1-2(3)土地神のお仕事




 翌日、支部に出向くとすぐ入ったこともない会議室に呼び出された。そこには白神や来栖、その他対妖魔の専門チームが着席していた。


「お………はようございます」


 扉を開けるなり一番前に白神が座っていた。両隣の来栖兄妹が睨んできたがとりあえず無視。


「お、おぉ。おはよう」


 白神は昨日の一件で気まずいのだろうが、こっちは体ごと切り裂かれて慄いているのだ。


「これで全員ね。漆葉くんはあそこに座って………さて、揃ったことだし作戦会議を始めます」


 言われるがまま、空いていた一番後ろの座席に掛ける。榊は一度咳払いし、部屋の照明を落とした。


「例の妖魔──黒蜥蜴ですが、知っての通り再び動きを見せています」


 薄暗い部屋の中から榊女史の声と共に、前方の壁がスクリーンとなり妖魔の映像が写る。


「前々回、我々が遭遇した際にある程度ダメージを与えたはずですが今回の対象は無傷で現れました」


 様々な角度からゴミを拾う俺が映る。とても重要な会議なんだろうが、笑いがこみ上げる。


「人員、装備の拡充も急を要しますが、効果的なのはやはり土地神の力に変わりはありません」


 俺の両腕をぶった斬る瞬間が流れる。その場にいなかったやつなのか、何人かが感嘆を漏らす。


「しかし、なんども説明していますが土地神も体は人間。一人では限界があります」


 だからこうして環境省の人間が協力して戦っているわけで。


「その土地神に、本来従者というサポート役がいることは講義で説明しましたね」


 ……前置きに不穏な空気を感じる。


「今月に入省した人物の中にその従者がいたことが判明しました」


 スクリーンに気怠そうな表情な自分が登場した。


「今回の戦闘は白神さんの部隊に彼、漆葉境を加えての作戦となります」


 室内がざわつく。中空を眺めて他人との視線を逸らす。


「待ってください! やっぱり納得できません!」


 来栖妹・サナが立ち上がり静寂な空気に戻す。


「人員不足でたまたま呼び集めた、バイトみたいなまともに戦闘も行えないあんな奴が従者だなんて信じられません!」


 国から先に選出された自分達が特別であるという自覚はあるらしい。もっとも、選ばれた『人間』でも、従者には力不足らしいが。


「オレも同感ですね………正直、土地神様はずっと戦いっぱなしで疲労のピークだった。あいつを従者と判断したのは、勘違いだと思います」

「そうそう。勘違いけっこうケッコー」


 ボソッと呟くと、白神が振り向いた。今にも泣きそうな表情だったが無視。


「これは、本部からの命令です。本当に従者たりえるかを訓練で見出すよりも実戦で確認せよ…………とね」


 いささかスパルタを超えている気はするが、白神が脳筋なことを踏まえれば納得できなくはない。恐らく何か吹き込んだだろう。


「というわけで、白神さんを中心とした編成を見直すことになりました────」


 その後も退屈な内容に変わりなく、白神と一緒に戦えるようにすること、入省時の約束は変わらないが前線に出ることが加えられてしまった。

 どの道、刀を無事回収できればおさらばだ。なんとかなるだろ、とタカを括っていたがそう甘くはなかった。



 ◇ ◇ ◇



「さぁ、張り切って行きますよ漆葉さん!」


 全身蒼海のごときカラーリングをした強化装甲を纏った白神が視界の先で元気よく手を振っていた。腰には右に抜身の青白い剣と左に鞘に収められた例の刀が差してある。


 会議が終わり、午後。とりあえずは今まで通り、何人かのグループに分かれて碧海市内のパトロールに出ることになった。何人かと説明した割に、俺は白神と二人で組まされる羽目になった。白神は何をはしゃいでいるのかいつにも増して元気である。喜怒哀楽の落差が激しすぎて少し心配になる。


「ふぁ〜ぁ、アホらし………昨日の今日で出てくるわけないだろ」


 妖魔も馬鹿ではない。しばらくは様子を見るだろうな。


「いつ出ても大丈夫なように! こうして見回ってるんじゃないですか!」


 そう言いながら道ゆく人に声援を送られ、手を振って返していた。


「しかしなぁ」


 従者である俺は実践投入を踏まえて白神とバディを組んでの作戦参加となった。その実、本来の立場は逆であり、俺が土地神で従者が白神………加えて土地神の俺は人間ではなく妖魔だ。かなり面倒な相関である。まぁ、ろうと思えばできなくはないが、なんとなく刀を取り上げるのはまだだと思う。それに、擬態から急に元の姿に戻る事象の謎を解かないとヒトの生活は難しくなる。結局は土地神の仕組みを紐解くことが現状打破。一番の近道なのだ。こいつは最大限利用しよう。


「それに……上からの命令ならやるしかないんじゃないですか?」


 装甲姿に興奮した子供たちの応対を済ませ、こちらを一瞥する。


「留年、ナシにするんですよね?」


 そう。土地神の謎を明かしても環境省の臨時職員としての仕事をせねば擬態といしての地位は最悪だ。


「嫌ですよ? 土地神様が留年してるなんて」


 口調は丁寧だが、目線と態度は冷たい。


「あ、あぁ……ガンバリマス」


 生気の抜けた声で返すと、少女はにっこりと笑って、


「さぁ、しゃんとして!」


 猫背気味になっている背中を手甲で叩かれた。普通に痛い。


「うっ! まったく……おぉ……………お?」


 気合を入れられてすぐ、視界に道端のごみが目に映る。何かプラスチックの破片だろうか。咄嗟に視線を逸らしたが、異様な吐き気と共に、歩が止まる。


「漆葉さん?」


 まずい。この場でいなくなったら確実に怪しまれるし元に戻っても完全武装のコイツは面倒だ。だが吐き気はこみ上げる。


「っぷ! …………だ、大丈夫だ………うっ」


 とは言いつつも、かなりやばい。もう喉元くらいまで来てる。


「し、白神………アレを拾ってくれ」

「え………はい」


 白神がひょい、と拾い上げると全身の感覚が戻る。クソみたいな機能だな。


「ふぃ………落ち着いた」

「どうしたんですか漆葉さん?」


 無骨な兜と目が合う。吐き気も相まって視線を逸らす。道の先に目をやると、今まで気付きもしなかったゴミが目に付く。


「ま、まぁあれだ。土地神たる者、街はキレイでないとダメなんだ」


 待てよ? 従者が土地神に仕える存在だっていうなら、白神こいつをうまく使えばいいじゃない。冴えたアイデアだ。


「そうなんですか?」

「そうなんです! ホラホラ、ボランティアだと思って!」


 事情を呑み込めない白神の背中を押して進む。とりあえず押し通すしかない。道中でゴミ袋を入手し、口を広げて白神の拾うゴミを回収する。これが土地神としての役目を果たしているのかは定かではないが、とりあえずこれを行えば擬態の姿で身体が軽い。


「いやぁ、さっすが土地神様! 御自ら街の清掃に携わるなんて素敵!」


 市内を数キロ見回り、袋の中身が半分ほど満たされたところで一度公園に立ち寄った。今の俺にはゴミ袋の中身が輝いて見える。


「大袈裟ですよ……漆葉さん」


 水道で顔を洗っていた白神が両手を振って謙遜した。


「でも、市内の清掃が本当に土地神と関係しているんですか?」


 鎧のどこに収納していたのか、タオルを取り出して白神は顔を拭いた。


「まぁな。実際やらないと調子悪いし」


 下手を打つとお前に正体がバレるからな。


「先代の時はこんなことしてなかったような…………」


 白神がぼそっと呟く。確認でもあり、疑問でもあるような問いかけだった。


「そりゃあ………この街も人が増えたからな、やることが増えたんだよ」


 街の開発。それに伴って汚染も増えたとは両親から聞いている。先代──がまだいた時には開発自体そんなに進んでいなかったから土地神自らが土地へ奉仕をする、ということはあまりしなかったのだろう。


「土地神の使命は妖魔の討伐・殲滅です! それ以外は二の次ですよ!」

「どうしたんだよ………急に」


 突然詰め寄ってきた白神。急なテンションの変容にやや引く。


「あ……すみません。でも、土地神は代々妖魔と戦う宿命にありますから………」


 冷静さを取り戻してたのか、静かな声だった。


「宿命ねぇ………?」


 傍にその宿命の相手がいること、そしてその土地神様が妖魔と知ったら、この女はどんな反応をするのだろうか。と、意味のない思考を巡らせていると子供の声。


「あー! とちがみさまだ!」

「とちがみさまー!」


 ふと、公園の入り口に目線を移すと数人の子供が白神を指さしていた。白神はファンサービスと言わんばかりに右手を大きく振る。ずいぶん街に馴染んでいるようだった。


「………白神はさ、土地神でもないのになんで土地神のフリしてるんだよ。似たような力も使えるみたいだし、土地神みたいなもんだろ」

「え? えーっと………どこから話せばいいでしょうか」


 小休止を終え、白神が兜を被り直した。


「元々、土地神の力は代々白神家が継承していたんです」

「あぁ……そうなの」


 場所を移動し、人通りの少ない川沿いを歩きながら小さなゴミでも拾っていく。


「先代──私の姉、白神しらがみあさが土地神を務めていましたが、〝ある妖魔〟にその命を奪われました」


 ゴミを拾う腰を落とした姿勢のまま、体がぴくっと止まる。シラガミアサヒ………シラガミ、アサヒ。アサヒ。なんだか聞き覚えのあるようなないような名前。


「力の継承は、親から子へ……碧海市では白神家が一族の中で引き継いで次代へ力を繋げていました」


 話を聞きながら川へ視線を向けるとゴミがぷかぷかと浮かんでいた。特に何も体に起きていないが、夜にでも掃除しておくか。


「姉は、姉の力は妖魔に負けた時に無理矢理奪われたんです。………それに加え、その妖魔は姉の遺体を白神家に放り投げに来た! ……ここまで愚弄され、白神家は失墜しかけました…………その妖魔こそ今なお碧海市を脅かしている黒蜥蜴です」

「え?」


 いつの間にか凶悪な妖魔に仕立て上げられていることに思わず声が出た。人間と戦うこと自体していないはずなんだが……何か勘違いされてる?


「あ、すみません……奪われたっていうのは語弊がありましたね。正確に言うと、黒蜥蜴に敗北した後、姉の体からは土地神の力が消失したらしいので………」

「あーそういうこと………で、結局何で白神が土地神みたいな力が使えるんだよ」


 話が黒蜥蜴オレにそれたのでもう一度振り出しに戻した。


「土地神の力こそ姉が継承しましたが、何かあった時の代わりも代々用意されているんです。その中でも対妖魔との戦闘能力が秀でていた私が土地神の代わりとして選ばれました。もちろん、私一人の力だけじゃなくて環境省から支給されているこの強化外装や武装があってこそ、なんですけどね」

「ふぅーん………そりゃ難儀な話だな」


 本来だったら姉が死んだ時点で白神こいつが力を引き継ぐはずが、どうやら俺が持ってしまった。生身ではなく武装を必要としているのを見ると、装備なしなら大したことないだろうな。


 適当に刀奪取の計画を練ろうとしていると、白神は説明を続ける。


「だから………余計に不思議なんですよ」

「というと?」


 持っていたゴミ袋がいっぱいになり、口を結んだ。意外と集まったものだ。


「漆葉さんに土地神の力が宿っている理由です。どうして力があるのか!」

「へぁ?」


 不意の質問にゴミ袋を落としてしまった。


「わ、ワケなんてどうだっていいじゃないか」

「そんなこと言われたらますます気になるじゃないですか」


 詰問と共に物理的にも迫られる。兜越しに感じるまっすぐな眼差しに、思わず目を逸らす。


「あ! なんで目を逸らすんですか!」


 白神がさらに問い詰める。


「近いんだよ、距離が!」


 あーだこーだと尋問を避けていると子供の悲鳴が耳に届いた。川の反対側に先刻会った子供たちが偽物の黒蜥蜴と対峙していた。


「あの子供たち……!」


 きっと土地神を追いかけてこっそりついてきていたのだろう。遠目から見ていたせいで災難だな。助けるにしても、向こう岸まではかなり距離が────


「はああぁぁぁぁぁぁぁあ────」


 突風のように目の前を駆け、白神は地面を蹴り上げ跳躍した。強化装甲のサポートなのか、軸足である右足は地を抉り、ほぼ一直線に川と川の間を飛翔する。


「あ、おい!」


 白神は空中で右の剣を振り抜き、そのまま妖魔に着地前に斬りかかる。しかし偽物妖魔は体だけを逸らし、斬撃を回避した。


「みんなあっちへ逃げて!」


 白神を盾にして子供たちは前に妖魔から逃げて行った。白神は一瞬こちらを一瞥し、妖魔との戦闘を再開した。俺は応援を呼ぶために無線を繋いだ。


「こちら漆葉! パトロール中に妖魔と遭遇、現在白神が交戦。応援を頼みます」

『了解。そのまま土地神の援護に当たれ』


 無線越しの命令を聞き取り、通信を切った。第一声の独り言は、無茶言うな、だった。川越しにどうやって援護しろと。


 装備は無線と警棒。真面目に妖魔と戦わせる気があるのかといわんばかりだった。とりあえず向こう岸に渡るために橋へ向かおうと走り出す。戦闘の様子を伺いつつ急ぐ。


『漆葉さん、土地神の力で飛んできてください!』


 耳に付けていた無線から白神の切迫した声が届いた。


「無茶言うな! というか、俺が着くまでにさっさと倒してくれ!」


 恨みごとのように返してやる間に距離を稼ぐ。しかし、すぐさま白神の声が鼓膜に響いた。


『漆葉さん、危ない!』


 ズン、と地響きのような音。震源は川の向こう。ちょうど白神のいた──

 振り向いた先、視界には妖魔が俺に迫っていた。


「いっ──!」


 咄嗟に警棒を引き抜き、前に構えた。が、妖魔の拳でへし折られ吹っ飛ばされた。


「ぐぉ!」


 持っていたゴミ袋が裂け、せっかく集めたゴミが散乱した。尻もちをついている俺に、妖魔がにじり寄る。


「ただの人間ごときが、土地神と並べると思ったか?」


 喋った。人語を口にした。だが今それは問題ではない。あれだけ苦労して拾った宝をコイツは………!


「うるせぇ! やりたくもねぇボランティアまでやったのに──」

「戯言だな──失せろ!」


 今まで怒るようなことは少なかった。ただ今は、今だけは擬態ヒトとしての努力を無駄にされたことで怒りの沸点が吹っ切れた。


「馬鹿野郎ッ!」


 刹那、感情に呼応して体の内側に地面から何か力が流れ込み、飛んでくる妖魔の拳に怒りの拳骨で応える。人外の魔物と衝突したにも関わらず、擬態の身体は妖魔に力押しで勝る。


「なっ──!」

「失せるのはお前だよ!」


 右腕を振り抜き、妖魔を吹っ飛ばす。しかし、出力が安定せず体勢を崩して前のめりに倒れる。


「ぅぷ!」

「この………人間風情がぁ!」


 地面に倒れ込んだところの俺に妖魔が爪を立てた手を構えた。まずい、もう元に戻るしかない!


「やめろぉッ!」


 少女の怒気の込められた叫びが両耳を劈く。地面から見えた光景は、再びこちらに戻ってきた白神が妖魔に斬りかかっていた。妖魔は身を翻して後退していた。


「フン…………まぁいい。手駒を増やしたところで我らに対抗できるのは土地神貴様一人だ…………そこに転がるヘボなど取るに足らん」

「な! この人は──」


 白神が謎のフォローを入れようしたが、妖魔はさらに距離を取った。


「ヒトなど取るに足りないが厄介なのが増えるのは面倒だ…………馬鹿な民衆より、先にそこの勘違いした人間を血祭りにしてやろう」


 妖魔の手の爪先は俺を指していた。


「え、俺?」

「ヒトと妖魔の戦渦に飛び込んだことを後悔するんだな!」


 白神が踏み込むのを読んで、妖魔は空高く跳躍し逃亡した。白神は追跡することなく支部へ通信始めていた。そんなことより、奴が言い残した言葉………


「マジかよ…………」


 理不尽な標的の付けられ方である。それもこれも、土地神なんて力のせいだ。厄介ごとの連続に、ため息を吐くほかない。

 何より、周囲に散乱したゴミを目にして、再び吐き気を催した。


「っうぷ! ………はぁ、アホらし」


 偽物妖魔の事はさておき、地面のゴミに手を伸ばした。








 

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