ミミックボランティア 留年妖魔と偽りの土地神少女
ムタムッタ
chapter 1 留年妖魔の帰郷
Chapter1 プロローグ
最初に断っておくが、俺──
(アホらし……なんで俺が人間の為にこんなことしなきゃならんのだ)
明朝——昇る太陽がこの身を照らす。わざわざ朝早く海辺で散乱する空き缶を拾い上げ、背負っているかごに放る。ついでに、他にも目につくゴミを口へ運ぶ。
え? ゴミなんて食ってうまいのかって? うまいわけねぇだろこんなもん。実家に戻ってきただけで、まさかこんなことになるとは。
(だいたいゴミ捨てすぎだろ、汚ねぇ)
砂浜には多くのゴミが散乱している。そして海はなんだか臭い。足元に落ちているガラス瓶の破片に、自分の姿がぼんやり映る。
およそヒトとは形容できないナリである。成人男性の一回りは上回る体躯は棘のように尖った漆黒の鱗に包まれている。四肢は丸太のように太く、その異質な存在を直立するトカゲの化け物……と
誰が呼んだか、
その異形は不釣り合いに手作り感溢れる籐かごを持ち、砂浜の清掃に勤しんでいる。もちろん人間ではないことは、くどいようだが念のため。
「
獣の咆哮が周囲に響く。
残念なことに、この人間たちの後始末こそ今の俺にとっては死活問題だった。
◇ ◇ ◇
記憶の奥底……誰だったか名前を忘れてしまった女が、最近夢によく出てくる。
『キミのその手はヒトを傷つける武器じゃない。ヒトを、生き物を救える手だよ。キミが考えている以上に、キミはすごいよ。きっと、人間もキミの仲間もみんなを幸せにできる、だから…………あとは、キミに任せる──それと──』
夜の森。月明かりだけが照らす中、そう言い残して、腕の中で女は満足気な表情をしたまま永遠に眠る。この時の言葉が、後から呪いだということに気づくのはずっと先のことだった。
◇ ◇ ◇
『間もなく~
「………ん? あ………着いたのか」
電車のアナウンスでまどろみから目を覚ました。
そもそもの事の始まりは………まぁ色々絡んでいるんだが、とりあえず身から出た錆だと言っておこう。
「あーあ、戻ってきたなぁ」
県外から電車に揺られて数時間。新幹線の代金をケチって、
「アホくさ……って、愚痴言ってる場合じゃないか」
事実を反芻しつつ、駅の出口へ向かう。別に留年したことは良い。いや良くはないがこの際問題はそこではない。
『君の留年は自己責任だが特別に単位を取得、進級する方法がある。どうだ、やってみるかね? 無論……無理強いはしないがね』
担当教授からの提案を、半ば自棄だったが了承すると、言い渡されたのはまず実家に戻れ、である。あの時の教授の表情は何とも言えない神妙なものだった。
「あ~絶対怒ってるよなぁ、二人とも」
言わずもがな、両親のこと。『人間を学ぶ』という名目でかなり無理を言って地元を出て生活をしていた分、今回の留年はまずい。
え? 何で留年したかって? それは人間社会に飽きたからだ。そもそも何で人間を学ぼうとしたのか、今ではきっかけすら忘れて惰性で過ごしている。排気ガスにまみれた生活より、やはり森の中で日光浴をしていた方がマシだったと人間生活で実感できたことが収穫だろう。
まずいのは人間になってみたいと親に言って人間社会に飛び込んだのに、もう面倒になって投げてしまった事だ。それをどう言い繕おうか、現在進行形で必死に思案している。
「ま………まぁ、なんとかなるだろ」
大抵のことはなんとかなる。そう、それは人間生活で学んだ貴重なことだ。
ところで、妖魔とか何とか言っていた化け物が電車に乗っていてなぜ騒ぎにならないか? それも単純な話だ。
気を取り直して一歩進んだ瞬間、空から黒い影が落下してきた。
「あ?」
それはよく昔鏡や水面越しに見ていた、見慣れた存在──というか俺の姿。いや俺ではないから違うが。駅前のオブジェとしても異質な巨躯。棘のように尖った漆黒の鱗に包んだ姿は直立するトカゲの化け物…………誰が呼んだか黒蜥蜴──ではなく元の俺に似たソレは周囲を確認することもなく、天を仰ぎ絶叫した。
「え…………あれ、え……俺?」
咆哮は、周囲の人間を停止させる。世界が止まったかのように思えた時間は、悲鳴とともに動き出した。目の前の怪物は手当たり次第に人を、物を襲い始める。逃げ惑う人々を無作為に薙ぎ払っていく。
「全然意味わかんね……え、どういうこと?」
茫然と眼前の状況を眺める。幸い向こうに気づかれてはいない。面倒になる前に実家へ急いだ方が良さそうである。と、呑気に構えていると怪物に襲われた女が飛来した。当然受け止めることもできず下敷きになる。
「うぉっぷ! お、おい大丈夫か?」
一応まだ息はある。ツいてないな、と自嘲気味にため息をつく瞬間、背筋にビリっと電流が走る。
奴がこっちを見ている。他にも悲鳴を上げて逃げる人間はいる。だが怪物は気にも留めず、ゆっくりと接近を始めた。
(よくわからんが狙われてる!)
擬態のままでは勝ち目はない。上に乗っかる女を右隣に避けて立ち上がる。数歩左にズレても、やはり怪物の歩みは俺に向いていた。
「帰ってきて早々これか!」
応戦するのも手の一つだが、生憎元の姿に戻る瞬間を見られるわけにもいかない。踵を返し、駅構内へ全力で走る。しかし目論見は呆気なく潰える。
地面が砕ける乾いた音とともに、怪物に目の前まで回り込まれる。ブレーキを効かせるが、足元に気を取られた俺は、怪物から右肩を盾にした体当たりをお見舞いされる。
走ってきた方向とは反対に吹き飛ばされる。
「ぬぁっ!」
アスファルトに叩きつけられ、そのまま転がる。頬が擦れ、顔に熱を帯びる。
面を上げた時には、怪物は眼前に迫っていた。
「あ、やべ──っ」
出来るだけ避けたかったが仕方ない。元に戻って応戦しよう。と思考を巡らせる前に、状況はさらに変化する。
「はぁっ!」
視界の端から女の声とともに一振りの刀が怪物目掛けて切っ先を向けて現れた。
「な、なんだ!」
刃が怪物の腕を切りつける。
怪物に立ち向かうは、金属の装甲をまとった者が一人。全体的なフォルムは西洋の甲冑に似ているが洗練された見た目は、体のフォルムが浮き出る。小柄で女性的な身体に見える。
「ッ────」
予期せぬ強襲に対して絶叫とともに、怪物は後退を始める。
「待て!」
鎧から響いた少女の声を置き去りにして、怪物は空高く跳躍しこの場を後にした。
「こちら白神。対象にダメージは与えましたが逃走されました──どうぞ」
目の前で少女? が通話をはじめる。周りを見ると、銃器で武装した人間が怪我人を運び始めていた。
「現場の収拾ですね、了解しました」
目まぐるしく変わる状況に戸惑いっぱなしである。幸い目の前の存在もこちらの正体に気づいている感じはなく、刃を向ける様子はない。
尻餅をついたまま呆けていると、鎧娘が歩み寄る。
「見たところ大きな怪我ではなさそうですね……」
アニメのロボットに似た兜の中からは、凛とした少女の声。とりあえず最悪の事態を免れた自分の前で、兜が脱がれる。黒髪が揺れ、端正な顔立ちが現れる。
「立てますか?」
片手を差し出される。鎧の手甲で硬いかと思ったが意外と柔らかい。立ち上がり対峙すると、少女は随分華奢で、自分の肩くらいまでの背丈だった。
「なんとかな。とんだ災難だよ」
怪物の体当たりで身体は痛むが軽口は叩けた。しかし口は災いの元。先人はよく言ったものだ。
「とりあえず、手当てをしないとですね!」
この少女──
◇ ◇ ◇
「ミミックボランティア」は現在第5章途中まで投稿してます!
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