1-2(4)白神の脳筋特訓計画
妖魔との遭遇からすぐ、俺と白神は早朝支部長室に呼び出され榊は深刻な表情で座っていた。
「まさか早々に餌──身代わりに引っかかるとは」
「なっ、漆葉さんを……妖魔をおびき寄せるための餌にしたんですか!」
白神が一歩前に出て、榊の座す机を叩きつける。その姿が珍しかったのか、榊が目を丸くしていた。せめてそこは囮くらいに濁してほしかったなぁ。
「漆葉君の件は謝罪します…………でもね、現在碧海市を脅かしている妖魔には早急な対応を要求されています。市だけではなく、開発で誘致した企業からも安全面への疑問が追及されていますから」
「え………でも………!」
榊が立ち上がり、俺たちに背を向け窓の外を眺める。
「特に──先日黒蜥蜴が電車を使って逃亡した件……あれで鉄道会社への苦情が殺到して…………それが巡り巡って妖魔対策を主に行っている環境省へ来た。せっかく電車の無人化実験を行っているのに、妖魔に邪魔された……ってね」
あぁ……ゴミ拾いで俺が妖魔に戻った時か。何とも思っていなかったが、街には悪影響だったのか………危害は加えてないんだから大目に見てくれよ。
「近年は碧海市での妖魔出現率は他県の同等の市と比較しても顕著です。………人員も十分とはいえない。戦闘でまともに使える優秀なのはほんの十数人…………来栖兄妹を筆頭に白神さんと連携して健闘しているものの、被害は確実に出ています。碧海市発展の為に様々な企業を誘致していてこの有様では人が離れていくわ」
「………………………」
興奮していた白神がいつのまにか押し黙った。
「事態は多くの組織を巻き込んでいます。正直、あの妖魔がわざわざ新米従者の漆葉君を標的にしたのは不幸中の幸いです。白神さん、漆葉君を妖魔から守り、対象の撃破を命じます」
「は、はい!」
榊の言葉に白神は背筋を伸ばして応えた。なんだか言われるだけ言われて言いくるめられた気がする。が、切り替えが早いのか白神は後ろを振り返り満面の笑みでガッツポーズを取った。
それからの日々は擬態生活にとっては地獄の日々だった。
「ほらほら、しっかり刀を振って!」
講義や基礎訓練をすっ飛ばして白神相手にシゴかれ、
「さぁ市内のパトロールです! それと、コレですよね!」
意気揚々と強化装甲の姿で街に繰り出すかと思えば、少女は何の疑問もなくゴミ拾いに付き合う。おかげで土地神の力とやらは順調に溜まっているような、ないような。という日々を続けて二週間と少し。
「これで力が使えるのかねぇ?」
『ドゥ』にて小休憩を挟んでいる最中、ふと呟く。環境省の仕事をしつつ白神にボコボコにされ、半信半疑でボランティア紛いの行動をする。意味を求めると白神曰く、
『恐らく、多分絶対強くなってますよ、きっと!』
これでもかというほど保険をかけて少女は親指を立てて笑った。その白神は目の前で極甘シュークリームを1個食べて撃沈していた。
「さ、さとうが、う……」
「なんだよ……こんなにうまいのに」
テーブルに積まれているシュークリームを丸ごと口に放り込む。今日もわずかな味覚が反応していることを確認する。
「土地神様は体が資本。糖分でも摂って休まないといざって時にガス欠になるぞ」
あくまで白神に言い聞かせるように糖分補給を続ける。と言いつつ俺だけ食べ続ける。うつろな目でスイーツを見つめていたが、気持ちを切り替えたのか、両手で菓子を掴んで頬張りコーヒーで一気に流し込んだ。
「補給完了! 見回りして、終わったら支部で特訓しますよ漆葉さん!」
すぽっと店内で兜を被り、白神は俺の腕を引っ張る。
「ちょちょ、ちょっとまだ休憩──」
「四の五の言わない! 妖魔はいつ来るかわかりませんよ!」
極甘スイーツすら打ち破られ、白神の脳筋特訓計画に付き合う羽目となった。
◇ ◇ ◇
あくる日、装備を整えてパトロールに出向こうとすると、支部の門にはセーラー服姿の白神が刀と耳に通信機を付けて突っ立っていた。俺を見つけると手を振って走り寄ってきた。
「緊急整備?」
「はい……私が使っている三つの強化外装すべてに異常があったようで………この前の戦いでの損傷も完璧には直っていなかったらしくて、今日だけ普通の恰好でパトロールになります」
ん? これは割とチャンスなのでは? 相手はただの女子高生。身体強化用の装備もほぼなし。………やれということなのか?
「それはわかるけど………職員用の制服に着替えないのか?」
ひとまず刀のことは置いておいて少女の服装に突っ込む。すると白神は気まずそうに頬を掻く。
「そのぉ………武装してなければどんな服を着ていても大して変わらないので」
何故か白神は気恥ずかしそうにしていた。なおさらセーラー服はまずいのではないのか。とも思ったが何も言い返さなかった。
「まぁいいや………刀貸してくれ」
「は、はい!」
おもむろに最終目標を少女に要求する。今の俺は疑われることはない。なぜなら………
「ふぅ………注入注入」
命の危険にのみ反応していたが、ここ最近白神の鍛錬でその生命の危機に追い詰められていたのである程度土地神の力を利用できるようになった。妖魔に戻らないように擬態で致命傷を受けないように立ち回るのは擬態人生で一番苦労したかもしれない。
と、なつかしき稽古の日々を思い出しながら鞘から刀を引き抜き両手で刀を握る。両目を閉じて、足の裏から
「ほら、とりあえず今日はこんなもんだ」
抜身と鞘をそれぞれ白神に返す。とりあえず分かったのは土地に少しでも貢献することを行えば土地神の力が溜まる。手っ取り早いのがゴミ拾いだったようだ。あとは刀にその力を入れるだけなのだが、俺の身体を仲介して充填するコツを掴むまでに手間取った。
「さすが土地神様、ありがとうございます!」
半分だけ桜色に染まった刀を見つめて白神ははしゃいでいた。手に握るものが物騒な得物でなければ年相応の少女に見えるのだが。
「行きましょう、漆葉さん!」
「あーはいはい! とりあえず刀をしまえ!」
抜刀したまま張り切る白神に引っ張られる。
段々この女に引っ張りまわされることにも慣れ始めていた。
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