1-2(2) 従者



「なにをしているの、それに夕緋まで!」


 直属の上司である榊女史の罵声が響く。なぜか白神は下の名前で呼び捨てだった。


「まったく。不用意に土地神の力を使うなんて…………」

「す、すみませんつい」

「どうしたの? なにか変ね」


 榊は俺を一瞥する。あらぬ疑いをかけられる前に弁明すべきか。


「じ、実は! この前の戦闘で気付いたのですが………」


 あ、まずい。バラされる。


「漆葉さんは、従者の資格があるようなんです!」

「従者ですって? 彼が?」


 講義で聞いたような気がする。土地神には何人か従者をつけることで戦闘時以外の護衛や世話をさせると。てっきり来栖達がそれだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「そうなんです! だから実際にどれくらいの実力なのか確かめてたらあーなっちゃいました!」


 無理が通ればとはよく言うが、強引すぎやしないだろうか?


「…………そう。それなら良しとしましょう」


 いいのかよ! と喉元で突っ込みを抑えた。榊女史はホッとした表情で俺の肩を叩く。


「留年した落伍者だと思っていたけど思わぬ発掘…………コホン、白神さんのサポートをよろしくね」

「留年?」


 きょとんとした顔で、その単語に白神が反応する。


「あーそれは気にしなくていいぞ。で榊さん、従者ならなんか仕事は変わるんですか?」


 話を逸らそうとしていると、背後の扉が勢いよく開いた。偽土地神の取り巻きである来栖兄妹だった。


「土地神様! お怪我はありませんか!」


 妹の方が白神に駆け寄ったかと思えば、兄の方が俺に掴みかかった。


「おい、言っただろ! 土地神様に何かしたらタダじゃすまさないって。道場のあれは何だぁっ!」


 説明する間もなく体を揺さぶられる。


「はーなーしーてー」

「く、来栖さん! 落ち着いてください!」


 白神が二人をなだめ、榊女史との会話を説明した。


「こいつが従者!」

「ほ、ホント………なんですか?」


 訝しげにこちらを睨む来栖兄妹。特に兄。言葉を返すでもなく、欠伸をして返答をごまかす。


「白神さんが道場で確かめたそうだから本物で間違いないわ」


 『従者』ってところも間違いだが、ややこしくなるので沈黙した。


「今まで来栖さん達に従者の代わりをお願いしていましたが、もう大丈夫です! 漆葉さんに経験を積んでもらいつつ、私のサポートに回ってもらいます!」


 白神一人だけが目を輝かせる。現状面倒なことになってるのはお前のせいなんだぞ!


「オレたちは用済みってことですか!」


 来栖兄が俺の襟元を掴んでいた手を離し、白神に詰める。


「これ以上、来栖さん達を危ない目に合わせるわけにはいきません! 力のある人が妖魔と戦うべきなんです!」


 と、白神は俺を指差す。あいつはきっと土地神だから戦えと言っているんだろう。


「こ……こんな留年して出戻ってきたクズの方が良いって言うんですか!」


 来栖妹がなじる。ずいぶんひどい言われようである。嫉妬なのか焦りなのかは知らんが、思わず本音が溢れた。


「アホらし」

「なんだと!」


 再び詰め寄ってきた来栖兄から一歩退く。


「従者だとか資格とか、やりたきゃ勝手にやってくれ。単位取るのが目的なんだから勘弁な」

「う、漆葉さん………?」


 悲しげな表情を見せる白神を他所に、扉へ向かう。


「悪いな白神」


 変なところでタイミングを逃したせいで刀の奪還が遠のいた。


「んじゃ、市内に怪しい奴がいないか見回り行ってきまーす」


 静寂とした部屋を後にし、市内へ向かった。



 ◇ ◇ ◇



 環境省支部職員の仕事は主に市内のパトロールと戦闘部隊のサポートの二つである。妖魔を見かけたら通報。戦闘部隊が戦えるよう近隣の住民の避難などだ。もっとも、現在偽の黒蜥蜴おれ以外はあまり見かけないらしいが。


「ったく、ひどい目にあったな」


 白神には殺されかけ、来栖兄妹には蔑まれと散々だ。


「………」


 誰も彼もが土地神という存在に強い憧れのようなものを抱いている。だが、現実はそんなに綺麗ではない。


「あ」


 目の前でタバコが捨てられる。鎮火できていないのか赤く光ったまま細い煙が立ち上る。普段なら何の変哲もないポイ捨てのシーンだが、体の内側から何かが湧き上がる。人間で言えば吐く寸前のような気持ち悪さ。


(やべ、なんか戻りそう)


 周囲を見渡し、人気のない狭い路地へ隠れる。呻きや叫びもなく擬態が解かれる。


(きょ……強制かよ)


 生まれて初めての経験である。そんな束の間、体が来た道を自動で引き返す。


(おいおい、このまま通りに出たら──!)


 のそのそと、日の当たる道に出てしまった。あとは簡単。悲鳴である。


(やっぱり)


 自分の姿を人目見て逃げる者もいれば、携帯で通報する者もちらほら。人間を尻目に、足元の吸殻を拾い上げる。余計な体の力は抜け、ようやく自由になった。


(こっちのカッコでゴミ拾いしろってか!)


 半ば自棄になりつつ、手当たり次第に路面の小さなゴミを拾っていく。拾わなければ動けない。なんとも面倒である。


(さっさと移動しないと──)


 集めたゴミを入れる袋もないので無造作に、口に放り込んで飲み込む。味はない。


「目標発見、これより戦闘に入ります!」


 先刻聞いていた少女の声が届く。強化外骨格とも呼ぶべき青白い鎧と兜を纏い、桜色に輝く例の刀を携えた白神が対峙する。その周りにはワラワラと環境省の戦闘部隊が沸いていた。


「退路を塞げ! 奴を囲むんだ!」

「銃撃は控えて! 土地神様の攻撃を優先して!」


 白神の後ろから来栖兄妹が現れ、現場を仕切る。さっきの取り乱した様子は引きずっていないようだ。


(面倒だな)


 強行突破を考えたが、どうにも白神の顔がチラつく。


『キミのその手はヒトを傷つける武器じゃない。ヒトを、生き物を救える手だよ』


 それに、あの女も最近妙に記憶から反芻される。


(漆葉家家訓──無用な殺生をすることなかれ………だもんなぁ)


 どんな緊急事態に陥ったとしても、それはそこに至った自分の責任……破れば両親からの容赦ないお仕置きがあるため、よほどのことがない限り家訓は守っている。


「はぁっ──!」


 刹那、こちらのことなど意に介さず白神が一歩で間合いを詰めた。


(この、こっち気も知らないで!)


 例の如く、両腕を前に交差して構える。この際腕が切られても再生できるなら何も問題はない。そんな甘い考えていると、


「せやぁっ!」


 桜色の刀身が俺の両腕もろとも胴を袈裟に切り裂いた。傷口から血の代わりに黒い煙が噴き出す。落ちた両腕は地面に落ちると同時に霧散した。


(な、なんだ! 今までの斬撃と桁違いだ)


 刀の切れ味は知っていたつもりだった。しかしこの衝撃はかつてない威力。

 思わずよろめく。しかし少女は追撃を緩めない。


(ヤバい)


 取られた──一瞬己の消滅が脳裏をよぎったが、白神の刀は俺の体に虚しくも弾かれた。刀からは輝きが失われ、鈍い銀色になっていた。


「なっ、どうして!」

(あっぶねぇー)


 完全に油断していた。さっき自分が無意識に込めていた土地神の力が切れたのだろう。なんの力もない刃など、俺には効かない。


(なんて考えてる場合じゃない!)


 急いで両腕に力を入れる。コンマ数秒で失った肘から先の部分が再生され元に戻る。


「土地神様、下がってください!」


 来栖兄の声で白神が後退する。


「全員撃てぇッ!」


 斬撃の次は銃撃が襲う。だが弾丸は体を穿つことなくかすり傷すらつけられない。


(白神が離れた今しかねぇ)


 胴の傷を押さえながら、白神とは反対方向へ飛び退く。戦闘部隊をかき分けつつ一直線に走る。チラッと振り返ると来栖兄妹を筆頭に追跡されていた。


(さっさと距離を離さないと)


 と、視線を戻すと遮断機の降りた踏切が待ち構えていた。視界の端にはタイミングよく電車が到来した。


(ラッキータダ乗り!)


 右脚を強く踏み込み、舞い上がる。ほどなく電車が眼前に現れ、車体上部に着地する。全身で風を浴びながら呆然と立ち尽くす部隊を眺めていた。



 ◇ ◇ ◇



 自宅の食卓にて、目の前の父は深くため息をついた。


「……街中で擬態解除とは………人間で言えば露出狂だよ? 境くんも都会で変わったシュミにハマったのかな?」


「いきなりだったんだよ! 気分悪くなったと思ったら元に戻ってたんだ」


 逃亡後、電車を途中で飛び降り自宅のある山へ難なく帰宅した。までは良かったがまたしても親父から詰られた。


「………ま、気をつけるんだよ」

「やんちゃは仕方ないわ。それより、刀のことはどーお?」


 柔和な表情で聞かれたくないことを問う母も母である。


「なんとかしら──土地神に近づけはしたから、あとちょっとかな………でも」


 刀の回収の他に、やることが多い。問題は優先順位だ。


黒蜥蜴おれの偽物対処が先かなぁ………邪魔だしな、あいつ」


 というより、あの刀の威力には少し脅威だった。あくまでも少し、だが。いくら攻撃が強力でも体が人間ならなんとかなるだろう。それに、俺が力を注入しなければ大丈夫だ。込め方もイマイチわからんままだし。なんにせよ、偽物をなんとかして一旦平和にならないと身動きがしにくい。


「やり方は任せるよ………回収できればいいからね」


 親父の適当な台詞でこの件については落ち着いた。










 

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