


「やっぱムカつく! こんなのに負けたなんて! アンタが黒蜥蜴なんていまだに信じられない! どう見たってヘボ男じゃない!」


 散々な言われようである。


「はっはっは、悔しかったら強くなって戻ってくるんだな!」


 ようやく稽古中の仕返しができた。あんまり煽り過ぎてもサナが暴れだしそうだからほどほどで止める。ふと、二人の擬態を見て一つ疑問が浮かぶ。


「そういや、ハルトの本体はちらっと見たけどお前の正体は何だったんだ?」


 父親が獅子、兄がネコ科なら、妹も似たようなもんか?


「アンタには絶っ~対っ教えてやんない!」


 他愛のない雑談をしていると、山道のど真ん中を走って一台タクシーがやってきた。車は俺たちの前で停まると、運転席の窓が下りた。


「あんたらが来栖さんかい?」


 中年の男が眠そうな顔でこちらを伺う。男は俺に軽く会釈する。


「漆葉さんとこの旦那さんに頼まれましてね」

「おい、漆葉これって………」

「ま、徒歩で脱出は難しいからな。後ろ開けるぞ」


 段取りがいいというかなんというか、父親は手慣れている。タクシーのトランクを開けるとご丁寧にバックが二つ。こちらはおそらく母親の用意だろう。


「当面の生活に必要な物は入ってるな……運転手さん、行き先聞いてる?」

「あぁ、それなら××県の『翠協会』ってとこですね」


 妖魔の保護組織である。小動物に擬態しているなら翠山に来てもらえればいいが、来栖兄妹のように人間に溶け込んだ妖魔はどこかで安全を保障させた方が良い………とは、父親の考え方。


 ハルトを助けた時から、大体考えていたことだが両親がうまくフォローしてくれた……まぁ、そんな感じだ。俺だったら徒歩でも突破できるからそんなこと思いつきもしなかった。


「再開発してるって言っても田舎だしな。木を隠すならってやつだ。検問が敷かれる前にさっさと行ったほうがいいぞ」


 後部座席のドアが開く。入るように手で誘導してやると、兄妹は揃って呆けていた。


「なんでここまで……助けてくれただけでも十分じゃない! 意味わかんないわよ! あんた土地神でしょ! 妖魔を殺すことが仕事でしょッ!」


 受ける親切が不気味なのか、サナは逆上した。

 ………朝緋に頼まれた、というのも答えの一つだが。


「土地神の仕事ってな、妖魔を倒すことじゃないんだ。それに――」


 脳裏に浮かんだのは復讐に燃える少女の顔。


「お前ら、白神の友達だろ?」


 二人ともポカンと間抜けた表情で固まっていた。正直理由なんてどうでもいいが、一番それらしい答えといえばこれが一番だ。二人の後ろに回り背中を押しタクシーへ放り込んだ。


「ちょ、ちょっと、まだ話は」

「別にいいだろ? ホントのことだし」


 白神を大切に思っていたからこそギリギリまで行動できず、新参者の乱入で踏ん切りがついてしまった。形はどうあれ友情と言っていいのでは?


「アンタとは友達じゃないけどね!」

「そりゃそうだ、お前らの仇なんだからな」


 来栖達の、そして白神夕緋の仇──成り行きでなってしまったものだが仕方ない。


「その仇が生きてるんだから、お前らも生きろよ」

「な……なによ! 生きるわよ、生きてやるわよ! アンタも夕緋さんにやられんじゃないわよ!」

「はいはい」


 軽くあしらいムキになるサナをハルトがなだめる。このやり取りができるのも、妖魔らしからぬ行動を取った結果だな。


「漆葉……ありがとう」


 純粋な感謝だけではない複雑な表情で、ハルトは右手を差し出した。


「……あぁ」


 軽口でも叩こうかとも思ったが、同じく手を出し、握手を交わす。


「僕に言う資格はないかもしれないけど、土地神……じゃなくて夕緋さんのこと、頼んだ」


 ふと、朝緋の言葉がフラッシュバックし口元が緩んだ。


「まったく………愛されてるね白神夕緋あいつは」


 命の取り合いをしたこいつらにも大切に思われてるなら大丈夫だろう。


「心配すんな、この土地神様に任せろ」

「フン! だったら留年なんてしてないでさっさと大学卒業しなさいよ!」

「なっ! まだ留年なだけだぞ!」


 締まらない会話を最後に、二人の乗ったタクシーを見送った。ようやくひと段落ついて、思わず脱力。


「っあぁっ〜無事終わったなぁ……………さてと」


 マナーモードにしていたスマホを取り出すと、おびただしい量の呼び出し履歴が並んでいた。誰が呼んでいるかは、言うまでもないだろう。


「はぁ………アホくさ」


 新たな第一歩は、白神に怒られに行くことであった。

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