1-1(4) 甘味と思案
二週間ほど経過し、訓練続きだったがようやく休みをもらえたので、市内の散策をしていた。少し居ないうちに変化を遂げつつある街を眺めていると、建設中の建物がちらほら。
住む人間が多くなる以上、仕方のないことなのだが以前雑木林になっていたところもバッサリとなくなっていた。
「………」
とは言うものの、特別悲しさがあるわけではない。だって妖魔だもの、実家は山の中だし。
「………アホくさ」
時代とともに土地の様相が変化する。そんなことで感傷に浸っていても意味がないのに、人間にはわからないのだろうか。など、ちょっと上から目線でものを考えていたがそれもやめた。
ようやく目的の場所につき、建物の入り口で立ち止まる。レンガ調の壁の上にはなんの飾り気もない木目の白い看板。そこには『doux《ドゥ》』とだけ記されていた。
「おー潰れてなかったんだな、ここ」
街の中で変化のないものを見つけて思わず笑みが浮かぶ。自然と建物の中に入る。
「いらっしゃ………お、もしかして漆葉か?」
「相変わらず、すげぇ甘い匂い」
店内はバターのような匂いで満たされていた。出迎えたのはスキンヘッドの大柄な男、店長である。
「久しぶりだなぁ! 今は大学生だったか?」
「ま、まぁそんなとこ」
擬態生活の中でゆったりできた場所、それが『ドゥ』なのだ。街を離れてからはしばらく来ていなかったが、なんだか安心した。
「こんな時期に帰省なんて珍しいな」
「い、いやぁ」
この店長、人間ではあるが中々に良い存在である。昔もいろんな客の相談に乗っていた。俺はとりあえず帰ってきたあらましを説明した。もちろん、妖魔であることは伏せて。
「へぇ、お前もあの環境省の支部にねぇ」
「お前も? よくあることなのか?」
「先代の土地神様がいなくなって、この街にも妖魔がよく出るようになってなぁ。優秀な人間のスカウトだけじゃ人員の補填が間に合わないってんで、条件次第で学生や職にあぶれた奴も雇ってるらしいぞ。大半は碧海市出身らしい」
後者が俺か。国の組織だというのに、妖魔も入れてしまうとは随分ザルな人選だ。
「ま、中には学生でも超優秀な奴が入ることもあるがな」
「超優秀?」
「あれ、見たことないか? 兄と妹の兄妹………来栖とか言ったかな。土地神様のお供、従者とか言ったかな? それをしてる二人だよ。二人とも高校生らしいが入職する前に妖魔を倒した実績があるんだと」
あぁ、白神のそばにいた偉そうな二人か。環境省に入る前に妖魔を倒しているのは少し引っかかるが、あの速い妹と腕力のある兄貴ならできなくはないか。にしても人間離れしていたな、あの二人。白神はもっとすごいのだろうか。
「碧海市じゃ、ちょっとした有名人だ。ま、お前も頑張れよ」
とまぁ近況報告が終わる。ここにきたのは世間話が目的ではない。
「おーそうだ。今日は何にする?」
目下のショーケースにはケーキなどスイーツが陳列されている。特にこだわりはないが、ひと目見て視線が止まる。
「んじゃ、このケーキを」
真っ白な土台に真っ赤な苺の載ったシンプルなケーキ。今も昔も変わらない。
「あるだけ全部」
「あいよ!」
客がいたら注視されそうな場面だが誰もいないため、俺と店長にとってはいつもの会話だった。皿に取り分けられたケーキを持って店内のテーブルに着き、一つ目を口へ放り込んだ。
「ん~変わらずいつもどおり」
ザ・砂糖とでも言わんばかりに甘味が主張した。どこをかじっても甘味120%。母親の手料理にはなんの味も得られなかったが、『ドゥ』のケーキにはヒトらしい味覚を感じることができる。不思議なことだが、妖魔だから、と言っておけば良い。
「ふぅ〜」
30分もかからず、買ったケーキを平らげてしまった。妖魔に血糖値など無関係だ。
「久々に売っといてなんだが、こんなドカ食いしてたら早死にするぞ」
店長が久々の光景に茶化す。
「むしろこの店の物を食べてるから生きてられるね」
擬態としては、だが。
「うちの商品をこんだけ食べたのはお前とあの子だけだったなぁ」
「あの子?」
真っ黒なコーヒーを飲もうとしていると、ふと気になる言葉が出た。
「先代の土地神様だよ。あ、お前は会ったことなかったか。漆葉が街を出る前だから、六〜七年くらい前か」
そういえば、よく山に入り浸っていた女ならいたな。
「毎日めちゃくちゃな量食べてたけど太る気配すらなかったなぁ………そうだ、その子の妹が今の土地神様だよ」
「世の中狭いもんだなぁ………この店にそんな有名人来てたんだな」
「まぁな……でも、今の土地神様は来てないがな」
「へぇ」
心の底からどうでもいい、と思いつつ相槌を打つ。無抵抗の妖魔を躊躇いなくぶった斬るのは流石に引いた。妖魔よりよっぽど恐ろしい。
「ともかく戻ってきたんならゆっくりしていけよ!」
ゆっくりどころか二度と戻らないかもしれないんだが………言葉を返す前に、店長は店の奥へ消えていった。
「ややこしいなぁ………」
この前の一件でわかったのは、あの刀はマジでやばい。人間の銃火器で傷を負ったことは一度もなかったのに、関係なしと言わんばかりに腕を落とされては冷や汗もかく。真正面から向かって勝てない──ことはないが、わざわざボロボロになる戦いは避けたい。ここは擬態をうま~く利用して盗むというのが最適解だと思う。決してあの刀が怖いわけではない。断じて。
「どうしたもんかねぇ」
どさくさに紛れて盗もうにも、この街の現土地神様──白神夕緋の傍にいられることはほぼないだろう。
「なんかサクッと終わる方法ねぇかなぁ」
虚しく独り言。頭を過ったのは元の姿で暴れる光景。民間人を巻き込めば可能性は……あるいは、
「イヤイヤイヤ、ないわー」
そんなに急ぐことはないだろう。外部からこの街に来た妖魔が悪さしているようだし、便乗できるかもしれない。俺の姿形をしているのは気に食わんが。
悪巧みを計画していると胸ポケットの携帯がけたたましく振動する。
「わ、お! なんだぁ!」
環境省支部から支給されたスマホには『緊急招集』と件名が表示されていた。カップに残ったコーヒーを一気に流し込み、急いで店を出た。
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