幕間

統括土地神の勤労



 某県・政令指定都市。環境省妖魔対策課庁内、『統括土地神 執務室』。


「………………ふぅ」


 市内で発生したある組織の妖魔達が何者かに惨殺された事件を収拾した後、各市から送られてきた妖魔に関する報告書に一通り目を通していた。一旦パソコンの画面から目線を逸らし、天井を仰ぐと、眉間に疲労がどっと押し寄せる。最近土地神を襲撃する無謀な妖魔が増えているらしいが、各市の土地神は割と頑張って対応している。


 …………ある市を除いて。


「えっと……………特定妖魔サルを討伐か……やるな夕緋………被害は……あ」


 対策課職員、市民を含めても被害が多い。さすがは妖魔のホットスポットと言える。本部から来た桧室博士の殻装キャラペイサーも役に立ったようだ。本来力のある土地神には必要ないと思うんだが………夕緋あのこには必要だろう。

 しかし敵に奪われるのは要注意だ。全面普及はまだ先だろう。


「にしても…………困ったものだね」


 つい声に出てしまったが、内心嬉しさを隠せない。あの子が、『彼女』の高みまで近づこうとしていることに。先の偽黒蜥蜴事件の解決も含め、しっかり成長しているようだ。

 それでも、あの子では『彼女』に到達することはない………土地神ではないのだから。


「ん…………?」


 碧海市対策課支部長の報告書とは別に、桧室博士から殻装の報告も映像付きで届いていた。ただし、目に留まったのは鎧ではなく……

 

 映っていたのは懐かしい彼女の得物を振るう青年の姿があった。


「──────ッ!」


 取り立てて特徴のない銀色の刃は桜色に染まり、向かってくる妖魔へ斬撃の閃光を飛ばし消滅させていた。


「これは………」


 前の事件では映像記録がなかったから分からなかったが、間違いない。朝緋の……土地神の力だ。


「確か彼は──」


 急いでパソコンの中にある『碧海市』ファイルから職員のデータを漁る。


 名前は……漆葉境うるはけい

 送られてきている写真データを開く。ぱっと見は容姿こそ整っているが、眠そうなやる気のない目はとても妖魔と戦う意気のある人物には見えない。志望理由は……単位取得の代替として課外活動………? なんだ、この内容は……


「なぜ……彼女の力を………?」


 このところ碧海市の近況確認をおろそかにしていたせいか、さっぱりわからない。報告書を精読してみると、どうやら彼は従者らしい。

 偽黒蜥蜴事件でも活躍を見せていたというが、具体的な記載はない。


「違う……この力が従者のモノの筈がない……」


 そう。これは朝緋かのじょの力。

 本物の黒蜥蜴に奪われた……朝緋の力だ。


 最近は他県でも奴を真似た偽物が出ていたから敢えて探すのをやめていたが………

 博士の娘である桧室涼香の駆る殻装が、黒蜥蜴へ射撃・爆撃を行う映像も添付されていた。なら、人間の兵器で仕留められる。だが、この個体へまともにダメージを与えているのは、朝緋の得物を扱う夕緋の攻撃のみだ。


 確信ではない。でも明らかに他の偽物ソレとは異なる。

 そして、この漆葉境という男の力…………


「確かめる必要がある……………」


 デスクの携帯を手に取り、碧海市支部長の綾へ繋ぐ。

 前に声を聴いたのはいつだったか……もう覚えていないけど。


「あぁ、綾君か、久しぶり………ちょっと確認したいことがあるんだけどいいかな?」


 ちょうどいい……夕緋の成長度合いを測るいい機会だ。


「しばらく会ってない、義妹いもうとの働きぶりが気になってね………うん、あぁ………じゃあ、予定通りに研修をしようか」


 よろしく、と一言添えて綾との通話を終えると、タイミング良く、部屋の扉がノックされる。返事をすると、秘書が静かに入室する。


篠宮しのみやさん、そろそろお時間です」

「あぁ、そうだったね……」


 デスクに置かれた写真立てに視線を落とす。今よりも若い自分と朝緋、そして幼い夕緋の3人が笑って映る姿。本当なら、成長した姿でもう一度撮っていたかもしれない。


 ゆっくりと、その写真立てを伏せる。

 あの日、白神家の誰が土地神の代わりになるか揉めた時、あの子は涙で潤ませながらまっすぐな瞳で言った。


『必ずお姉ちゃんみたいな土地神になるから────だからせんにぃ! お願いします!』


 結局まともに戦えるのが夕緋しかいなかったからあの子になったが、果たして……


 いずれ様子を見に戻るのが少し早くなっただけだ。


「どれくらい強くなったかなぁ……夕緋」


 僕から一本取れるくらいには強くなったかな?


「それに…………」


 漆葉境……君が一体何者なのか、確かめようじゃないか。


「じゃあ、行こうか!」

「はい、今日はこの後────」


 部屋を後にし、統括としての現場仕事に戻る。いつも通り、秘書が淡々と今日の業務内容を読み上げていく。それでも、掴んだ情報でわずかに口元が緩む。


「………篠宮さん?」


 不思議そうに秘書が僕の顔を覗き込む。


「あぁ、ごめんごめん。ちょっと……ね」

 

 夕緋には悪いけど、もし本物の黒蜥蜴を見つけたら────

 朝緋の仇は、僕が討つ。


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