3-1(4) 土地神研修



 催事も一旦落ち着いた後、こがね支部内で先ほどの少女二人組と改めて挨拶を交わした。


「私はお隣碧海市の土地神、白神夕緋です! おふたりとも、よろしくお願いします! さっきの歌、とっても良かったですっ!」

「こいつの従者、漆葉境です」


 きらびやかな衣装に目を輝かせ、白神は少女達へ名乗った。


「支部長に代わって説明させてもらうと、今こがね市支部では妖魔被害の対処と、この二人をイメージキャラクターにした特産物の宣伝の仕事を主に担っているんだ。君達にはこの両方の案件に関わってもらうよ」


 前者は分かるが後者はもう広報の仕事だろ……と思ったが、考えてみれば俺もゴミ捨てだの、花植えだのやっていたことを踏まえると『土地神のお仕事』という枠ではおかしくはないのか。


(……アホくさ)


 こんな町おこしで生命力が溜まってたまるか。意味のねぇことはしたくないぞ。サボってたらまたいつ面倒なことが起きるか…………


「漆葉君も! がんばろうね!」


 なぜかこの篠宮という男はやたらと俺に絡もうとする。生返事で対応すると、さわやかな表情がそこにはあった。

 ……得体の知れない苦手意識がこの男に対して湧き始めていた。


「妖魔事件に関してはまだ調査している部分が多いから、そこは僕と秘書で改めてデータをまとめておくよ。まずは『こがねっ娘』の二人から町おこしイベントの詳細について聞いてみるといい。町ごとに土地神の仕事が異なるってことを、学んでおいで」

「了解です!」

「うぃ~す──ゴはッ」


 適当に返事をしていると、満面の笑みで白神から肘鉄をお見舞いされた。


「漆葉さ~ん、がんばりましょうねぇ?」

「お、おぅ………」


 相変わらず碧海市うちの土地神様は手荒くていけない。


「こがね市の土地神様も夫婦で仲が良かったですけど………」


 一方的なお仕置きを見ていたアイドル? 達がまじまじとこちらを眺めている。


「お二人も仲良しなんですね!」


 直後に『違います』と同時に放ったのは言うまでもない。その反応を見て、少女達はますます嬉しそうに笑う。


「へへへ、良かった! ほかの土地神様って見たことなかったから、ちょっと緊張してたんですよね」


 左テールの蛇石がほっとしたように硬い表情を崩した。


「美奈、緩まない!」


 緊張の解けた少女に、右サイドテールの長虫が背中を軽く小突いた。


「カオリぃ〜ちょっとくらいいいじゃん」

「だーめ! 油断するとすぐミスするんだから……」


 既視感のあるやりとり。どこの誰だったか……


「と、ともかく! 午前の支部での活動後は隣町でメーカーのキャンペーン、その移動後の夕方にはラジオ出演があってその後もまた続きますが、ひとまず土地神様たちも同伴するようにってことです! 最近の妖魔騒ぎで物騒ですから!」


 アイドルに戻った蛇石は気を取り直して説明する。


「詰まったスケジュールですね……」

「全っ然! もっと有名な方だと合間に握手会とか色々ぎっちりなので!」


 そこまでしてなるアイドルってものは凄いのか。不勉強だったな。


「そういうわけで市内開催イベント運営の手伝いをお願いします。まぁ、主には私たちの警護全般になると思いますが……」

「任せてください、妖魔が出てきたらやっつけますからっ! それ以外の仕事もがんばります!」


 そんなわけで支部から出てアイドルユニット『こがねっ娘』の半ばボディーガードとイベントの雑用をこなすことになったわけだが……


 雑用を舐めていた。


「お二人とも、お疲れさまでした! また明日もよろしくお願いしますね!」

「お疲れ様でした」


 『こがねっ娘』と解散し、月が昇った頃には満身創痍の従者おれが出来上がりである。こがね市内のホテルロビーでぐったりと座っていた。


「そも、そも……いきなり素人を投入するなよ……」


 白神は主に警備に回り、俺はほぼただのバイト扱いで荷物運びやら客捌きに動員され、荒い人使いをされたわけだ。


「もー体力なさすぎですよ漆葉さん」

「途中から関係者に紛れて楽しんでたおめぇに言われたかねぇよ!」


 茶化してきた白神の両こめかみを、拳骨で抉る。


「うぎぎっ────!」


 土地神特権使えるならバラしとけばよかったな。いや、ダメか。目の前にいる統括土地神は他人事のようにさわやかに笑い飛ばす。


「ハハハ、まぁまぁ……しかし、同じ土地神でも街が変わるだけでずいぶん違うだろう?」


 ほとんど俺しか働いてなかったような……つーか、今日の業務を何日もやるのか……? 碧海市にいた方がよっぽど楽だぞ。


「あくまで表面上の活動は、今日の業務が主だね。本来研修で対処することになるのは今朝説明した妖魔絡みの可能性がある事件だ。明日からは二人にも調査に参加してもらうことになるだろうから、今日はしっかり休んでね……じゃ、お疲れ様」


 そう言い残すと、篠宮は鉄面皮の秘書とホテルを後にした。

 あー……この研修長くなりそう。


「仙にぃ行っちゃった……漆葉さんはこのあとどうします?」


 白神へのお仕置きをやめて、着替えの入った二人分の荷物を持ち上げる。


「んなもんさっさと寝るに決まってるだろ」


 擬態でこき使われて疲れているのだ。さっさと寝させてくれ。

 白神の腕を引っ張り用意された部屋に移動を始める。エレベーターのボタンを押して待っていると、傍らの少女は不満気に声を上げる。


「えーっ! こういう時の夜って言ったら定番のトランプですよ!」


 ……どこの定番だ、緊張感ねぇなぁ……二人でトランプやってられるか。これならお目付け役に涼香を同伴させるべきだったな。


「お前も明日になったら本格的に仕事だ。さっさと寝るぞ!」


 開いたエレベーターに乗り込み、3階のボタンを押す。


「そういえば仙にぃ、漆葉さんには『キツい経験になるかもしれない』って言ってましたけど……今日のことなんですかね?」

「さぁな……」


 目的の階に到着し、指定された部屋まで生返事で歩を進める。その様子が気になったのか、白神がこちらの顔を覗き込む。


「どうしたんですか……漆葉さん、こがね市に来てから変ですよ?」


疲労のせいか、半分微睡んでいる。意識はあるが、目の前の少女に朝緋が重なる。記憶の奥にいる少女と、先日の白神の言葉が去来する。


『仙兄ぃ────篠宮仙しのみやせんは、お姉ちゃんの元許嫁です』


 別に気にしているわけではない。特別気にしてはいないんだが……

 朝緋あいつにも、違った未来があったかもしれないわけで────


「……漆葉さん?」


 もう一度呼び掛ける少女は、誰にも重ならない。白神夕緋である。慣れない作業で疲れすぎたな。やめだ、やめ。

 隣同士で用意された部屋で立ち止まる。先に白神の部屋の鍵を差し部屋を開ける。


「疲れただけだ……明日は俺の倍働けよ土地神様!」

「ちょ、ちょっと漆葉さん⁉」


 きょとんとしたままの顔をした我らが土地神様を無理やり部屋に押し込み扉を閉めた。



 ◇ ◇ ◇



「ふぅ……」


 シャワーを済ませ、ベッドに倒れ込む。やはり擬態での仕事は疲れる。戦ってもいないのにやたら疲労が溜まったな。


 しかし……自分の尻ぬぐいでも、街を守る為でもない『研修』とやらに付き合うのも面倒だな。なにかこう……これからの土地神活動に役立つことがないと……でなければ、朝緋に関する情報が手に入らないか……


 篠宮には聞きたくねぇなぁ……何か勘繰られると面倒だ。他にそれらしい奴は……


「あ………」


 昼間に挨拶した人物を思い出す。それはこがね市の土地神・明坂あけさか海里みさとである。


『なかなかいい男じゃない! 夕緋も隅に置かないなぁこのぉ!』


 ……まぁ、何を言ったかは置いといて。

 少なくとも隣町だ。いつから土地神をやっているかは知らないが、朝緋について聞く価値はあるな。


「少しはやる気出すか……」


 いつまで文句言ってても意味ないしな。そうと決まれば明日にでもまた会ってみるか……業務の間に会えれば、だが。


「んじゃ、寝るかな………………」


 思考を止め、目を閉じる。

 土地神研修は、まだ始まったばかりだ。



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