3-1(3) こがね市と『こがねっ娘』



 産婦人科の病棟まで歩き、一つの個室に着く。壁には『明坂あけさか』と記載されていた。篠宮がノックすると、部屋から『どうぞー』と返ってくる。

 あんまりこれ以上土地神と会う気はないんだが…………

 部屋の奥にいたのはベッドの上にいる茶髪の女と、それに付き添う七三分けに眼鏡の男だった。


「篠宮さん! 来てたなら連絡してくれれば迎えに行ったのに!」


 眼鏡の男が素早く何度も頭を下げる。


「いやいやこう君、奥さんについててあげないとダメでしょう」

「夕緋じゃん! 久しぶり~!」


 女が白神へ手を振ると、少女は笑顔を返す。


海里みさとさん、お久しぶりです!」


 どうやら女の方は海里というらしい。部屋の事を考えれば明坂海里か。男の方はその旦那で、明坂弘毅という名前だな。


「二人とも紹介するよ。彼が夕緋の従者、漆葉境君だ。海里君達が動けない間は、夕緋と彼がこの街を守るよ」

「ども、漆葉境です」


 軽く会釈をすると、夫婦ともども丁寧に返す。


「なかなかいい男じゃない! 夕緋も隅に置かないなぁこのぉ!」

「そそ、そんなのじゃないですよー!」


 まぁ……なんとでも言ってくれていいが白神は後でシバくか。


「というわけで、これからしばらく海里君が出られない間はこの二人がこがね市を担当するから安心して出産に備えてくれ」

「本当は事件を追いたかったけど……ま! できちまったのは仕方ないからね、二人とも任せたよ!」


 威勢よく返事をする白神に対して、奇妙な違和感を覚える。


 ……事件とは?



 ◇ ◇ ◇



 こがね市の土地神・明坂夫妻との軽い顔合わせを済ませた俺たちは再び市内を走っていた。


海里みさとさんももうお母さんかぁ」

「子供作るのはいいけど、面倒ごと任せられるのは勘弁だな」

「ハハハ、彼女も妊娠に気づいたのは漆葉君達の碧海市で暴れてた〝サル〟の分身を対処していたつい最近だからね。発覚した時にはもう安静にするべきって言われたみたいだから、そこは目をつむってほしいな」


 なんだか間接的に迷惑を掛けたと言われたような…………


『続いてのニュースです。こがね市内の雑木林で男性の遺体が発見されました。遺体は体が変色し、一部欠損した──』


 車内のテレビから不穏な情報が舞い込んでくる。


「仙にぃ、事件って……?」

「あぁ、海里君が追っていたものでね……秘書君、改めて説明を」


 正直その呼び方はどうなんだと思ったが黙っておく。今回も自分からあまり突っ込まない方がよさそうだ。


「こがね市内では数週間前から市の在住問わず男性の遺体が発見されているのと行方不明者が続出しています」


 助手席から秘書にノールックで書類を手渡される。


「関連すると思われる最初の被害者は半年ほど前…………市内に滞在していた男性が早朝、市内公園のトイレで倒れているのが見つかりました」


 秘書の話を聞きながら、白神と資料へ目を通す。


「他には会社経営者、プロレスラー、フリーター、大学生など業種、年齢はバラバラですが……全員、男性が被害に遭っています。市内在住の有無を問わず、無差別な犯行ですね」


 被害男性の写真も添付されている。

 ……どれも五体満足、という状態ではない。腕がなかったり足が取れていたり……明らかに、何らかの意図を以て遺体に手が加えられている。しかし資料に記載されているここまでの情報を見る限り、この事件に干渉する必要を感じない。


「……これ、警察の仕事では?」


 仮に人間による犯行だとしたら、それは土地神の仕事ではない……と思う。人間の始末は人間でやってほしいものである。


「確かに今確認できる情報だけなら『人間による猟奇的殺人事件』の線も考えられます……が、遺体の顔をよく見てください」

「……あ、漆葉さんこれ」


 資料を見直していた白神が、先ほどの写真を指差す。適当に見ていたためか見落としていた。被害者のそれぞれの顔に、紫色の斑紋がうっすらと浮いていた。


「これが、妖魔の仕業だと?」

「そういうことです」


 淡々と話を進める秘書はそこで説明を終えた。


「一応人間による犯行も視野に入れて、警察にも動いてもらっているよ……ただ、これは僕の経験則になるけど、妖魔の仕業と考えていいと思う……それも、碧海市で暴れていた存在ようまとは異なるタイプかな?」


 入れ替わるように篠宮が続ける。


「君達にとって……特に、漆葉君にとってはキツい経験になるかもしれない」

 含みのある発言ではあったが、敢えて聞き返すことはしなかった。


 だって、面倒だもの。



 ◇ ◇ ◇



 車で移動した先は、碧海市でも見慣れた建造物……ではなく、若干年季の入ったそれだった。環境省妖魔対策課こがね市支部である。


「なんだかボロいなぁ…………」


 思わず口から漏れてしまった。


「近隣は碧海市うちと違って予算が下りないことも多いですからね」


 妖魔が多いところほど装備は潤沢。つまりこがね市は割と平和だった、と考えればいいか? 黒蜥蜴がいる碧海市とはずいぶん違うな。


「ハッハッハ! 確かに建物は古いけど、みてごらん。他の市よりも活気があるよ」


 支部入口の近くでは何やら人だかりができている。何やら小さいがステージのようなものがあるが、今はだれも立っていない。その周りには妙な黄色い着ぐるみまでいる。


「なにか盛り上がってますね漆葉さん、お祭りですかね!」


 ひとりはしゃいでいる白神を他所に、少し冷めていた。

 ……帰りてぇ。


「さぁなぁ…………」

「まぁまぁ、見てみればわかるよ! 二人ともいこう!」


 篠宮に強引に案内される。支部玄関でどうやら何か催しを開いているようだ。


「どうぞ~! 新作の試飲もやってまーす!」

「とってもおいしいですよー!」


 甲高い女の声が2つ。

 銀のトレイに紙コップをたくさん載せ、次々に人間へそれを配っている。


「こんにちは! よかったらどうぞ!」


 白を基調として黄色を織り交ぜた女子校の制服のような衣装を見に纏った少女が二人。片方は右、もう一人は左に髪をまとめたサイドテール。右テールの方がこちらへトレイの飲み物を差し出した。


(…………いらねぇ)


 正直、何を飲んでも大した差はない。よっぽど苦いコーヒーや激甘のジュースでもない限りは別に……味もしないし。


「ありがとうございます、いただきますね!」


 意気揚々と白神が紙コップを手に取り、中身をぐびっと飲み干す。てっきりぷはぁ、と親父くさい反応でもみられるかと思ったが、口をすぼめて両目を閉じていた。


「す……す……ぱい」


 ……スパイ?


「ささ、漆葉君もぐいっと!」


 言われるがまま、俺も白神を追うように、同じように、一気に飲む。


 雷電の如き衝撃。

 ピリつくとか、そんなレベルではない。口内が感電している。



 だがさすがにこの白神アホと同じ間抜けな顔を晒すのはゴメンだ。グッと堪え顰めっ面を作る。


「すっ……ぺぇ……」


 認識できる嗅覚が捉えるのは柑橘系の香り──レモンのそれである。

 ……意外と悪くないかも。


「こがね市特産のレモンを使った特製ジュースです、どうですかっ!」

「結構イケるな」


 極限まで高められた酸味のせいか、唾液が止まらない。大量に生み出された口内の液を胃へ押し流す。


「名称募集中なので、よかったらぜひ考えてみてくださ~い!」


 と、右テールの少女は俺に小さなメモ用紙を渡すとまた人混みへ消えていった。


「びっくりしたかい?」


 ちょっと嬉しそうに、篠宮は笑う。


「びっくりというか……なんなんすかこれ?」


 どうやら悪戯ではなくマジらしい。


「よくぞ聞いてくれました! ……これがこがね市の名物(仮)です!」


 残っていた左テールの少女が胸を張る。


「……めい、ぶつ……」


 未だ酸味の沼から抜け出せない白神が少女に問う。その様子に篠宮は笑いを堪えていた。


「そう! このレモンスカッシュこそ! 我がこがね市を担う名物になる予定です!」


 レモンスカッシュ……?  酸味の権化の間違いじゃないか?


「た、確かにこれなら有名にはなりそうです…………色んな意味で」


 白神はだばぁっと漏れそうな唾液をハンカチで抑えていた。


「はは……ちょっと刺激が強かったですか? どうぞ、酸味を抑えたレモネードです。口直しによかったら」


 我らが土地神様は恐る恐るそれを手にして今度はゆっくりと飲む。ほっとしたのか表情が和らいでいった。


「相変わらず、夕緋は面白いなぁ!」

「も、もう……すぐからかうんだから……」


 ……仕事中では? 呑気なもんだ。


「あ、もう時間だ…………ではみなさん新名物と、わたし達『こがねっ娘』をよろしくおねがいしまーす!」


 もう一人の少女も再び人混みへ去っていった。


「なんだあれ……」

「これが君たちに任せるもう一つの土地神業務、町おこしのお手伝いさ」


 篠宮が嬉しそうに語る視線の先で、二人の少女達がステージ上に立つと、周囲の観客が沸き立つ。二人は笑顔を振り撒きつつ、マイクを構える。


「こんにちは!  夢は全国展開、『こがねっ娘』・ライトの長虫ながむしカオリです!」

「同じく! 夢はトップアイドル、『こがねっ娘』・レフトの蛇石美奈じゃいしみなで~す!」


 わざわざ口上まで演じてご苦労なものである。髪型が右サイドテールの方は長虫カオリ、左サイドテールが蛇石美奈というらしい。コンビだから分かりやすく髪型で区別したのか。


「じゃあみんな行きますよっー!」


 音楽が流れ、少女達は踊る。まだ拙さが残るものの、精一杯の歌を奏で始める。お世辞にも巧い……とは言えないが、ステージに集まる観客たちの『明るさ』が大きくなっていた。


「こうやって、地域を盛り上げればいろんな意味で土地が元気になれる……海里君は、ただ街を守るんじゃなくて、活性化させようといるんだ」

 

 確かに……土地神の仕事は妖魔を討つことではない。

 ……だが、これは正解なのか?

口内に残る強烈な酸味とともに、拭えない奇妙な不安を覚えた。


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