2-4(6)あとしまつと分身




「ねぇ! 黒蜥蜴さん、手合わせしない? しようよ! ね!」


 溌剌とした声で、朝緋あいつは刀を見せびらかす。


『 嫌 』


 河原に置いていたホワイトボードに殴り書くと、少女はむすっと頬を膨らませる。

 川に浸かっている時を狙って、少女はよくちょっかいをかけに来ていた。


「もーいいでしょ! ね、一回だけ! 一回だけでいいから!」

『 いま忙しい 』


 身に浴びた夥しい量の血液を洗い流しているというのに、妖魔の姿など関係なしと言わんばかりに少女はねだる。


 川の周囲に、血液の器だった妖魔が何十体も躯と化していても。



 ◇ ◇ ◇



 あの時から、何も変わっちゃいない。鮮血に塗れた床がそう言った気がした。


 雨天、某県政令指定都市。とあるビルの、会議室。

 猿山の遺体からスマホを手に入れ、碧海市にある奴の会社『sape』に向かったものの、既にもぬけの殻だった。どうやら猿山一人で運営していたらしく、もう消滅したと言って良いようだった。

 仕方ないので、狙いを変え猿山が所属していた『組織』とやらの支部の場所が特定を両親に頼み、早速出向いたわけだ。


 もちろん、妖魔の姿で。……要は『掃除』である。


「………■■■■」

「よ、よせ! 猿山の行為についてはッ──グぇっ!」


 軽く薙ぐだけで妖魔達の肉が抉れていく。どいつもこいつも骨が入っているのか疑うほどの柔らかさだった。


 周囲を見渡す。

 中心に置かれた円卓状のテーブルを囲うように座していた妖魔どもは床に血だまりを描いてうなだれている。勿論顔を上げることは、もうない。一人だけ残した組織の構成員は、顔だけ妖魔の本体……ヒヒの顔に戻っていた。


「や、やめろ! 貴様、黒蜥蜴だな! 我々組織に手を出して──」


 映画に出てくる三下のようなセリフを言うなよ。

 なんてことはない。いつも通りに、対峙する妖魔の内臓を貫いて引き摺り出し処理する。


「ぁ……ぐ……」


 やはり本来の姿が楽である。

『明るさ』の消えていく妖魔を前に、ほっと一息。


(あ、やべ……全員やっちまった)


 おつかいの八割は達成したが肝心なことが抜けてたな……どうしよ。


「……………………」


 ふと、室内の机に置いてある何かの資料に視線が移る。内容に関して読む気にはならないが、裏返すとまっさらな面が現れる。


 まぁ……誰か見つけるだろ。

 机のボールペンを手に取り、白紙に走らせる。


『これ以上来るな  碧海市 黒蜥蜴 』


 うーん……なんかイマイチだなぁ……もっとこう、詳細に……あ、名前はこれでいいのか? でも本名はなぁ…………

 呑気に置手紙の内容を考えていると、背後の扉が荒々しく開けられた。入ってきた奴らはスーツこそ来ているものの、顔は肉食獣などの動物のソレだった。


「お、お前────黒蜥蜴ッ!」


 ここにいた妖魔達の仲間だろうか………どうでもいいか。


(さ、帰るか)


 ビルの窓ガラスをぶち破り、一気に地上へ降りる。周囲に通行人はいない。前にはおあつらえ向きに、路肩にはバンがエンジンを付けたまま停車している。


「はやく、乗って乗って!」


 後部座席が開くと、母・漆葉静が手を振り招く。地面を蹴り上げ、低空を飛びながら車へダイブ。


「よし、乗ったね! 出発!」


 運転席の父・漆葉紳がアクセルを踏み帰路へ走り始める。


「時間通り、きっちり1分! さすが我が息子だ」

「うんうん、お疲れさま境くん」


 バン後部、黒蜥蜴用に設置された大きめのシートに身を預ける。今は口が聴けないから、ホワイトボードに返答を殴り書く。


『助かった ありがとう』


 獣の息のように、唸りながら息を吐く。もう一言書きたかったが、馬鹿馬鹿しくて各気にもならない。


 二人とも、俺の見た目を真似て擬態しているのだ。

 それは別として、わざわざ市外へ遠征に来たのは……これからの事を考えての事である。



 ◇ ◇ ◇



「碧海市への妖魔侵入を止める?」


 机に置かれた、猿山からぶんどったスマホを眺める。同じものを見ながら、俺の見た目を真似ている父が俺の発言を繰り返した。似てはいるが、父の方がややキリっとしている。


「……止めるっつーか、まぁそんな感じ。牽制、かな?」


 猿山を始末してから翌日。胸に穴の空いた妖魔が発見され、サルの分身が残っていたという体で発表がなされた。


「この擬態からだの中にある力は、まだ完璧に俺のモノになってるわけじゃない。完全に理解するにしても、前の事件も含めて今回みたく邪魔されると面倒だしな」

「そうねぇ…………なにかの拍子に本体に戻っても大変だし………」


 俺の見た目に擬態した母は背後に佇む黒蜥蜴の頭を撫でる。完全に俺の見た目……というわけではなく、今回は母七割対俺三割くらいの外見になっていた。


「あんま触んないでくれる? まだ慣れないんだから……つーか二人とも、そんな遊び感覚で擬態していいのかよ。おかしくなっても知らねぇぞ」


 普通に心配なんだが………あんまり下手な真似はやめてほしいなぁ。

 視界の左半分には、母と対面する映像が出力されており、いつにもまして嬉しそうに笑っている。


「おや………自分の子供の為ならパパたちはいつでも別人に擬態するよ……ま! 今は楽しいから真似してるんだけどね!」

「そうそう! こうして境くんも二人になれて、家族が増えたみたい!」


 みたいというか………実際に増えているんだが……


 猿山を処理した直後から、分身が現れた。勝手に出た。


 心臓を喰らったわけでもないのに、猿山が奪ったであろう土地神の力──分身能力──が強制的に発動していたのだ。今日になっても、分身擬態おれは消えない。


 ……心臓を奪って砕いた時点で剥奪したと考えれば、取ったことに変わりはないか。


「さらに不思議なのは分身と自覚している擬態キミにも意識があるけど……例の妖魔とは仕様が違うみたいだね」


 猿山の分身──サル──は一個体ずつ意識があり本人とも性格や言動が大きく異なることもあり、基本操作は自動オート


 俺の場合は、どちらも手動操作マニュアルなのだ。だからまだ、座している分身で机のティーカップを取ろうとすると後ろの黒蜥蜴くんも右手が動く。


「一心同体ねぇ」

「手抜き仕様すぎるぞ、これ!」


 別行動どころか一緒にいなくてはダメなレベル。


「それはこれから慣れるしかないだろうねぇ」


 本体、分身ともども深ーく、ため息を吐いた。


「境くんが自発的に何かをしたいなら、手伝わないわけにはいかないね、ママ!」

「そうね! さっそく準備しなくちゃ!」


 こうして、『組織』への殴り込みが決定したのである。



 ◇ ◇ ◇



「まさか片方の操作が停止できるとはね」

「でも大丈夫なの? 今、夕緋ちゃん達と出かけてるんでしょう?」

『問題ないよ あっちに行くから このオレのことよろしく』


 ホワイトボードへ雑に書き記して母親に見せ、会話を切り上げる。


 瞳を閉じると車の駆動音が消失し、黒蜥蜴・漆葉境の意識が途切れる。


 暗闇で鼻腔が甘い焼き菓子の匂いで刺激される。

 ゆっくりと目を開けると、碧海市『ドゥ』店内にいた。体は擬態……でこっちが分身である。だが俺も漆葉境であることには変わりない。


「いやいやぁ! 今回の殻装運用テストは大成功、黒蜥蜴を仕留められなかったのは残念だけど嬉しいよ! お! このケーキも美味しいねぇ漆葉クン!」


 桧室博士に声をかけられ、自然に合わせる。


「そうでしょう!? やっぱ博士はわかる人ですわぁ…………それに引き換えお前達ときたら……」


 碧海市では事件がほぼ収束に向かっているので、とりあえず『ドゥ』に白神と、桧室親子の三人と一緒に来たのだ。

 白神との約束を守ってもらう為に来てもらったんだが…………


「い、いつ食べても、慣れない……」

「と、糖分過剰です………」


 砂糖の塊とも揶揄される店自慢のケーキに二人とも撃沈していた。


「だらしねぇなぁ」


 事件の後、涼香の全身が調べられたが体内外どちらも異常なしと結果が出た。むしろ碧海市へ来るよりも調子が良いとか。正式に碧海市へ配属されるかはまだ未定だが、一旦は白神と量産型の殻装キャラペイサーを使う職員への指導も兼ねて碧海市に滞在となった。


「漆葉クンには娘を助けてもらって本当に感謝してるよ!」


 死なれると余計に働かないといけないのが嫌なだけだったんだが……ま、言うまい。


「でも妙なんだよねぇ!」

「ん、何がっすか?」

「土地神に自己治癒能力の強化があるのは有名だけど、他人を治せるなんて力は見たことなかったからねぇ」

「え……?」


 菓子を取る手が止まってしまう。


「……なんで博士知ってんすか」

「ハハハ! あれを見て従者の力なんて考える方が変だよ! まさか漆葉クンが──」

「博士! シッー、シーッ!」


 鼻に指を立てて博士を黙らせる。


「おや? やっぱり立て込んだ事情が?」

「…………ま、色々と」


 糖分にノックダウンされている少女達を眺めながら、短く返す。


「それは…………彼女にとっても辛い道じゃないかな?」

「んなもん……お互い様でしょうに」


 いくら妖魔と戦うドレスを着飾らせても、あんたのやってることは俺と対して変わんねぇよ。


「ハハハ! 痛いトコ突かれたな! 本当は土地神の能力を引き継がせたかったけど家内が許してくれなくてね」

「……奥さん、よく涼香のこと許しましたね」

「どうしても妖魔と戦う人たちの役に立ちたいって聞かなくてねぇ……娘を守る為に、開発にも昔以上に必死になったよ……娘の為なら、なりふり構わずなんでもできるさ!」


 それで死にかけたんだから、因果なモノである。

 しかし………妖魔でもヒトでも、親は親か。


「白神クンは殻装の大事なモニターでもある! 彼女に何かあってはいけないよ?」

「研究熱心なこって……大丈夫、わかってますよ」


 朝緋あいつに、来栖達にも頼まれてるし……博士にも頼まれたんなら、復讐させるまでは生かさないとな。


「ハハハ! うちの娘も、いずれキミの従者になるかもね。その時はよろしく頼むよ、土地神クン!」

「は、はぁ……」


 甘味に潰れている二人の少女達を一瞥すると、どちらも天井を見上げて放心していた。この二人をよろしくされてもなぁ………

 ……なんだか意図せず妙なものまで背負い込んでしまった気がするが。


 ま────いっか。

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