1-2(1)妖魔の土地神⁉︎



 森の中で真昼間から寝っ転がっていると、その女にはよくまどろみを邪魔されたものだ。


『やっと見つけた、今日こそ名前、聞かせてもらうからね! ………そうだ、わたしまだ名乗ってなかったね。アサヒっていうの。わかる? ア・サ・ヒ!』


 口を利かない俺に、その女はやたらとしつこく名前を教えた。理解しやすくなのか、下の名前を連呼していた。日本語はわかる。わざわざ人間と関わるつもりもなかった。


『さぁ、わたしは名前を教えたよ! あなたの名前は?』


 にっこりと笑って、彼女は俺に名前を尋ねた。

 と、そう言われたところで、妖魔の俺は口を利くことはできなかった。




 ◇ ◇ ◇



 ショッピングモールでの死闘(というべきか?)から1週間が経過していた。白神から土地神宣告を受けたが適当にその場を濁して事件の収拾を手伝っていた。幸い死者は出なかったようだが、かなりの負傷者が出たらしい。……まぁ、人間がどうなったところで関係ないのだが。

 環境省支部には妖魔の強襲を受けたために通信できず避難誘導をしていた、ということで押し通しておいた。似たような行動をした職員もいたので注意で済んだようだ。


「んん〜、今日も極端な甘さ」

「土地神様、あ、甘すぎないですか?」


 そんな俺はパティスリー『ドゥ』にて今日はショートケーキを口に運んでいた。いつもと違うのは眼前に白神夕緋がいて、同じものを食べて妙な反応を示しているくらい。


「これがいいんじゃないか。あとその土地神様はやめてほしいな。違うし」

「で、でもこの前のあれは土地神の──」

「だから、その単語を出さないで! 白神夕緋が土地神なんだから、な?」


 店内には他の客もおらず、店長は裏。『土地神は白神家の者』というのは、知れ渡っている事実。それが否定される真実はできるだけ伏せねば。俺自身の安全も危うい。


「まったく……とんだとばっちりだよ」


 ケーキを食べ終え、どす黒いコーヒーを流し込む。顔がひきつりそうなほどの苦味が襲う。


「正直驚きでした…………まさか本物が現れてくれるなんて」

「言ったろ? 本物は白神。きっとたまた──」

「そんなことありませんっ!」


 言葉をかぶせられ、コーヒーでむせる。


「な、なんなんだよ………」


 店内が再び静まる。気持ち程度に流しているジャズだけ響く。


「私は本物の力を見たことがあります! だからわかるんです、漆葉さんは本当に! 本物だって!」


 対面から身を乗り出し、制服姿の少女は目を輝かせる。


(………本物の土地神様は、腕を切り落とされたんだけどな………お前に)


 確かに白神の言葉は間違っていない。本当に、本物の妖魔という点でも。ゴミ拾いをしていた俺に、こいつが斬りかかったこともな。


(土地神ねぇ………)


 俺たち妖魔の天敵、人類の代表者。その力が俺に流れているというのはおかしな話である。先日の戦いでは身を守るために必死でどう使ったか分からん。


「おいおいなんだ? さっきからやたらと騒がしくして」


 裏で作業していた店長が現れる。


「土地神様がな、この店のケーキが甘すぎってよ」

「う、漆葉さん!」


 テーブルに残っていたシュークリームを手に取り、頬張る。強烈な甘み。


「んぬぁはっは! 白神さんとこのお嬢さんには甘さが強かったかな!」


 店長は豪快に笑い飛ばす。


「ま、いつも街を守ってくれてんだ! この前もド派手にやってたようだな。たまには糖分とらないともたないから食ってくれよな!」


 と、店長は追加で苺のタルトを二つ乗った皿をテーブルに置いた。


「これは今開発中のやつな! 味わってくれ! じゃ、おれは裏いるから」

「おぉ、これもまたうまそうな」


 と、タルトから視線を変えると、いかにも胸焼けして中空を眺める白神。


「漆葉さん、平気なんですか…………?」

「ん? いらないならもらうぞ」


 今までは甘みが強かったが、これでもかと並べられた苺の酸味が追撃してきた。


「ん〜、これもまた良し」


 白神は若干引きつった表情のまま、紅茶を飲む。別にスイーツ好き男子というわけではない。

 端的に言えば、漆葉境おれの味覚は壊れている。いや、壊れているというのも不適切かな。擬態ヒトとして生活を模倣するだけなら本来食事は必要ない。擬態の味覚は適当に設定された為に極端な味しかわからないのである。その中で甘味がマシ、というだけだ。


「それよりこれからどうするんですか?」


 せっかく甘味を味わっているのに白神が横槍を入れる。


「これからって?」

「漆葉さんが本物な以上、妖魔との戦いには必要不可欠です! 私は所詮、土地神様の眷属でしかありません。本来この刀も漆葉さんが使うべきです!」


 帯刀していた刀を取ろうとする白神を静止する。


「仮にそうだとしても! 力が自由に使えるわけじゃないんだ。白神と違ってな」


 先日、咄嗟に握った刀から放出されたのは俺自身の力ではない。実際どうやったかはよく覚えていない。


「なら、これから練習して………」

「悪いな、俺は条件付きで環境省の職員になったんだ………必要以上に危険なことをするつもりはないよ」


 それが落とした単位のためとは言えない。

 白神の分のタルトまで食べ終え、再びコーヒーで甘味を消す。苦い。


「そうだ! 土地神の権力で漆葉さんを私の従者にします! その内訓練すれば力も使えるはずです!」

「ぶっ」


 本日二度目の吹き出し。


 人間を見下すわけではないが、はっきり言える。白神は人の話を聞いてない。


(アホくさ………付き合ってられん)


 もう一度啜ったコーヒーはより苦味が増していた気がする。






「というわけで実践あるのみ! さぁどこからでも来てください!」


 『ドゥ』を出てすぐ環境省支部に半ば──というか襟を掴まれて連行された俺は、道場の真ん中で白神と対峙していた。それも白神は前に見たあの鎧を身につけて。兜だけ被らずに、俺に土地神の刀を渡した。


「どっからでもって……何か間違いがあったらやばいだろ。というか、なんで白神だけ完全防備なんだよ」


 というか重い。こんな鉄の棒振り回したら疲れる。


「土地神が本気を出したらひとたまりもないので! 力の暴発さえなければ、大丈夫です!」

「………暴発したら?」

「…………」


 白神は一瞬『何を言ってるんだろう』と言わんばかりにきょとんとした表情の後、兜を装着して、


「その時は、その時です!」


 元気いっぱいのガッツポーズだった。

 確信した。こいつは脳筋だ。話が通じない。種族とか、そう言ったものを超えてる。前にもいたな、こんなやつ。


 アホらし、と普段ぼやく言葉が脳裏に溢れる。どうやって早く切り上げようか。そんな思考を巡らせていると白神が距離を詰めてきた。


「はっ────!」


 妖魔として相対した時よりかなり遅いだが、白神の獲物が振り下ろされる。


「な!」


 咄嗟に両手で刀を持ち上げ斬撃を受け止める。突き放すように押し返す。


「お、おい! 危ないだろ!」

「私は本気ですよ」


 白神の具足で板張りの床が軋む。表情は兜で見えない。抑揚のない声だけ返される。


「土地神の力をもっているなら、その能力を存分に碧海の為に振るってもらいます。だから漆葉さん………行きますっ!」


 少女の両足は一瞬床にめり込み、一気に俺目掛けて跳躍した。


「はぁぁあっ!」


 青みがかった剣が唸り、横一線に薙ぎ払われる。俺は刀を縦にして受け止める──ものの衝撃で吹っ飛ばされる。


「うぉっ!」


 床を豪快に滑る。痛みに悶えながら立ち上がろうとしていると、眼前には既に白神が襲いかかってきていた。


「く──このっ!」


 反撃。両手に力を込め、刀を振り上げ構える。白神の突進に合わせて一気に振り下ろす。


「甘い!」


 視界から白神が消える。否、視界の端、俺の右側に回り込み、得物である剣の切っ先が迫っていた。


(ヤバい────!)


 死ぬ。もう擬態を解いて応戦する他ない。思考が行動に移る寸前に、時が止まる。

 刃先が眉間を突く刹那、世界が緩慢になり機械音が頭を過ぎる。


『土地神の危険を予測しました──充填した残量で緊急回避に移行します』


 全身に電流が駆け巡り最速で回避するように命令される。屈んだ姿勢のまま両足の裏に力が込められ、右に吹っ飛ぶ。軽やかな重心移動ではなく、そのまま道場端の壁に激突する。


「ぐぁっぶ!」


 壁にめり込み木造のそれにヒビが入った。


「っつ〜。なんなんだよもう……」


 めり込んだ壁から抜けようとすると、目の前に白い手が伸びてきた。


「使えましたね、土地神の力」

「あぁ、そういう」


 俺を追い込んで能力を引き出させたのか………発想が過激すぎる気もするが、白神なりのやり方なのだろう。


「よかった! 新たな土地神様誕生です!」


 逆上がりが初めてできた子供のようなはしゃぎようだが、はっきり言って迷惑である。


(アホらし………)


 正直土地神の力なんぞないほうがよかった。と胸中でぼやく。

 しかし力が引き出されるのが擬態でピンチの時のみとは、なんとも割に合わない。仮に元の姿で使えたとしても、現状あれで窮地に陥ることはまずない。ますますいらない。


「こんな能力がすごいのかねぇ」


 本来の自分と比べると悲しいほどに弱い。所詮擬態というところか。


「もっとやってみましょう! この調子ならすぐに使えるようになりますよ!」

「む、無茶言うな! お前本気で斬るつもりだっただろ! 誰がやるか!」


 危うく妖魔に戻ろうか迷ってしまった。


「そ、そんなぁ」


 潤んだ瞳で少女は訴えかける。


「無理なもんは無……り……? あら?」


 右手に握っていた例の刀に異変が起きていた。白銀の刀身は桜色の輝きを放つ。白神と対峙していた時はもっと鈍い銀色の光だった気がするが。


「なんだこれ」

「………それは本来の、土地神の力が込められた刀の状態です。それがあれば、あの黒蜥蜴にも負けません!」

「へぇ〜どれどれ」


 試しに一振り。切っ先から刀身と同じ桜色の光が迸り、板張りの床から向かいの壁を伝い、天井まで切り裂いた。


「「……………」」


 やっちまった。と沈黙しながら白神に目を配らせると、無邪気な子供のような眼差しでこちらを見ていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る