1-3(3)出撃準備



「漆葉さん! はやく準備を! すぐに行きますよ!!」


 会議が終わると、白神は俺を引っ張って施設奥へ向かっていた。


「待て待て待て、少しは落ち着け」

「冷静でいられるわけないじゃないですか! だってハルトさんとサナさんが──」

「お・ち・つ・け!」


 掴んでいた手を振り解き、両手で白神の頭をくしゃくしゃに乱した。


「わ! 何するんですか!」


 めちゃくちゃに荒らされた髪を整えるため、白神が引いた。


「……ちょっとは効いたみたいだな」

「あ……はい」

「考えてみろ、今まで自分から襲ってきてた奴が急に来いなんて言ったんだ。着く前に人質に手をかけるほど馬鹿じゃないだろうよ……ん?」


 白神を諭すために言ったものの、何か引っかかる。


「どうしたんですか?」

「………何で俺じゃなくてハルトを攫ったんだろうな」


 確かに膂力こそ底上げできるが、妖魔には従者と認識されているはずだ。それに電車での一件で少なからず因縁は続いているはず。不意打ちもできた上で、なぜ俺を狙わなかったのか。


「それは、単純にハルトさんが漆葉さんより狙いやすかったからじゃ?」

「でも、俺がここに来るまでは黒蜥蜴の対処はお前とあの二人が主だってやってたんだろ?」

「えぇまぁ……ただ、私の方だけに戦力が集中すると偏りすぎるので部隊を二つ分けてサナさんかハルトさんのどちらかが私の従者になってました」


 結局白神が片方にいるのは戦力に大きな偏りがあるのでは? と突っ込みたかったが地方で人員不足だから仕方ないか。


「それならハルトが結構戦えることは織り込み済みだろ。あの妖魔と俺が遭遇した時真正面からやり合ってもまともに戦えたのは最初だけだからな」


 黒蜥蜴と何度も交戦しているが、脅威と思わせたのは土地神の力が発現した時だけである。それ以外で役に立った試しがない。


「確かにそうですけど、従者っていう先入観があったから敢えて避けた可能性もありますよ?」


 ごもっともな返しだったが、根本的なことが違う。


「そもそも、俺が妖魔なら周りにいた民間人を攫っていくけどな」


 ギョッとした表情で白神が固まっていた………まぁ俺は本体に戻ってもワザワザそんなことはしないんだが。


「例えだよ例え! 相手の立場でものを考えるってのはよくあるだろ」

「よ──妖魔の立場なんて知りません! あいつらは人間の敵なんですよ!」


 頑固な子供である。


「ともかく、襲いやすい一般市民じゃなくて環境省支部の人間を狙ったってことは何か意味があるはずだっつーことだ」


 白神に注意だけ伝えて歩き始めたが、少女は立ち止まったままだった。


「妖魔にそんな考えはないですよ…………」


 振り返って少女を見やると、その双眸は怒りに満ちていた。


「前に言いましたよね……姉は、白神朝緋は妖魔に命を奪われたって。お姉ちゃんの代わりに決まった時誓ったんです。妖魔には一切の情は持たないって!」


 怒声を抑えながら、少女は続ける。


「この街から、私からお姉ちゃんを奪った妖魔は絶対に許せない。その黒蜥蜴が、今度は大切な仲間を殺そうとしています。もう二度と、私は誰も失いたくないんです!」


 ………発言自体はとても重い。ただ、年端もいかない少女にこんな責任を負わせる状況に若干食傷気味になっていた。踵を返して、再び白神の頭を両手で包む。


「……漆葉さん?」


 そのまま両手で白神の髪をまたわしゃわしゃと荒らした。


「もう! なんなんですか! 落ち着いてますよ! 私は──」

「あんまり気負うなよ、土地神様」


 刀を奪って出て行くまで、こいつにはしっかり生き抜いてもらわないと困る。


「土地神様が目の前にいるだろ? 頼りにしてくれよな」


 何の根拠もないが、自分の胸を自信満々に叩いて見せた。


「いやぁ……まだ頼るのはちょっと」


 ドラマなら喜んだり、何かポジティブなリアクションがあって然るべきと言うのに、白神は冷ややかに退く。


「というより、漆葉さんこそ気をつけてくださいね! 電車の時みたいにいなくなったら困るんですから!」

「は、はい……」


 勇気づけるどころか逆に嗜められてしまった。


「行きますよ、漆葉さん!」


 結局白神に引っ張られるのは変わりなく。……とりあえず、顔から焦りは無くなったようだしいいか。


(………あれ? 何でホッとしてるんだ?)


 また違和感が重なる。


 その直後、白神に連れられて来たのは部屋の中心に例の鞘に納められた刀が保管されていた一室だった。照明が点くと、白神がいつも纏っている強化外装も置かれていた。


「差し詰め、土地神の武器庫か」

「漆葉さんは刀に力を充填していてください。私も今から準備します」


 そう言うと、白神は部屋の奥の扉を開けて行ってしまった。


「………」


 なんともまぁ、不用心である。白神が殺したいほど憎んでいる(勘違いだが)存在は、今こうして刀を手に取っているというのに。


『おはようございます土地神様。どのようなご用件でしょうか?』

「うぉ」


 不意打ちよろしく、女の音声が話しかけてくる。というより朝緋の声だと今更気付く。


「あー前と同じで力の充填を」

『了解。両手で柄をお持ちください』


 言われた通りに刀を両手で掴む。一瞬わずかに鞘から光が漏れ、元に戻った。


『充填終了。全容量の四十パーセントを充填しました』

「え………少な」


 試しに鞘から引き抜くと、桜色の光は刀の上身半分も覆っていない。切っ先に至っては鈍い銀色のまま。不恰好そのもの。


「おいおい、充填量間違ってないか?」

『土地神様ご自身の奉仕量が不足しています』


 思えば……街中はパトロールする職員がゴミ拾いをしていたからほとんど綺麗になっていたんだ。まさか俺がやったことになっていないとは。本体でも頑張っていたのに…………


「で、でも! ゴミ拾い以外にも妖魔を倒したりしたぞ!」


 刀に抗議するのも滑稽ではあるが、こんな無様な状態はまずい。


『申し訳ございませんが、妖魔討伐は土地貢献に含まれません』

「えっ?」


 これは意外。人間に仇なす妖魔を討つことが土地神の生業と聞いていたのに、どう言うことだ?


「困るよーそこを何とか」

『……………』


 無言。


「おい、なまくら! 肝心なところでダンマリか!」


 ブンブンと振り回してみるものの、用件を終えた刀は黙りこくってしまった。


「漆葉さん、さっきからどうしたんですか?」


 奥の扉が少しだけ開き、白神が顔を覗かせる。腰から下は既に武装していたが、上半身は真っ黒なインナーを胸に抱えているだけで無防備だった。


「あー気にするな、こっちの話。………つーか、ちゃんと着てから来いよ」


 刀を振りながら白神の上半身を顎で示す。


「あっ! し、失礼しました!」


 なんとも緊張感のない。さっきまでの威勢は何だったのか。


「………ま、なんとかなるだろ」


 刀への抗議は諦め、納刀する。無駄遣いしなきゃ一回分の戦いには間に合うだろう。

 それから数分、白神が武装を整えて奥から戻ってきた。


「お待たせしました!」


 少女は見慣れた青い鎧、もとい強化外装を全身に纏った姿でガッツポーズを取る。


「いつも思ってたんだが、重くないのかそれ」

「全然! 元々がとても軽い素材ですし、最新の技術で筋力補助も機能しているんです!」

「前線に出すんなら、むしろ俺に提供してくれよ…………」

「すみません、予算が決まっていて私の分までしか作れなかったんです」


 気まずそうに白神はかゆくもないであろう頬をかいた。


「じゃあ、あの壁にかけてあるのは?」


 武器庫(仮)の壁には白神が装備している外装パーツが置かれている。色は様々だが、籠手、胴、兜、脛あてなどなどある。


「あれは試作品ですね。開発段階で一定の水準に達しなかったので資料としてだけ置いてあるんです」

「どうせ使わないなら俺が使ってもいいよな!」

「あ、漆葉さん!」


 壁に安置されていた左の籠手パーツをもぎ取りはめようとする、が入らない。


「あらら?」


 他のパーツもつけてみるが、そもそも入らない。


「当たり前ですよ。漆葉さんじゃ小さすぎますから」


 なにやってんだと言わんばかりに白神は目を細めた。


「どうせ入らないんですから、さ! 行きますよ!」


 襟元を引っ張られそうになるが、負けじと振り払い粘る。


「あーちょっと待った! あとこれだけ!」


 無造作に散らかした上で、壁に残っていた真っ白な籠手をとり、左手に通す。若干窮屈ではあったが、装着に成功する。


「お! できた!」


 右手で籠手をノックしてみると、コンコンと高い音が返ってきた。うん、硬い。


「準備万端ですね、早く行きましょう!」


 戦闘態勢が整ったところで、部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る