chapter 3 研修に行こう

Chapter 3-1(1)プロローグ 



 恒例のことだが、俺・漆葉境うるはけいは人間ではなくその敵、妖魔ようまである。そこんとこ勘違いしないように、よろしく。碧海市の土地神とちがみでもあるんだが……それは重要ではない。



 と、今回前置きは手短に。そんなことを呑気に考えていられない今日この頃。



「いい加減本体に戻ったらどうだ、漆葉──いや、黒蜥蜴くろとかげ


 低音の透き通る声の主が胸に刃を向ける。


「やだねぇ………思い込みだけでそんなもん振り回すなんて。本当に土地神の偉い人なの?」

「黙れ──朝緋を殺した妖魔が………何年間本物のお前を追い続けたと思っている!」


 感情を剥き出しにする青年には、もう何を言っても無駄らしい。


「今、その正体を暴いてやる」


 胸を抉る金属は、わりと冷たかった。

 擬態が生命機能を停止し、元の姿に戻る。


 あぁ………見られちまった。


「ようやく……ようやく会えたな────黒蜥蜴!」

「■■■■■■■■■■■」


 誰であろうと、邪魔する奴は排除する。

 根底は、昔から何も変わらない。


 それがたとえ、白神あいつにとって兄同然の存在でも。



 ◇ ◇ ◇

 

 

 話は少し前に遡る。

 『偽黒蜥蜴事件(chapter1)』、『特定妖魔・サル暴動事件(chapter2)』の二つに対処、解決した後。


 支部長に土地神だとバレた。


『いやぁ申し訳ない! この前漆葉君が娘を治した力について、報告書をまとめてた榊君から相談があってね、つい!』


 とは桧室博士の談。やりやがった。

 ……まぁ従者で隠し通すのも限界はあったし。ここまでは想定内としておく。

 ……むしろバレなかった方が不思議ではある。


「…………………」

「あ………あはは……綾ちゃん、顔怖いよ」

「……」


 碧海市環境省妖魔対策課支部長室。

 最近は胃薬でも飲んで鉄面皮を保つ碧海市支部長、さかきあやは額に青筋を立てて目を閉じていた。 呼ばれた白神は、支部長が俺の代わりに書いた報告書を見せられ今まさに冷や汗を滝のように流していた。


 俺? 俺はそんな白神を見て楽しんでいる真っ只中である。


「漆葉君、君には夕緋のことを支えてくれるようにお願いしていたけど……まさかあなたが支えられる側とはね……」


 怒りながら笑う人間はホントに不思議な生き物に見える。


「ち、違うの綾ちゃ──」

「夕緋? ここは対策課の中でしょう?」

「は………はい支部長」


 これだけあわあわと焦っている白神は面白い。


「それに、どういう事……夕緋……あなた土地神ではなかったの?」

「え? えぇ……まぁ……はい」

「むしろそのことが一番驚きだわ。殻装キャラペイサーをつけていたとはいえ……いいえ、つけてない時があっても特定妖魔と互角だったなんて」

「土地神を名乗ってたのは家の事情と──仙兄ぃに頼んでそうしてもらったんです!」


 ……せんにぃ?


「……やっぱり、統括が絡んでたのね」


 次第に支部長の青筋が少なくなっていき、元通りの平静に落ち着く。


「……結構。ひとまずこの件については預かります。職員にも事実は伝えていませんし、二人とも他言無用するように。それと、近日中に土地神の研修会があるのでメールに目を通しておいて。では、下がりなさい」

「は、はい……」

「了〜解」


 静かに部屋を後にし、しばらく廊下を歩いたところで、白神がどはぁっと我慢していた分息を吐き出した。


「こ、こわかった……あんな綾ちゃん、久々に見たぁ………」

「大袈裟な…………心配してるからあれだけ怒ってたんだろ」

「うぅぅ! 漆葉さんが正体を隠すからですよ!」


 ぽこぽこと胸元にグーで殴られる。いつもならもっと腰の入った正拳突きがくるところだが、どうやら本気で焦っていたらしい。


「お前にとっても都合が良かっただろう? 白神家としては、自分達から土地神出してないと面子立たないだろうし」

「それは……そうですけど」

「そもそも、統括……? に頼んで土地神の仕事やってたんだろ? いざって時の代わりとはいえ、頼まれたとしても高校生にやらせるか普通」


 たびたび話に出てくる統括とやらが何者かは知らんが…………碧海市の土地神に関わる人間なんだろう。


「大体、統括って誰なんだよ。せんにぃとか言ってたけど」

「あ、そっか。漆葉さんは会ったことないですもんね」


 白神による聞きなれない呼び方に若干戸惑っている。よほど仲の良い人物なのか。興味もないから別にいいんだがな。


「仙兄ぃ────篠宮仙しのみやせんは、お姉ちゃんの元許嫁です」


 先代の因縁は、どこまでも俺について回るらしい。


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