3-1(2) 統括土地神・篠宮仙



 榊支部長の『ありがたいお話』を終え、白神と共に支部内の資料室に移動した。


 歴代土地神の活動報告についての書類や各県で猛威を振るう、振るった特定妖魔とくていようまの情報がまとまっている。


「妖魔月間討伐数三十体………(なお土地神の報告ではなく当時の従者による確認済みの個体数のみ)。市外活動における討伐数、月15件」


 他の奴らは正直どうでもいい。先代の白神朝緋しらがみあさひが残している記録のみに目を通していた。

 前は市内で妖魔駆除以外に何をしていたか調べたが大した情報はなかった。結局俺の身体に起きている異変は分からずじまいだ。ついでに、黒蜥蜴についても漁ってみたが、取り立てて新しい情報はない。


「これって多いのか?」

「そりゃもう! 本部所属の土地神様でもここまで倒してる人はそんなにいませんよ!」


 静寂な室内に、若干興奮気味の少女が力説する声が響く。


 逆に考えて妖魔ようまが1月に人間を30人喰うって考えたら多過ぎだよな…………今時そんな妖魔やつの方が珍しいが。


「この、市外活動ってなんだ?」

「文字通り碧海市以外での妖魔駆除の任務です。お姉ちゃんが土地神だった頃は、今よりも厄介な妖魔が多かったらしいですから」


 ……それって俺のことも含まれてるのか? と突っ込みたかったが自重。そのまま資料の文字に目を走らせる。


「へぇ………あ、一体も倒してない月もあるんだな」

「というか、倒しても報告してないことが多かったみたいです」

「なんで?」


「彼女、『報告書なんてめんどくさーい』って言ってたよ」


 不意に、背後の気配に気付かされる。


「────ぉ?」


 寸前まで全く察知も出来ず、振り返る。


 鼻筋の通っている整った顔立ち。光沢のある絹のような髪。一瞬女かと錯覚したが、透き通った低音の声が青年と認識させる。目の下のくまの主張が強い。そして何より、普通の人間どころか、白神よりも『明るい』。


「やぁ……こんにちは、漆葉君」


「こ……こんにちは」


 得体の知れない圧に挨拶を返す。


「仙にぃ!」


 え?

 少女が椅子から飛び上がり、青年へ飛びつく。


「あはは! 夕緋、久しぶり! 元気だったかい!」


 凛とした青年の顔が満面の笑みで綺麗に崩れる。


「元気元気! ホントに久しぶりだね!」


 兄…………と呼ぶのも頷けるほどの距離感である。

 そりゃそうか、本来なら義兄なんだから。

 そうならなかった原因が目の前にいると言うのに呑気なものである。


「漆葉さん、紹介しますね! この人が仙にぃ……篠宮仙しのみやせんさん。この県の土地神のトップ、統括土地神とうかつとちがみです!」


 ドヤ! と言わんばかりに胸を張る白神アホ


「……はぁ」


 こいつがねぇ………

 見たところ仕事疲れが顔に出てはいるが、明るく爽やか。年頃の少女にも好かれる理想の王子様とでも人間なら言うのだろうか。


「あはは……ごめんね、夕緋は昔から僕にはこんな感じで……よろしく、漆葉君!」


 差し出された手にのそっと手を出すと、力強く握られた。


「も、もう仙にぃ! せっかく漆葉さんに紹介してあげてるのに!」


 ……とりあえず統括土地神はわかった。そいつがなぜここにいるか、だ。


「仙にぃは漆葉さんのこと知ってたの?」

「勿論。支部から夕緋に新しい従者が見つかったって聞いた時は驚いたよ。今日は夕緋にお知らせ……というか、統括として命令をもってきたんだ」

「命令?」


 過去の従者が何者だったか知っているはずだが……今、余計な詮索はいいか。

 にしても白神にか…………よかった、俺は関係なさそうで。もう少し資料を見ておきたいんだ、さっさとどっか行ってくれ。


「まずどこから説明したものかな……隣町――こがね市の土地神が、ある事情があって現場に出れなくなってね……」


 こがね市といえば、碧海市の東側にある隣接市である。碧海市ほどではないが、最近は移住者もそこそこいる街だ。特定妖魔〝サル〟の一件では少なからず迷惑を掛けてしまった、らしい。


「それと、本来夕緋を含め新人の土地神には研修を行いたかったんだけど……このところの妖魔による事件が多くなって大々的な研修会ができなくなったんだ。そこで!」

「そこで……?」

「応援を兼ねて、夕緋達だけ! 土地神研修をこがね市で行うことになった!」


 お! しばらくこのやかましいのがいなくなるのか。静かになっていいな。

 ん? 今、夕緋『達』って………


「今回は夕緋の事も考慮して従者を一人までは同行させていいことになったから、漆葉君も参加だよ」


 ……は?


「任せてよ仙にぃ! わたしも強くなったんだからね!」

「頼もしいなあ! じゃあ、二人とも研修は明日からだから準備しておいてね!」


 颯爽と消えて行く統括を他所に、元気が爆発していてる少女は目を輝かせていた。


「漆葉さん! 研修ですよ、研修!」

「……アホくせぇ」


 一難去ってまた一難。

 今回もまた、非常に面倒そうなのは言うまでもない。



 ◇ ◇ ◇



 平和な1日を終え帰宅後、今日の出来事を話すと両親は顔を緩ませた。


「へぇ研修……もっと神格化された存在だと思っていたけど、最近は意外と現代の価値観に迎合してるんだね」

「よかったじゃぁない! 土地神のこともっとお勉強できるわね!」


 よくない、全く良くない。


「こんなもんめんどくせぇだけだよ……しかも白神だけでいいのにそのお守りに同伴だぞ。やっと本腰入れて自分の目的に動けるかと思ったらこれだよ」

「とか言って! ホントのところは嬉しいんじゃないのぉ? このこのぉ?」


 …………母は何か勘違いしている気がする。

 大して益にもならない面倒ごとでしかないのだ。大体何を研修するというのだ。


「でもその篠宮って子に懐いてるなら要注意よ! 女の子は憧れの王子様には弱いから!」

「面白くなってきたね、ママ!」


 ……最近二人して恋愛ドラマにハマっているようだが、変な部分に看過されているようだ。


「……アホくさ」


 そういえば、篠宮とかいうあの男……朝緋と許嫁の関係だった割には昔見た事もなかったな。


「あ、そうそう境くん。ママとパパ、明日から友達の所へ行くからしばらくは一人でがんばってね!」

「え、何その話」

「言ってなかったかな? ママの友達の、お産のお手伝いに行く予定だって」


 初耳なんだが。


「今回は前みたくピンチになっても助けられないからしっかり頼むよ、我が息子」


 んーまた一難。

 課された呪いは……簡単には解かせてくれないらしい。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、支部で集合した俺たちは篠宮の車で隣町・こがね市へ移動することになった。


「産休?」

「そうなんだ。本当はもう少し動いていたいって明坂あけさか君から希望はあったんだけど、さすがに医師から待ったがかかってね。その間、こがね市の土地神が不在同然だから応援も兼ねて夕緋と漆葉君に研修をしてもらう」


 安全運転をしながら篠宮が説明する。また知らない人間ヒトの名前。


「その話は置いといて……なんで俺がこいつのお守りについてかないといけないんすかね」


 かるーく白神の頬を引っ張ると、少女がこちらの頬を引っ張り返す。


「む……! お守りしてるのは私の方ですよ漆葉さん!」

「ハッハッハ、仲が良くて何より!」


 全く良くはないが。


「今回の研修では現在の活動と同様に妖魔との戦闘が想定されているので、従者も最低一人は同行してもらう必要があります」


 事務的に教えてくれるのは運転する篠宮の隣にいる『秘書』さんである。名前は知らない。とにかく秘書らしい。

 今の説明を聞く限り、まだこの人間達にも土地神とは言ってないのか。ナイス支部長。


「……ん? それじゃ碧海市がヤバくね?」


 俺と白神いなくなるじゃねぇか。


「……あ」


 ようやく白神も気づく。


「大丈夫さ。その為に涼香君と殻装キャラペイサーを本部に戻してないんだからね」


 なるほど。なんなら土地神の代わりに殻装を置いておけば白神も自由に動けるわけか。


「そ、そんなことだろうと思った! 漆葉さんが慌てるから釣られちゃったじゃないですか」


 嘘つけ。

 ……なんて話している間にこがね市、市民病院へ到着。先にこがね市土地神へ顔合わせだそうな。


「研修ではあるけど、事実上臨時で土地神業務の引き継ぎだからね……じゃあ行こうか」


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