1-3(5)桜花一閃



 思考よりも先に、体が咄嗟に動く。地面を蹴り飛ばし一直線に少女の元へ駆け、突き飛ばす。防御の暇もなく、強化外装の小手をつけた左手だけ構えた。 

 瞬間、小手に鈍く凄烈な衝撃。皮膚から骨へ重い一撃が響く。装備していた小手は粉々に砕けた。


「驚いた……よく耐えたな」


 ハルトは俺が攻撃を受けたことへ、わずかに驚いただけだった。


「──着けて正解だった」


 左手はだらしなく重力に引かれた。痛みは感じないが、おそらく骨まで粉砕されている。


「その頑丈さも従者の力か、面倒だな」

「は、ハルトさん……どうして」


 信頼を置く存在の異様な姿を見て、動きの固まった白神から右手で刀を奪い取り、ハルトへ斬りかかる。が、ハルトは難なく後退した。刀にはわずかに桜色の光が残っていたので、残り全ての力を砕けた左腕に注ぎ治癒した。


『残量ゼロ。再充填は現在できません』


 対抗手段が消えた。その目の前で、ハルトともう一体の黒蜥蜴が並ぶ。


「いつから気づいていた?」

「違和感は黒蜥蜴と会った時からずっとあった……遭遇するたびに微妙に違ってたしな……で、ハルトが妖魔ってことはその隣にいるのは────」


 照らした妖魔のシルエットが崩れ、見慣れた銀髪の少女が姿を見せる。


「そんな……二人とも……」


 事実を目の前に、白神は呆然としていた。周囲の職員にも戦慄が走る。


「全く、今の今まで気づかないなんて……人間って本当にバカね」

「バレたところで支障はない。お前ら土地神を抑えて碧海市をる! ──オレたちの………父親の〝獅子の妖魔〟を奪った白神朝緋と黒蜥蜴──この街に復讐を果たすために!」


 都合よく蘇った記憶が現在いまに繋がる。黒蜥蜴に化けていたのも俺に汚名を着せるためか!


「そんな────ハルトさん!」


 詰め寄って問いただそうとした白神に、サナが一歩で距離を縮める。


「よそ見してる場合?」


 間髪入れず黒蜥蜴の姿をしたサナが白神に追撃する。


「どうして……二人とも妖魔だったなんて……!」


 戸惑いの中で猛攻に防戦一方の白神。そして腕のイカれた俺と、暴れるハルト相手に奮戦する隊員達。現状非常にまずい。

 一部奮起した職員が、白神のサポートに入る。援護射撃で来栖兄妹と距離を作った。

 隣にいる過呼吸気味の少女に目を配る。


(──戻るべきか?)


 脳裏を過ぎる妖魔の自分。劣勢の打破には十分だが、背後で裏切りにあった少女のことを思うと憚られた。ここで俺まで妖魔でした、なんて悲劇でもくどすぎる展開。


(今戻ったら──あいつの傍には誰もいなくなるしなぁ)


 そうなったら、白神はどうなる? 妖魔を殺すだけの機械になるのか? いや、もうなってるのか。

 そんな奴を放って、土地神と言えるのか?


「……アホくさ」


 なに真面目に人間“らしい”考えをしているのか。

 答えはシンプル、至って簡単だった。


「めんどくさい、擬態このままで倒す!」


 ありったけの力を折れた腕に注ぎ元に戻す。両手で頬を叩き気合いもついでに注入。応戦途中の職員を一人捕まえる。


「一分でいい。今から腑抜けた土地神に活入れるから時間を稼いでくれ!」

「りょ、了解!」


 そういえば、白神達ばっかりで職員とあまり話してなかったなぁ。その辺もこれから頑張らなきゃな、これから。


 ────なんて、一瞬ぼやきつつ。跪く少女を揺さぶった。


「おい白神、立て」

「で、でも──!」

「二人は妖魔だ。事実は変わらないぞ」


 少女の強化外装を解除させ、跪く白神を引っ張って無理やり立ち上がらせる。


「土地神を名乗るならやることは決まってるはずだろ」


 まったくもって面倒ごとを引き受けてしまったものだ。なにが悲しくて自分を狙う人間を鼓舞せにゃならんのだ。


「お前のやるべきことはなんだ、白神!」

「わ、……私は……!」


 あの日、白神を朝緋に頼まれた。そしてあの死に際の笑顔の理由を探していた。こいつなら、白神夕緋といればその理由もわかる……かもしれない。今俺がやるべきことは、白神と────夕緋と共に戦うことだ。


「立て、白神夕緋!」

「漆葉さん────」

「心を鎮めろ。奴らを見据えろ! お前が今やるべきことはなんだ!」

「二人を──ハルトさんとサナさんを止めます!」


 少女を無理矢理奮い立たせ、再び剣を握らせる。過酷だろうと俺はこいつを戦禍に放り込む。あの日の答えを知るために。


「いいか夕緋! できるだけサナの方を引きつけて時間を稼いでくれ! 先にハルトを仕留める──それまで耐えろ! 無駄な鎧をなくした分、なんとかなるだろ!」

「は、はい!」


 兜を捨て、外装の余計な部位を脱ぎ捨て身軽になった夕緋は青色の両刃剣を構えサナに向かっていった。


「馬鹿が! サナは既に土地神の太刀筋は見切っている!」


 暗闇で響く斬撃は地面を抉る鈍い音のみ。白神の太刀筋を嘲笑しながらサナは舞う。


「土地神様は妹にかかりきりなようだし、先にお前達から片付けるか」


 漆黒の巨躯が幾人かの職員に立ちはだかる。


「見た目が変わるだけで口調も変わるもんだなぁ………どっちが本当のハルトなんだよ」

「黙れッ!」


 ハルトが突進する。銃撃を再開するがハルトの表皮にはかすり傷一つつけられない。


「潰れろ!」


 剛腕が振り下ろされ地面が抉れる。飛び散った土と石が職員を襲う。


「このやろっ!」


 わずかに桜色の残る刀を振り上げ、ハルトに斬りかかる──が刃は掠ることなく避けられる。


「無駄だ! お前の太刀筋なんて目を閉じていてもわかる!」


 振り下ろした刀に重心が偏る。その隙をハルトに突かれ、掌底をまともにくらう。


「んぐっ!」


 生身で受ける衝撃に筋肉と骨が悲鳴をあげる。そのまま後方まで吹っ飛ばされて地面を擦った。その間動ける職員が銃撃で弾を散らしハルトに距離を取らせる。


(どうする? 完全に手詰まりだぞ)


 このまま弾切れになればあとはハルトに嬲られるだけだ。見栄を張ったものの、策はない。職員にんげん達の余力も無限ではない。


(こいつに力を込められれば………!)


 前に一度だけ起こした、桜色の光による斬撃──あれさえできれば。

 柄を握る右手に力が入る。いつものような体の中心から刀へ力が流れず、ただ握力を浪費する。


(やっぱりダメか……!)


 項垂れる前に、父親の言葉を思い出す。


『あの刀は生命の源泉と言ってもいい。この街は貢献して始めて機能を使える。ただし、土地からの還元を受けられない場合は――文字通り己の命を捧げなければ刀は応えてくれない。ま、境君にとっては土地神が消耗してくれた方が好都合かもネ』


 どこが好都合なのか。


「おいポンコツ! 返事しなくてもいいからよく聞け!」


 銃撃が飛び交う中、刀に叫ぶ。


「アホくせぇけど俺の命をくれてやる! だから──力を貸しやがれ!」


 妖魔が人間を守るために命を張るなんて馬鹿げてる。


 でもとりあえず、白神夕緋に助けてもらった分くらいは──生命いのちを使ってもいい。妖魔とか、人間とか今そんなことはどうでもいい。


『承知しました。臨時供給状態に移行、任意の生命力を充填してください』


 無機質な声は機能変更を静かに伝えた。


「百パーセント、フル充填だ! 急げ!」


 身体中に巡る生命力が両腕から刀へ迸る。全身に脱力感が襲うが、同時に握っていた刀身の切っ先まで桜色の光が灯る。


『寿命の1%を変換。充填完了です』


 今までと違うのは発光が強く煌々とした脅威を周囲に見せつけていた。


(一回で寿命の1%か………)


 黒蜥蜴と会うまでに、白神ゆうひは、朝緋は一体何度命を捧げたのか。


「刀にいくら細工をしても無駄だァッ!」


 刀の変化に脅威を感じ、ハルトが真正面から向かってくる。そのまま得物を振っても結果は同じ。


 ────刀に生命力がなければ、だが


 全速力で襲いかかるハルトの動きが、それを側面から牽制する銃弾が全て、世界が緩慢に映る。


(来たッ──!)


 白神に無理やり引き出された土地神の力が再来する。

 両手で刀を強く握りしめ、切っ先を天に向けて掲げる。この姿・擬態で生き残る為に、白神夕緋を救う為に構える。


「──────────!」


 絶叫と共に桜色の刃を地面に叩きつける。衝撃と同時に、刀から閃光が放出。地を這う斬撃は、避ける間も与えずハルトを両断した。


「アッあぁぁ────」


 浄化。比喩ではなく文字通り、妖魔の姿を溶かし滅す。悲鳴を上げ、ハルトの外見はボロボロのヒトの姿に戻った。

 一瞬の一部始終を目の当たりにした面々だが、白神だけは双眸で対峙するサナを捉えていた。

 間髪入れず、刀に呼びかける。


「ナマクラ! 充填ッ!」


 銀色に戻っていた刀に再び桜色を灯す。


『重ねて寿命の1%を変換────』


 システム音声の言葉を無視して、少女の名を叫ぶ。



「しらがみぃぃぃぃ────!」



 ハッと、こちらを一瞥した白神めがけ、土地神の力を込めた刀を投げる。闇夜に一閃が駆け抜け、少女の右手に収まった。


「なっ! そんなっ!」


 燦然と桜花に染まった得物にサナは硬直する。その隙を白神は逃さなかった。


「サナさん────終わりです!」


 残る力を振り絞り、少女が妖魔に袈裟斬りを浴びせる。刃の軌跡をなぞるように、光が傷を抉る。


「う、ぐ、ぁぁあ────」


 至近距離で土地神の力を受けたサナの姿は強制的に人の姿へ戻った。虚げな目で地面に膝をつき、倒れた。

 一分とない瞬く間の出来事に、漆葉自身も呆然としていた。


「……終わったな」


 戦いの終結を確信すると、身体の末端からすぅっと力が抜けた。脱力感で眩暈を起こしたが持ち堪えてハルトに歩み寄る。


「く……クソ、こんなはずじゃ……」

「…………」


 いろいろ聞き出したいことはあったが虫の息の少年に詰問できるほど非情になれない。それもこれも朝緋のせいである。


「はぁ……めんど」


 妖魔相手にできるかわからないが、とりあえず土地神の力を使おうとした直後、前方からサナが突進してきた。


「うおっ!」


 血塗れでサナは暴れ回る。狂気に満ちた姿に、他の職員は退く。


「兄さん逃げて! うぁああああ────」


 哀れ。必死な抵抗を見せているものの、時間の問題だった。白神さえも目の前の状況に呆然としていた。何やってんだ土地神様は。


「ボケッとするな! サナを拘束しろ!」


 一喝。我に帰った白神を筆頭に、多勢でサナを押さえつけた。


「離せ! 離せぇッ!」


 若手エースの一人の末路がこんなのとはな……痛みで叫んでいるのか、人間への憎悪で喚いているのかは謎だが、正直──こんな奴らに振り回されたと思うとアホらしくなってきた。


「ったく、最後くらい潔く────」


 潔くしておけ。そうぼやこうとした視線の先、サナの兄、ハルトは満身創痍でふらふらと脇の獣道へ走り出していた。


「ハルト!」


 地面をみやると赤黒い液体が一本道筋を辿らせた。


「兄さん生きて! 生きて人間を──!」


 怒声を吐くだけ吐いて、サナは気を失った。


「さ、サナさん!」


 大勢での拘束を解き、白神がサナを抱き上げた。その顔に、妖魔を憎んでいる時の表情はない。少女はそっと、サナの首筋に指を当てた。


「………まだ脈がある! 漆葉さん!」


 変に期待した目で見て欲しくないんだが。


「マジでもうガス欠だ、力は使えねぇよ」

「──そんな」


 近づいてサナの傷を見ると、出血が不自然な状態で止まっていた。土地神の力が影響しているのか?


「血は止まってるみたいだし、早く下山したほうがいいだろ。サナには色々聞かなきゃいけないこともあるだろうしな」


 全員が納得するかは置いておいて、通信も繋がり状況を支部に説明すると、退却命令が下りた。


『ともかくサナさんは一連の事件に関与していることは確かね。応急処置だけして急いで戻ってきて頂戴』


 白神含め、妖魔との戦闘に慣れていた他の職員たちもボロボロ。ハルトの深追いは断念せざるを得なかった。が、


「白神、後は頼む」

「漆葉さん? どこに行くんですか!」

「いやぁ、あの傷じゃハルト死ぬかもしれねぇだろ? 連れ戻してくるよ──めんどいけど」


 それは建前。


「危険です、ここは妖魔の棲む無法地帯なんですよ! 漆葉さんだってボロボロじゃないですか!」


 その無法地帯が庭なんだが………たしかに単独行動は怪しいか。


「大丈夫だって。俺は土地神──の従者なんだから。それに、ハルトとサナはお前の大事な友達なんだろ?」


 理由はどうあれ、このまま野放しにするのは良くない。まだ戦闘後だから良いが、白神の心へのダメージも計り知れない。



 あれ? 白神の心配してるな。



 心配そうな顔でこちらを見つめる少女に、作り笑いを見せる。


「────絶対戻るから。先帰っとけって」


 内心はアホくさ、とボヤいた。やっと当初の目的を達成できるのだ。ここは何としてでもハルトを追う。


「わかりました! 必ず戻ってきてください────」


 サナの応急処置が終わり、白神が俺に刀を戻したが突っ返してやった。


「いらねぇよ……つーか、お前が帰るときに襲われたらどーすんだ」

「丸腰で大丈夫なわけないでしょう! 漆葉さん頭でも打ったんですか!」


 ついさっきのセンチなシーンが吹き飛ぶようなツッコミに思わずよろける。


「土地神の力が使えれば大丈夫だ。ほんのちょっとは残してあるから心配すんな」

「ぜ、絶対無事に帰ってきてくださいね! 絶対ですよ!」

「────はいはい」


 部隊を二つに分け、白神・サナを含む職員は下山を開始。もう一方の俺だけの部隊は、ハルトの逃走したルートの追跡を開始した。





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