1-3(6)黒蜥蜴の残業



 追跡……といっても、致命傷を負った者を見つけるのに時間はかからなかった。だって、あいつ血が流れてたし。

 翠山には他市へつながるルートが存在し、ちょうどその道の途中にあるトンネル手前でハルトに追いついた。


「ハァ……ハァ……くそ、よりにもよって、お前が追っ手とはな──」

「悪かったな、俺で」


 静かに佇む外灯が真下のハルトを照らした。そこには黒蜥蜴を模した姿はなく、トラのような──ネコ科の動物を彷彿とさせる顔の妖魔が立っていた。


「お前が来てからだ。計画が狂ってこんな結末だ! お前は一体何なんだ!」

「アホくさ……失敗を人のせいにすんなよ」


 他人の形をして悪評を広めた来栖兄妹に八つ当たりされる筋合いはない。


「くっ………」


 さっさと引きずってでも連れて行くかと一歩進んだ瞬間、大量のなにかの気配を感じた。トンネルの奥から、無数の影が近づく。


「あれぇ? ハルトじゃねーか! そんなボロボロでなぁにしてんだぁ?」


 ……見るからに三下と思える妖魔の群れだった。人の形はしているが動物だったり、海洋生物のような見た目だったりバラエティに富んだ方々が何十人、いや何十体。


「団体さんだな、さっき言ってた同胞ってこいつら?」

「そうだよ! ハハ……やったぞ、土地神もかなり消耗した今なら確実に倒せる!」


 怒りから勝ち誇った表情でハルトは笑った。


「皆! まずはこいつからだ! 憎き土地神へ戦う力を供給するあの従者を八つ裂きにしろ!」


 一瞬の沈黙の後、妖魔の団体がどっと笑い出した。


「ばっかじゃねーの? テメェの命令聞くわけねーだろ!」

「──な、に」

「〝獅子の妖魔〟のガキだからここまで我慢してたけどよ! 土地神を消耗させればテメェの役は終わってんだよ! そんなヤツ一人余裕だぜ? 碧海市はお前ら兄妹抜きで取ってやるよ」


 好き放題喚く妖魔たちは実ににぎやか。


「ふ、ふざけるな! まだこの街には不確定要素の黒蜥蜴もいるんだぞ!」


 今になって黒蜥蜴のネタを出すのか。


「あんなもん、てめぇの自作自演だろ! 土地神殺しはもうこの街にはいねぇんだ! 構わねえ、皆、暴れようぜ!」


 沸き立つ対面の人外どもに呆れてため息を漏らしてしまう。


「…………アホくさ」


 一人蚊帳の外だったが、ぼそりとつぶやいた一言を異形の面々が拾った。


「あぁん! 人間がなに言ってやがる!」

「やっちまおうぜ! そこの死に損ないもなァ!」


 現状擬態はボロボロ。正直、しんどい。ヒトとして頑張ったのは生まれて初めてかも。山の中では無益な殺生は禁止──と昔から漆葉家の家訓があるが……この際益はあるだろ。


 あくまで冷静に、放心している少年に声をかける。


「ハルト──お前助かりたい?」

「なにを………!」


 少年の言葉は聞くまでもない。最初から、追っている時点でハルトは連れ戻す予定だ。

 ゆっくりと、ぞろぞろと近寄ってくる妖魔の集団を前に、思考は冷静のまま。何度も繰り返し頭をよぎるのは、白神朝緋の遺言。


『きっとその手は──』

「ま、いいや。あ………これから起きることは内緒な?」


 鼻に人差し指を当て秘密のポーズを作ったのをさかいに、ほんの一瞬視界が揺らぐ。

 変身なんて大仰なものではない。吸った酸素を吐き出すように、擬態の身体が静かに霧散した。


 直後、擬態から戻った漆葉を目の当たりにしたその場の全員が凍り付く。


■■■■■■■■■■■もう本物しかいないけど


 擬態では思うようにならなかった苛立ちが解放される。

 脱力の為の叫びは周囲を戦慄させる咆哮に。


 全身は二回りほど大きくなり、黒く変色。四肢は擬態の三倍ほどの太さと大きさに。頭から爪先まで鈍く輝く鋭利な鱗に覆われ、見た者すべてに本能的な恐怖を与える。


 黒蜥蜴本物の叫びに身体の萎縮した面子は、言葉を発することもできず現れた〝化物〟に萎縮することしか許されない。


 その後は漆葉にとって、味気ない昔の行動をなぞっていただけだった。突如現れた黒蜥蜴に、妖魔の集団は為す術もなく蹂躙され、その残骸は無惨に散っていく。

 抵抗も許されず、命乞いをする暇すらない。無謀にも挑む者は一分の手加減もなく純粋な膂力で粉々に砕かれる。


 決して戦いとは呼べない一方的な処理を、ハルトは呆然と目の当たりにしているしかなかった。


「や、やめっ────」


 ハルトを罵倒し扇動していた妖魔だけが残っていたが、軽く右手で叩くとバラバラに砕けてしまった。


(……疲れた)


 身体的、ではなく精神的に……である。山で悪事を働こうとする同胞を屠ったことは数え切れないが、今までは思考することはなかった。

 一度深呼吸を交え、擬態ヒトに変わる。先刻とは逆に、黒蜥蜴の身体が霧散し人間の身体になった。


「終わったな………ふぁ〜ぁ、だる」


 周りに散らばる残骸はまぁ後回しにするとして、尻餅をついて放心しているハルトに声をかける。


「おーい、まだ生きてるか?」

「あ! ………ああ」


 色々言いたげな顔だったが全て飲み込んで簡単な返事だけ返ってきた。漆葉としても聞きたいことはあったが、黙ってハルトに肩を貸した。


「どうして…………助けた」


 納得させるこたえは言えないかもしれない。


「土地神だからな、俺が」


 真横で唖然とする少年は、一人目まぐるしく表情を変え、何かを察したように元に戻る。


「まったく、こんなヤツにオレ達は……」


 さらっと失礼な態度を取るハルトはいつもの少年の様になっていた。


「それで? オレ達兄妹の仇で、土地神殺しの……土地神様である妖魔の黒蜥蜴さんはこれからどうするつもりなんだ?」


 呆られた末に皮肉を投げられる。 せっかくおつかいに王手をかけたが、無駄にやることが増えてしまった。


「あー……まぁ、保留で」


 締まらない返事に、二人してため息。

 ま、何とかなるだろ。


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