1-2(5)車上激戦!
それからは街に繰り出し、パトロールを始めた。
白神と二人だけで清掃活動をしていただけだが、道端のゴミはそこそこ減った気がするし、既に擬態から強制的に戻ることもなかった。が、まだ油断はできない。土地神の全貌を把握していないのだ。それに、
「あ、見てください漆葉さん! あんなところにペットボトルが!」
俺が見つけるよりも前に白神がゴミを拾い上げる。そう。この白神が俺の偽物討伐に利用できる以上、擬態でいなければならない。刀に土地神の力を籠めるだけで大学卒業もできるかもしれないおいしい話をみすみす手放してたまるか。
「でも………毎日やっているわりに必ずありますね」
「人間が増えれば起きることだろ」
碧海市を出て、県外で生活をしていた時にもよくあったことだ。
(………アホくさ)
達観したような考えを止める。土地神やらされたことで思考が毒された気がする。正直、碧海市がどうなろうと関係ない。
「ま……土地神様が頑張ればいいんじゃないか?」
他人事のようにうそぶくと後ろから声を掛けられる。
「従者のくせにずいぶん上から目線じゃないか」
ふと、振り返るとゴミ袋を携えた来栖ハルトが眉をひそめて立っていた。
「神様が頑張ってないから妖魔に好き放題されるし街も汚れるんだろ?」
俺にとっては自虐なのだが、どうやらこの少年には煽りに聞こえたらしい。ハルトは額に青筋を立てながら俺の肩を掴んだ。
「あまり土地神様に迷惑をかけるなよ? お前を鍛えるために自分の時間を犠牲にされているんだからな」
笑いながらキレてる人間を見るのは初めてだが面白い。もういっちょ煽ってやろうかと思ったが、白神が間に入った。
「は、ハルトさんストップ!」
少女が諫めたことで、少年はクールダウンして頭を下げた。
「それで、ハルトさんはどうしてここに?」
「あ、いや………最近二人がゴミ拾いをしていると噂になっていたもので………確かに従者が傍にいるのが一番ですが、これくらいなら手伝えると思って」
一々噛みつかずにそれを先に言えばいいものを………人間というのは嫉妬心で面倒ごとを起こすのが好きらしい。
「どうせやるなら、パトロールする全員でやった方がいいじゃないですか! ぜひ手伝わせてください!」
熱弁するハルトに、白神が押される。
「そ、そうですね! みんなでやった方が早くできますし、ね? 漆葉さん」
「俺に振るなよ………」
よくわからん力に振り回されなければとりあえずどうでもいい。
ハルトがゴミ拾い用のトングを俺に向ける。
「おい! 土地神様に向かってなんだその態度は!」
「土地神様、あいつとんでもない不敬者ですなぁ………」
言葉とは裏腹に白神の後ろに回り、両肩に手を置いて小さくなる。真実を知っているのは白神だけな為、少女はあたふたと慌てていた。
「ちょ、ちょっと漆葉さん!」
「こ、こいつ!」
白神を盾にする。ハルトはぐぬぬ、と怒りを抑えた。
「チッ…………何でこんなやつが従者なんだ………」
ハルトが納得いかない表情でこちらを睨んでいたが、白神が仕切り直した。
「ま、まぁまぁ………ハルトさんの言う事は確かですし、余裕のある方にも手伝ってもらいましょう!」
土地神様の一声でパトロール+ゴミ拾いとなった。まぁ主にハルト主導だが。『土地神』の意思だと支部に伝えると、難なく通ってしまった。恐るべし土地神……
ハルトのグループと合流した形で清掃が始まった。白神の人望もあってか、俺が適当にサボっていてもハルトは何も言わなかった。
街に戻ってきたときにも使った『碧海市駅』でゴミの収集。駅前のロータリーに街中のゴミが多く集められた。
「へぇ……結構集まったなぁ」
「よかったですね、漆葉さん!」
これで土地に貢献したといえるなら、少しは力が使えるのだろうか。生返事で白神に対応していると、またしてもあの少年が割って入る。
「お前なぁ、土地神様が喜んでるんだからもっと素直に──」
「あーはいはい街がきれいになってボクうれしいです」
適当にあしらいハルトの怒りを白神がなだめる。と、そこで今日目にしていない人物にようやく気付く。
「そういや、来栖妹の方がいないな」
「あ、そういえばここにも来てないですね」
むっとした表情を抑え、ハルトが白神に返す。
「サナは今日別グループに分かれているので、多分支部に戻らないと会うことはないですね」
小うるさいのは
「さぁ、ゴミもある程度集まりましたし、あとは市に任せましょう」
市にもすでに連携をとってあり、あとはゴミをまとめてまたパトロールに戻るだけ。今日も襲撃はなく平和に終わる。そのはずである。
「あれ…………おかしいな」
ハルトが耳元の通信機を取り外して何やらいじっていた。
「どうしたんですか?」
「それが、サナにこっちの状況を説明しようとしたんですが………繋がらないんです」
「一緒にいる他の奴は?」
「それももうやってるよ」
相変わらず俺には素っ気ない返事である。白神もうーんと唸る。
「変ですね………何かあったのかも」
思案する二人を他所に、他の隊員とゴミをまとめて雑談しているとノイズが耳元に走った。うめき声のような、小さなこえが混じっている。よく耳を澄ますと、少女の声がかすかに聞こえる。
『ぅ………だれ、か………』
「サナ、サナか!」
慌てるハルト。周囲の隊員に動揺が走る。
『妖魔……街に………』
そこでプツンと無線が切れた。
「サナ? サナ! サナ! おい!」
「ハルトさん、とにかく落ち着いて──」
白神がハルトをなだめていると、悲鳴で一転。悲鳴の聞こえた方角へ視線を向けた瞬間、黒い巨影が顔の横を掠めるとともに会話をしていた隊員達が吹っ飛ばされる。
「うおぉっ!」
小さな衝撃に思わず尻餅。見上げるとそこには見慣れた黒蜥蜴が見下ろしていた。
「お、お前!」
「外したか………運が良かったな、だが」
鋭利な爪を構えた妖魔はすでに詰みと言わんばかりに牙を剥き出しにして笑った。わざと外してから追い込んだのかは知らないが、かなり危ない状況。
「終わりだ──」
顔面に爪が迫る。1秒もない世界が引き延ばされ、緩慢になる。いまだコントロールできない危機が迫ったときにのみ起きる現象に、ただ右手を前に突き出した。
掌は抉られることなく妖魔の爪を受け止める。そのまま右手を振り上げ、妖魔の腕ごと上へ放る。
(攻撃が重くない……?)
河川敷での戦いでもそうだが、一撃が軽い。
「従者風情が!」
追撃を仕掛ける妖魔に対して身体を転がして避ける。
「うぉ──白神ィッ!」
思い切り叫ぶ。回転する視界の端から、日本刀を構えた少女が飛び込んできた。
「はい! はぁっ──」
妖魔は斬撃を受ける前に身を翻し、攻撃は空を切った。やはり動きが身軽すぎる。
「鈍いな。腕が落ちたんじゃないか、土地神?」
「なっ!」
妖魔の挑発に、白神はたやすく顔を赤くした。
「この……妖魔ごときが!」
「ハハハハハ」
高笑いと共に、妖魔が俺の襟元を掴む。そのまま引っ張られる。白神も追いかけてくるが、妖魔はいつでも盾にできるように俺を引きずる。
「おぉぉぉっ!」
「くそ! 止まれ妖魔!」
ハルトが腰から拳銃を引き抜き発砲したが、妖魔は難なく突進して振り払った。
「うわっ!」
俺の事を構わず発砲したものの、ハルトはむなしくアスファルトに倒された。
他の隊員も俺が引きずられているためか攻撃をためらっていた。そんな間に碧海駅構内へ引きずり回される。
「ぐぁっ! この!」
反撃を試みるも地面に叩かれて妨害される。そして、駅ホームに着き、発車される直前の電車に放り込まれた。乗客の驚く声が聞こえるが、投げ飛ばされた痛みでそれどころではない。
「ぐあぁっ! いてて────うおっ!」
雑に扱われ、間髪いれずに妖魔の爪が襲い掛かる。ギリギリで身を右に逸らしてかわす。
「土地神さえいなければ貴様など!」
妖魔の攻撃に身構える。しかし、今度は世界が遅くならない。
(え、マジで)
頑張ったゴミ拾い効果もさっきので終わり? らしい。南無三、と脳内を単語が過る前に一人電車に飛び込んできた。
「漆葉さんから離れろ!」
乗車と同時に妖魔に刺突を繰り出すが、妖魔は飛びのいて回避した。
「土地神様はよほどこいつがお気に入りらしい」
まずい、こんな狭いと白神が全力を出せないぞ。それは困る。電車が出る前にさっさと下りて駅で戦えば──
『ドアが閉まります』
無情にも電車のドアが閉まる。投げ込まれたのはどうやら先頭車両のようだったが、運転席には誰もいない。そうだ、碧海市の電車は無人電車の実験だったか。車掌のいない電車は次の駅に向けて発車した。
「はあぁっ!」
ガタ、と一瞬の揺れと同時に白神が仕掛ける。桜色の刀が妖魔を襲うが当たらない。
「漆葉さん! 足止めをしておくので乗客を一番後ろの車両へ避難を!」
言葉を吐き捨て、白神は連続で刺突を繰り出し妖魔を狙う。しかし一撃たりとも目標には当たらない。
「お、おう!」
妖魔と生身の少女の戦いを見ていて電車に乗っていた乗客が唖然としていたが、俺は叫ぶ。
「全員後ろへ逃げろ!」
半ばパニック状態で、乗り合わせた乗客たちは我先にと後部車両へ走り始めた。
「走れ走れ!」
平日なのが幸いした。ほとんど若い客しかおらず、心配はなさそうだ。背後を振り返ると、白神と妖魔が肉薄していた。
「遅い、遅いぞ! こんなものか土地神!」
白神の斬撃をすべて回避し、妖魔は白神に蹴りで反撃する。刀で防ぐ間もなく、妖魔の一蹴は白神の腹部を直撃した。
「ぐ……ッ」
強化外装のない白神はそのまま俺のいる後ろまで飛ばされる。揺れる電車の中、白神を受け止めると、少女は腹を片手で抑えながら刀を構えなおした。
「だ、大丈夫か?」
「まだいけます!」
俺たちの目先、そこに佇む黒い妖魔は歯を見せ笑った。
「健気だな………刀だけでどこまでやれるか見せてもらおうか」
言葉とは裏腹に、妖魔は乗り込んできた電車の扉を無理やりこじ開け、上へ登った。
「まずい──漆葉さん、狙いは乗客です! 私は上から奴を追います。漆葉さんは乗客を後部に集めたら車上に上がってください! そこで挟み撃ちです!」
「む、無茶言うな! 避難まではやるが、俺は戦力になんて────」
「いいからやる!」
年下の一喝に体がビクついた。
「りょ、了解しました!」
俺は急いでパニックの乗客達を追った。4両編成の車両の中間にはすでに人はおらず、全員一番後ろの車両に集まっていた。追ってきた俺を見るなり、何人かが詰め寄る。
「おい! 何で妖魔が電車に乗り込んでるんだ!」
「あなた支部の人間でしょ! 土地神様と一緒に戦いなさいよ!」
「おれ達は一体どうなるんだ? さっさと電車を止めろ!」
一気に苦情や無茶を言われるが、耳を両手で塞いだ。
(あ~アホくさ……こんな奴らの為にこの数週間扱かれてたのか)
今すぐにでもこの場を放って出ていくのは容易だが、それはそれで後が困るのでできない。仕方なくまぁまぁとなだめる。
「現在その土地神様が上で対応中。皆さんの安全を最優先してますので、座ってて!」
とは言うものの、訝し気な目線が俺に集まる。
「あーはいはい! ワタシも応援に行きますので、皆さん動かないでくださいね!」
投げやりに大声を出すと、不満気ながらも乗客は黙って一番奥の座席に座り始めた。その間に車上を登る手段を探し始める。
(電車って上に行けなくね?)
もちろん梯子などはない。しかたなく車内の窓を開け、身を乗り出す。低速ながらも風に煽られる。擬態の筋力で耐えつつ、上を目指す。疾走する電車に苦戦しつつ、そのままよじ登った。遮る物のない車上では風が振り落とそうと必死に吹き荒れていた。
「くぉお、なんで俺がこんな目に」
息を切らしつつ車上を確認する。他の地域でよく見かけるパンタグラフはなく、車上は殺風景だった。いつの間にか立ち位置は白神が後部車両側に立ち、妖魔は3両目で立ち止まっていた。登ってきた俺に白神が気付き、大きく声を張る。
「乗客は誘導しましたか!」
「お前がやれって言ったからな、全員押し込んだよ! 」
こちらも負けじと声を張る。その間、妖魔は何も動かずこちらを見据えていた。
(しかしこいつ……なぁんで俺をマネしてるんだ?)
それに、前会った時より筋力が弱い気がする。反対に前よりかなり俊敏。
「私は戦闘に集中するので、支部へ通信を頼みます!」
白神は妖魔めがけて距離を詰めた。
「はいはい………」
右耳の通信機のボタンを押し、起動する。
『漆葉君? 一体どうなっているの! 現在の状況を説明して!』
白神が切り込む。黒蜥蜴(偽)は正中線上の斬撃に対して、右足を軸に身体を逸らして避けた。
「自分と白神を含めた隊員と共にゴミ拾い中に黒蜥蜴の襲撃があり白神が応戦中です。乗客は列車後部に避難させてます」
『わかりました。できる限り白神さんのサポートをするように!』
「りょーかいです!」
武器はないし、土地神の力の出し方もわからず更に元の姿に戻ることもできない今できるのは本部との中継のみだ。元の姿に戻れば刀を奪う絶好のチャンスといえばあながち間違いではないが。
「現在碧海北に向かって走行中。早めの応援をお願いします」
開発に便乗して新たに作られたこの鉄道は環状型になっている路線である。碧海市ならどこかしらから応援もはやくよこせるはず。でないとむしろ困る。
『わかったわ。急ぎ周辺及び本部の人間を出撃させます。今回は人命が最優先です、いいわね?』
了解と返事をして黙る。あとは応援が来るまで距離を取るだけだ。と、そんな呑気な気分いた時、電車が川の上の橋に差し掛かった瞬間だった。
「ふん、威勢がいいだけで隙だらけだ!」
白神の連撃をすべてかわした妖魔が白神を再び蹴り上げた。
「く、こいつ──!」
白神は痛みに耐えつつ反撃するが、逆に妖魔から追撃を受けて体勢を崩した。
「落ちろ!」
妖魔が左腕を上げる。片膝をついたまま白神が無防備だった。妖魔はその刹那を見逃さない。奴の左腕が振り下ろされる。
「シラガミっ!」
どうしてそんな行動をしたのか、後になってもわからなかった。
流れすぎる風景が、もう一度スローになる。両足で電車を踏みつけ、前に向かって跳躍する。咄嗟に前に出て白神の腕を掴み、後ろへ放り投げた。
「きゃぁっ」
空き缶でも放ったように白神は後部車両に飛んだ。そこまでは良かった。
本来白神に直撃するはずだった妖魔の左腕が、俺の腹部に直撃。
「なっ」
妖魔の左腕はそのまま空へ向かい、俺の体を上空へ飛ばす。擬態では耐えられない力に抵抗するまもなく、青空に向かって吹き飛ばされた。
「うぉわぁっ!」
一瞬中を浮いたかと思えば、妖魔がサッカーボールよろしく、そのまま俺を虚空に向かって蹴り飛ばし、下の川まで一直線。
「漆葉さん!」
電車との距離が垂直に離れるなか、白神の無事は確認できた。
何とかあの偽物を倒してくれ、などと思案しつつ、頭から川へ突っ込んだ。
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