chapter 2 碧海サル殻合戦

Chapter 2 プロローグ



 今回も冒頭から断っておくが、俺・漆葉境うるはけいは人間ではない。

 人間とは異なる生き物──妖魔ようまであり、碧海市の土地神とちがみもやっている。………なにか変な自己紹介だが事実だから仕方ない。




 某県——碧海あおみ市。今いるのはその市内にある、ひすい公園。川沿いに造られただだっ広い場所であり、憩いの場の一つである。 開発に合わせてリニューアルされ主に多種多様にわたる花を揃えた名所にする予定……らしい。


 そんなところにいる理由は単純。土地神の力を貯めるための『お仕事』だ。


 深夜。擬態では無駄に疲れるので本来の姿である、本体・黒蜥蜴に戻り、メインの花が咲いているスペースとは別の少し離れた川辺のゴミ回収に勤しんでいる。

 拾えども拾えども、毎日袋いっぱいにゴミが貯まる毎日。目に見える成果というのも、ものによってはうんざりする。


「………」

(やってらんねー)


 胸中ではそうぼやきつつ。手を抜いてはいられない。

 いつ擬態から強制的に戻るかわからない以上、元の姿で可能な限り土地神として働くしかない。


(なーんかこう、もっと効率よく働けないものかねー)


 巨躯の肩が落ちる。確かに土地神をやってやらんでもないとは思ったが………


「おい見ろよ! マジで黒蜥蜴がゴミ漁ってるぞ!」


 背後からいかにも軽そうな男の声。ちらっと見やると顔面の形状が安定しない妖魔が三人。


「お前を連れて行けばオレたちも幹部になれるからな、ちょっと来てもらおうか」


 月夜に照らされて妖魔達の姿がくっきりと浮かぶ。まさに猿顔。人間の体にニホンザルの顔面を接着したようなナリである。いっちょ前にスーツを着込んでいるときた。そしてその後ろ、土手にある中型車を指差し同乗を促される。


「…………………」


 無視無視。本体分のノルマこなしてないと後が怖い。


「スカしてんじゃねぇぞ!」


 気を取り直して足元のエロ本を拾い上げていると、左肩を強く掴まれた。


(アホくさ………)


 意味深なことを言っていた気がするが、さっさと帰りたいので仕事を優先したいんだが。


「あんまし舐めてると痛い目に──」


 あーもう、うっとおしいなぁ。

 と、掴んでいた手を軽く振り解こうとすると猿顔の妖魔Aは無惨にも宙を舞い地面に叩きつけられた。いつになく軽く吹き飛んでしまった。


(あ、やべ)


 痙攣を繰り返した後、妖魔Aは動かなくなった。


「てめぇ!」

「よくも仲間をッ!」


 残った妖魔B、CがAの仇を討つために鋭い爪で襲いかかる──!


 理不尽な戦いの始まり────んなもん始まってたまるか。


(あー、お仕事延長だな)


 左右から迫る妖魔を両手を突き出し迎撃。拳で胸元に風穴を開け、地面に投げ捨てる。わずかなうめき声のあと、全員動きが止まっ

 た。

 相手の沈黙を確認。しかし、


(妙に軽かったな………)


 今までこの黒蜥蜴の姿で相手をする妖魔は大抵一撃で終わることが多いが、いつになくあっさり片付いた。

 と、柄にもない勘繰りをしたものの、手についた妖魔の体液は実際にあるわけで。


(あーあ、めんどくさ)


 手についた体液を川で濯いでいると、土手の車は仲間を置いて消えていった。

(おいおい、後片付けまで押し付けるのかよ)

 相変わらず妖魔どうほうだというのに行動原理が理解できない。


 三体もいる妖魔の亡骸をどうしようかと悩んでいるとパトカーに似たサイレンが複数。見慣れた軍服もどきの見知った人間達がこちらに銃口を向けてくる。


「こんな深夜に仲間割れか? 黒蜥蜴!」


 誰だったか………田中だか中田みたいな名前だった男が冗談まじりに声を掛ける。未だに白神と榊女史以外、組織内の人間の顔と名前が一致しないのは反省だな。

 ………まぁ、人間からしたらこの惨状を見て俺が襲われていたなんて思わないか。


「その持っている袋は何だ!」


 ただのゴミ袋なんだよなぁ。


「土地神様が来るまで足止めするぞ!」


 怒気のこもった声があがる。 

 土地神──簡単に言えば妖魔の天敵である。本来なら俺と認識されるが、今は先代の妹──白神夕緋しらがみゆうひがその代役を担っている。


(冗談じゃない、仕事をこれ以上邪魔されてたまるか! あ、そうだ)


 妖魔が人類の敵なら後始末もこいつらにやらせればいいか。


 ………自分で提案しといてかなり下衆な発想ではあるが、まぁ仕方ない。


(じゃ、あとよろしく!)


 人間達の殺気を他所に、彼らへ一礼。踵を返し飛び上がる。手に持ったゴミ袋だけ銃撃されないよう抱きしめ、川へ逃げ込んだ。


 もう一度言っておくが、漆葉境は妖魔であり土地神だ。


 だがその真実を、人間は知らない。









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