Chapter1 エピローグ 

      

 ハルトとサナを逃がした翌日。


 表向きには『黒蜥蜴を騙る妖魔の集団を一斉確保』という新聞の一面が街を安心させている。隣接する市に現れていた妖魔も、各街の土地神が対処したおかげで民間人にほとんど被害はなかった。


 ただ……サナ奪取の現場に遅れた漆葉おれは厳罰処分を受けることになった。そもそも主犯なのだ、間に合うわけない。


「はぁ〜、正直今回の一件が終わったら大学に戻れると思ってたんだがなぁ……ったく、白神がいないだけで支部は頼りないな」


 『ドゥ』にて、どす黒いコーヒーを啜りながらしみじみと嘆く。


「でも……こんなこと言っていいのかわからないですけど、ホッとしました」


 驚異的な回復力で復帰した白神は、テーブルを挟んで俯いている。まだ完全に傷がいえていないため、あちこちに包帯が巻かれている状態。


「あの時、覚悟を決めてサナさんを斬りました……でも、心のどこかで『これでいいのか?』って迷ったんです……だから仕留めきれずにこんな結果に……」

「結果的にそれで生きてるんだからいいだろ」

「でもあの二人は────!」


 憎んでいる種族の二人が、自分をずっと支えていたという過去を少女は何度も反芻していた。ましてや姉の仇と思っている存在だったんだから、素直に現実を受け止められない。


「ハルトとサナが人間だったか妖魔だったかなんて、正直どうでもいいだろ」

「え……」

「いくら騙すためっていっても、一年以上もわざわざ従者の真似事なんかするか?」


 敵ではあった。でも、信頼はあった。


「ま………白神に従者から外すって言われた時にキレたのは、あいつらなりにその立場にプライド持ってたからじゃねぇの?」


 正直なところ、あの二人がどこまで白神に特別な感情を持っていたかは今となってはわからない。が、わざわざ本来同胞である妖魔と対峙してでもこの少女といる方を選択したのだ。


「それに、お前の追っかけてる黒蜥蜴じゃなかったんだからホントの仇打ちは心置きなくできるぞ」


 気休め程度に励ましてやると、少女は驚いた様子でこちらを見やる。


「だって、黒蜥蜴の正体はハルトさんとサナさんで……」

「あいつらはガワだけ擬態してただけの偽物。電車の事件で戦ったのはサナで、お前と一緒に戦ってたのがハルトじゃなくて正真正銘の黒蜥蜴だよ」

「な、なんで知ってるんですか! それに────!」


 矢継ぎ早な質問。曇っていた表情はいつのまにか生気が戻っていた。だがその質問達に一々正確に答えていてはキリがない。


「……何言っても納得できないだろうよ。でもそうだなぁ、白神にもわかりやすく言うなら──」


 言葉の重みというものは後になってわかることがある。


「俺が、土地神だから………かな」


 碧海市土地神、漆葉境は気だるげに宣言する。


「見ての通り、頼りないんだからしっかり支えてくれよな──白神」

「は──はい!」


 白神夕緋は朗らかに返した。



 ◇ ◇ ◇



 それから、さらに一週間が過ぎた。


 現場に駆け付けなかったことでかなりの取り調べを受けたが、戦いで満足に動けなかったからと言い訳をすると簡単に許されたのだ、いいのかそれで。

 そして………今日も今日とて、ゴミを拾う。空き缶、ビニール、吸い殻エトセトラ。川のヘドロを吸い込み、山の不法投棄者を追い返す。これも突発的に妖魔へ戻るのを防ぐ為。


(めんどくせぇ………)


 妖魔としても擬態としても大変な毎日である。今日は碧海市の海岸にて砂浜の掃除に勤しんでいた。母親お手製の籐かごを背負い、ゴミを放り込む。ちなみに今は妖魔もとの姿。ハルトとサナを追い出して、晴れてようやく黒蜥蜴の姿を堂々とできるわけで。


(だいぶ片付いたな)


 ゴミ一つ無い、きれいな砂浜が視界に広がる。早朝から始めてようやく終わった。しかしほっと一息したのもつかの間、見慣れた少女が接近する。


(きたきた)


 背負っていたかごを下ろす。疲れてはいないが左右の方をまわし、体を慣らす。


『境くんが朝緋ちゃんから土地神の力を受け継いでいるのは知っていたわよ』


 来栖の脱走幇助の後、両親を問い詰めると母親があっさりと吐いた。


『そうでもなかったら、わざわざ擬態で一人暮らしなんてさせるわけないわよぉ………時期がくれば、いずれ戻ってきたでしょうし』


 なにが天敵の力だよ。最初から自分達の息子が使えるって分かっていて、刀を取ろうとしたわけだ。俺が土地神である以上、もう奪う理由はない。俺が持っていればいいだけだからな。


 しかし、実際に使うのは今のところ俺ではない。


 白神は制服姿に刀を携え、砂浜をゆっくりと歩く。来栖兄妹との戦いで心身に相当なダメージを追っているはずなのにも関わらず、凛とした表情は崩れない。


「…………今度こそ、お前を!」


 黒蜥蜴いつものおれを見る、殺意の籠った双眸。


(生き生きしてるねぇ)


 腕や足に包帯が巻かれ、痛ましい姿ではあるが、皮肉にも一緒に行動している時より、少女は生気に満ちていた。白神は刀を引き抜き、切っ先を俺に向けた。


「何度でも、何度でも追いかけて………必ずお前を討つ!」


 少女は高らかに吼える。


(アホくさ………)


 この先、土地神としてはともに戦い、妖魔としては対峙することになる。けれど、俺を討つことがこの少女の存在理由なら…………安いもんだ。


『あとは、キミに任せる────それと────』


 今際の際に、朝緋は笑った。それがなぜかは、まだわからない。




『それと、私の妹に会ったら────優しくしてね?』




 確かに頼まれた。んで、今回に限ってあの女の残した言葉は、呪いとなってしまった。


(はいはい、任されました)


 最後にもう一度断っておくが、俺──漆葉境は人間ヒトではない。妖魔ようまである。


 だが、生き物を守れと、碧海市このまちを守れというのであればまぁ……やってやらんでもない。留年はしたくないしな。これからどうなることやら。


 少女が刀を振り上げ、戦いの火蓋が切って落とされる。


「はぁぁっ────」

(でもやっぱ斬られるのは無理!)


 距離を詰められる前に、かごを背負って一目散に走って逃げる。


「ま、待てッ!」

■■■■■■■■■■■■待てと言われて誰が待つか!」


 逃げるついでにゴミを拾っていく。土地神としてこの土地に尽くすために。


 いつか笑って眠った少女の、こたえを知る為に。




 とある地方の、変わったお話。

 妖魔の土地神は今日も、掃除に戦いに忙しい。




 ミミックボランティア chapter 1 

     留年妖魔の帰郷


       (了)

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