1-1(1)妖魔・漆葉境



「しかし……話のネタに欠かない里帰りだなぁ境くん?」


 市内の病院で治療が終わり、実家に戻っては来た。あれだけの体当たりを受けて打撲のみとは、擬態も捨てたものではない。


 ここ、碧海市は海に面した市街地と、反対にそびえる山──翠山みどりやまに分かれているが、ここはまさにその翠山の中、最奥にひっそりと欧風の一軒家が建っている。山自体は国から環境保全地域の候補として挙がっていたが、『俺たち』がいることで特別警戒区域とされている。………などと独白で説明してみたもののそんなことはどうでもいい。

 実家の居間。食卓には俺の目先に二人。


「ま、まったく、おっしゃる通りで」


 父・漆葉紳うるはしんはにこにこと机の対面でプレッシャーを送ってくる。


「もぅ紳さんてば、怒ったらダメよ」


 父の隣に座る母・漆葉静うるはしずかを諫める。が同じくプレッシャーを感じる。


「普通にヒトとして過ごすなら碧海市でもよかったでしょう? せっかく大学まで行ったのに留年したんだからね?」


 声は優しいのに目が笑っていない。二人とも昔は各地で暴れていたそうで、怒らせると今でも殺気混じりの視線をぶつけられる。


「いいじゃん、子供の失敗くらい!」

「努力の結果による失敗と、単なる怠惰による留年は違うぞ境くん」


 案の定、針の筵である。無論想定済みだ。


「ま、お説教はこのくらいにして。せっかく戻ってきたんだからゆっくりして行きなさいね」


 と、母は優しく笑いキッチンへ向かった。


「父さんも別にすごく怒ってるわけじゃないぞ?」


 なんのフォローか、父も表情をにっこりとさせ態度を軟化させる。そもそも長ったらしい説法をするつもりはこの二人にはないだろう。あとはしっかりやれ、ということだ。


「それに、境くんにはやってもらいたいことがあってだね」

「え……俺一応単位取得の為に来たんだけど」

「なぁに簡単なことだよ!」


 父の顔面の筋肉だけは忙しそうに、今度は険しい表情を浮かべた。


「な、なんなんだよ。らしくない」

「まぁ、あれだ。境くんが人間社会で擬態を始めてからもう何年だったかな………擬態と本来の年齢が一致しないのはともかく」


 余計なことを前置きに、父は続ける。


「碧海市の開発もかなり進んでね。せっかく戻ってきたんだ、明日にでも見てくるといい。要は人間が住む割合が高くなった」

「街に活気があるのはいいことって昔よく言ってたろ?」


「さぁそこが問題だ。人が増えた、それだけ物が増え捨てるものも増える。しかし市にも許容量というものもあるね?」


 真面目な話に突入すると、母が料理を卓に運び始めた。


「街のゴミ処理場ってそんなに小さくないだろ? 全然問題ないと思ってたけど」

「それがねー、色々企業も誘致したみたいで会社の廃棄物がこの山にた~くさん捨てられてるのよねぇ。今はまだなんとかしてるけど………」


 分母が増えれば必然的に質の悪い者もいるということだろうか。


「んな奴らぶっ飛ばせば」

「それがそうもいかないんだ………そこに頭を悩ませていてね」


 料理が全て並べられ、食事が始まる。味わうことなく適当に口へ運ぶ。


「ん〜、静さん今日もおいしいよ!」

「いつもありがと」


 話の最中に惚気を見せられても反応に困る。それに、自分にとっては味がしないものを口に運ぶのは苦痛だ。


「で、悩みの種って?」


 親のイチャつきを遮り、本題に戻る。


「ここ近年になって人間を追い払おうとすると抵抗がより激しくてね。境くんが街を離れる少し前からだったかな」

「そうなの。山にゴミを捨てに来る業者さんも保護するから困るのよぉ。いつも寝てる時間帯に山に入ってくるし。私たちと交戦する人自体は悪い人たちじゃないしねぇ」


 面倒なので料理を水で流し込む。両親はさらに続ける。


「お陰様で、土地も汚染されて元気が少ない。それに、結果として人間が増えたことで他所からタチの悪い同胞が流入しているのも良くない………しかも最近は全国的に妖魔が活性化しているようだしね」

「同胞………?」


 日中に起きた出来事を思い出す。と同時に一度擬態から本来の姿に戻る。両親は擬態より見慣れた化け物の姿に笑みを浮かべる。


「────」

「やっぱり元の境くんの方が男前ねぇ」


 男前も何も、ひと目見て雄と判断できるのだろうか。とは胸中のツッコミ。


「さすがはパパとママの最高傑作だ」


 高い膂力と擬態能力に加え、堅牢と言える鱗に覆われた体表。そしてそれを突破して傷付けたとしても再生能力まで備えている。『最強の妖魔』というコンセプトのもと両親によって生み出された〝黒蜥蜴〟こと俺。もともと翠山で静かに過ごし偶に両親に挑みに来る妖魔を倒すだけの生活を送っていた。というより、両親は山で悪さを企む妖魔や人間の相手をしたくなくて俺を生んだらしい…………どんな相手が来ようと山を守れるようにと過剰性能を積まれたが、正直なところ自分が『最強』という実感はない。単なる親バカな気もする。


 まぁ見た目だけなら真似る奴もいるかもしれんが、スペックまで近づけることはできないだろう…………ちなみにこの姿だと口を利くことができないから偽物はすぐに分かる。


 何故なら強さを自慢したくて喋るから。


「…………今碧海市を騒がせているのは境くんに擬態した輩だ。人間だけではなく、境くんの容姿を模倣しているのは些か気になる。わざわざ〝人間以外〟に擬態しているからね」


 元の姿だと口は利けないので空になった皿に両手を合わせた後、話に耳を傾ける。


「……あれは出現から逃走までのルートが全く掴めない非常に厄介な相手だ。他の街と行き来しながら碧海市内と、この山の生き物を含め、数年間街を脅かしている。本来なら私や静さんが対処するべきなんだか………」


 と、先程の話と繋がる。と同時に擬態ヒトになり会話に復帰する。


「あー街に下りればその人間達がいるってワケね」


 おそらく今日会った連中のことだろう。


「そうなの。山でも派手に動けば私たちも人間の標的になっちゃうのよぉ」


 八方塞がりとでもいうのか。しかし、両親にとって同胞の妖魔も人間も大した脅威ではないと思うが……


「その街を騒がせてる妖魔は、まぁ分かる。一応俺を真似しているからね。でも人間が面倒って、追い払うだけなら片手でも過剰なくらいでしょうに」

「やっぱり覚えていないか、境?」


 くん付けをやめ、父は真っ直ぐな視線を俺に向ける。


「今日、お前が同胞に襲われたところを助けた女の子がいたそうだね?」

「あ? あぁ………確かシラガミとかなんとか」


 見るからに子供だったが、妖魔に立ち向かう姿は勇ましいものだった。


「あの子も大きくなったわよね、ちょっと前までは小学生だったのに」


 まるで親戚のような言い方だ。


「そう、成長して力をつけた。そして白神家の代表として妖魔を滅する天敵となったワケだ」


 確かに、妖魔を圧倒できる力があったように見える。謎の鎧に刀、装備としては十分なくらいだ。父は続ける。


「確かに、あの子自体は多少の武装であれば普通の人間より少し強いくらいで済む。問題は彼女の持つ得物──『さくらみこと』という刀だ」


「そういや恐ろしく切れ味が良かったなぁ」


 一刀両断。模倣とはいえ、妖魔の腕も簡単に切り裂いていた。


「あれが碧海市を守る我々の天敵、〝土地神〟の持つ刀だ。あれがあると迂闊に攻めることができない」


 急に聞きなれない言葉が現れる。神様? 会話にワンテンポ遅れていると、母が皿を下げ始めた。


「お前があまり知らないのも無理はない。山を出て、すぐに俗世に飛び出したのだからね。『普通の人間』にとっては割と知られた存在なんだが………そのあたりは学ばなかったらしいね」


 食後に少し高めのアイスクリームが出される。海外の甘さキツめと言われているものだ。口に運ぶとバニラの風味がちょうど染みる。手厳しい指摘を流し、質問で返す。


「その神様があの白神? とかいう子供なのかよ」


「そうだ。先代の土地神が亡くなってからしばらくは人間・妖魔ともに落ち着いていたんだが街の開発とともに土地が荒れ、妖魔も増えたことで土地神側の動きも活発になったというワケだ。そういえば開発が本格化したのは境くんが人間社会に飛び込んだくらいだったね」


「……そうだったけかな」


 ふと、ある女のことを思い出す。考えてみれば、今日会ったあのシラガミとかいう少女はどことなくあの夢に出てくる女に似ていた気がする。


「……碧海市の歴史はもういいよ。結局その土地神………の刀──桜のナントカをどうしたいわけ? 壊せばいいのか?」


 元の姿であれば多少リスクはあるかもしれないが何とかなるだろう。と、再び揃った両親がお互いに顔を見合わせ微笑んだ。


「じ、実はね……あれ、取ってきてほしいの」

「は?」


 母はおつかいでも頼むかのように言う。


「いやはや、あの刀の作成には我々が関与していてね。せっかくの作品を壊してしまうのは非常に惜しい。そこで! 境くんに人間の抵抗勢力からサクッと取り返してきてほしい!」

「は?」


 突然のお願いに返事の声が外れる。


「あれがあるから人間と戦いにくい。あれさえなければ、ひいては邪な企みを持つ同胞の出現に際してパパとママが柔軟に対応できるわけだ」


 息子がいい年をしているというのに、たまに出てくるパパママはないだろう。突っ込もうとしたが、あえて喉元で止めた。


「そんなに重要なものなら父さんが取ってくりゃいいじゃん」

「それは無理ねぇ」


 母により言葉は食い気味にかぶせられる。


「パパやママは、必要以上に人間に関わらないからこそ彼らに迫害されない。境くんがいない間に素性を隠して接触こそしているものの、街に下りてまで事を収めようとはしていないからね」

「ややこしいことを………」

「あんまりパパを責めないであげて………境くんがいない間も色々とやってくれてたんだから!」

「はぁ……そりゃすみませんね」


 確かに全国に妖魔なかまは数こそ少ないが全国的に存在している。実際の妖魔数は不明だが。碧海市は、妖魔の間では平和な街……とは母の談。実際街を出るまでの妖魔による人間への被害は、人間によるものよりは少ない。山を下りた熊や猪が騒ぐくらいだ。本当に強い妖魔は表立って行動しない…………あくまで個人的な見解だけど。


「境くんは山の中しか知らなかったからね。白神家も、一般常識である土地神のことも知らなかったんだ………いい機会だ、境くんが行く組織は今回の事件を含め色々と知っているから……そこで碧海市の事、しばらくゆっくり学びながら奪還の計画をしてくれたまえ。どうせ留年して戻ってきたんだから、親のおつかいくらい聞いてもバチは当たらないだろう?」


 何やら色々含んだ台詞である。というより、


「………刀奪還は確定ですか」

 初日から前途多難。



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