1-3(2)妖魔強襲



 翌日、支部では黒蜥蜴への本格的な対策会議が開かれることになった。


「召集をしたのは言うまでもなくこの妖魔の対策です」


 白神を筆頭に実戦部隊の人間達が一部屋に集まっていた。壇上には榊女史。


「前回新たな従者となった漆葉君への襲撃もそうでしたが、妖魔の狙いは土地神が本命です。かなり短いスパンでの出現になっているため、次に備えて改めて情報の確認を行います」


 どうせ白神以外はたいして役に立たないんだろうなぁと思いつつ、スクリーンに現れた映像を眺める。


「ここ最近は他妖魔の発生が少ない代わりに黒蜥蜴の通報が激増しています」


 暴れる黒蜥蜴、ゴミを食う黒蜥蜴、駅前で人を襲う黒蜥蜴、ドブの清掃を行う黒蜥蜴、電車の上で白神と対峙する黒蜥蜴……

 電車の戦いが記録されている割に俺の姿が映っていない。もちろん妖魔の俺だ。隣に座っていた白神を小突く。


「電車の上で新手の妖魔が出たって聞いたけど、映ってないぞ」

「駅のカメラには映ったんですが、走行中は流石になかったようです………」

「どんな奴だった?」


 どの口で言ってるんだとも思うが、この会議で『黒蜥蜴は複数いる』と報告が上がっていない以上、白神は戦闘の内容をすべて伝えていない可能性がある。電車の事件から何も進展がないのが疑念を増す。


「人型ではありましたが、熊のような見た目の妖魔でした」


 嘘だ。と、即答してやりたかったが憚られた。


「そこの二人、会議中です。静かに」


 壇上の榊女史に窘められ、気の抜けた返事で白神との会話を打ち切った。隣に座る少女の横顔は、どこか曇っていた。






 結局、出現に警戒することに加え、市内パトロールの強化の徹底というありきたりな対策で会議は終了した。大丈夫かよ。

 土地神の従者扱いになって講義諸々は免除になったので午後からどうしようかと思案していると後ろから呼ばれる。


「おい、漆葉」

「ん? あぁハルトか」


 相変わらず呼び捨てであるが気にしない。


「この後時間は空いてるか?」


 周囲には白神も来栖サナもいない。白神は強化外装の点検だったな……正直面倒だが暇つぶしにはなるだろう。

 四人でいることはよくあるが、珍しく二人でパトロールに出ることにした。支部内でも、街でも知られているためか、ハルトが通ると道ゆく人の視線が集まる。


「相変わらず人気者だねぇ」

「の、望んでこうなったわけじゃないぞ!」


 よくわからんがハルトは照れていた。


「お前が入職して二ヶ月弱、土地神様の従者は慣れたのか?」

「なんだよ気色悪い。お父さんか」

「ちっ、違う! 誰がお父さんだ!」


 道端に転がる潰れた空き缶を拾いながらハルトをからかう。


「どうしたよ、俺が従者になることは反対してたじゃねぇか」

「……最初はな。でも、今は違う」


 急な掌返しに黙る。


「理由はどうあれ、土地神様の手助けはしてくれているわけだし……お前が従者でもいいかなって思い始めたんだ」


 一体どの目線からの感想かは知らんがなんとなく失礼ということはわかる。


「アホくさ……んな事言うためにパトロール付き合わせたのかよ」

「そ、そうじゃない! ただ、嫌々来た割には土地神への献身的なサポートをしていたから評価を改めただけだ!」


 そりゃあ……立場が逆だからなぁ。


「それに、土地神様の表情も最近柔らかくなった」


 陽光を仰ぎつつ、ハルトは続ける。


「妖魔を殺す事だけに生きてきたあの人が、ようやく人らしさを持ってくれたんだ。僕もサナも嬉しいんだ」

「あっそ……そりゃ良かったな」


 こっちはその土地神様(偽)のせいで散々な目に遭っているというのに。迷惑でしかない。


「僕ら兄妹としては、無理に妖魔を殺す必要はないと思っているんだ。それも、僕よりも年下の子にやらせるなんてね」


 そっけない返事をしたから会話が終わるかと思いきや、少年は遠い眼差しで続ける。


「妖魔の中にも、人間との共存を理解してくれる存在が必ずいると思うんだ。だから──」

「……マジで言ってんのか?」


 真偽のほどは定かではないが、ハルトは澄んだ瞳で語っていた。

 幻想を心に抱く者がこんなにおめでたく見えるのは俺が妖魔だからなのか? それとも単にひねくれているだけなのか?

 妖魔をひたすら処分しているのだから、もう少し淡々としていてほしいものだ。


「アホらし。人類の脅威がこっちの事情なんぞ理解するわけないだろ。さっさとゴミまとめろよな」


 一瞬寂しげな表情を浮かべ、ハルトはまたいつもの面構えに戻った。


「やっぱりお前もそうか………」


 ぼそっと呟いていたが、あえて聞き流しておいた。

 と、妙な間を裂くように耳につけていた通信機が鳴る。


『各員戦闘準備。市内に黒蜥蜴が出現した! 場所は碧海駅──!』


 通信の内容は最後まで聞かなくてもわかった。

 突如として現れた妖魔・黒蜥蜴はハルトの頭を掴んで地面に叩きつけていた。


「ぐぁっ!」

「ハルト!」


 得物はないが咄嗟に構える。呼応する様に妖魔はハルトの頭を掴んだまま持ち上げる。


「おまっ……」

「また会ったな、人間ッ!」

「しつこい奴だな、白神はここにいねぇぞ!」


 ハルトを盾にされている上、徒手空拳では現状突っ込むのは危険だ。


「どうした? 従者風情は丸腰だと土地神を待つことしかできないのか?」

「う、反論できない」


 威嚇用の銃と警棒はあるが、そもそもハルトが捕まっていては何もできない。


「そうだろうな! 人間は土地神がいなければ何もできない、脆弱なモノだ!」

「う、漆葉ッ! 僕のことはいい、やれ!」


 捕らえられたまま、ハルトは声を絞り出す。


「チッ!」


 危険と判断した素手で特攻する。


「やはり無力だなァッ!」


 妖魔は素早く俺の攻撃を回避し、後退した。敵は高らかに人質を掲げる。


「手ぬるい方法はやめだ。こいつの命を助けたければ夜明けまでに山に来ることだな! ハッハッハハハ」

「漆葉、絶対に来るな──ぐぁっ!」


 当然止まることもなく、妖魔・偽黒蜥蜴はハルトを掴んだまま翠山の方へ一気に逃走した。


「………何で山に」


 偽物の行動に、奇妙な違和感を覚えたが思考を切り替える。ゴミをまとめ、支部へ向かった。







 支部へ戻ると作戦会議室で白神が暗い表情で出迎えた。何か堪えるようで、悲しみと怒りの混じった顔だ。


「私がいれば………!」

「どのみちハルトを盾にされてたんだ、どうしようもねぇよ」


 慰めにもならない言葉に、白神は項垂れた。


「そういえばサナの方はどうした?」


 支部に戻ったきり、サナの方を見かけていない。たいていは白神のお供にどっちかは張り付いていたもんだが……


「大変よ! サナさんが一人で山へ向かったわ!」


 息を切らして榊女史が扉を開けた。開口一番のことに室内が騒然とする。


「そんな、どうして!」

「私も止めたわよ! ……でも、静止を振り切って駆けて行ったの」


 勝てないと分かっていてわざわざ命を捨てに行くのも不思議なものだ、とは妖魔の観点。


「本部に応援を要請しましたが、『現状の人員のみで対処せよ』と通達がありました」


 その場にいた一同がざわつく。


「よって、今から緊急作戦会議を開きます……目的は〝人質となった来栖ハルトの救出と妹の来栖サナの捜索、そして──黒蜥蜴の撃破〟です!」


 こうして、ハルトの拉致から間もなく本格的な黒蜥蜴討伐の段取りが組まれることになった。


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