2-4(5)黒蜥蜴の残業 ②
特定妖魔サル──猿山キンジ──を撃破し、市内の収拾作業がひと段落ついた頃には夜を迎えていた。所属職員の疲弊も著しく、隣接の市から応援を呼んでも完全に元通りにするのはまだ数日かかりそうだ。
「あー、だる」
街の収拾後、一人ひすい公園に戻りサルが捨てていたであろう周辺に残されていたゴミの回収に勤しんでいた。戦闘の中心部であったここは、未だ焦げ臭い匂いが鼻を刺激する。
『漆葉さん…………それは別に明日でもいいんじゃ……』
白神にはそんな風に言われたが、あの後からまた放置されたゴミを見ていると得体のしれない吐き気がじわじわとこみ上げているのだ。いつ妖魔に戻ってしまうかもしれない状態なんぞ安心できんのだ。
そんな白神には念の為、涼香と一緒に支部へ戻ってもらい、治療を優先させた。
……まぁあの
そんなことは置いといて。
「えっと……空き缶、吸い殻、新聞紙〜、バナナの皮に……りんごの芯? おまけにミント取り放題〜」
殻装の銃撃を免れたミントは未だ生い茂っている。何とか処理の方法を考えないとな。引っこ抜くだけじゃ芸がないし。
……しかし、今回は相手からわざわざ出張ってきてくれたおかげで助かったが、初手で
「アホくさ…………」
花壇を見やる。花も雑草も関係なく萎んで……というかほぼ荒れ放題になってしまっている。再びもう一度やり直さないとな……そんなにやりたくもねぇけど。
街でもまだサルの植えたミントが残っており、明日からはその除草作業に追われる予定だ。
ともかく、とりあえず脅威は排除できたわけだがいくつか謎が残る。
「あ……そういや、あいつの持ってた土地神の力ってどうなったんだろ?」
うっかり報告するの忘れてたな。明日にでもサルの検体を調べるときに言っとくか。
「まだまだ力は健在ですよォ────ハイ!」
「んぁ?」
聞き飽きた声が背後からやって来る。振り返った先にはサル──もとい猿山が擬態の姿で立っていた。その体は擬態にも関わらず今までのどの個体よりも『明るい』。
「はぁ………昼に出番は終わっただろ」
「いえいえ、真打登場というところです! 昼間のアレもまた私の分身でして……まぁ分身と見破られないため力の3割ほどを使いましたがねぇ、体も残っていたでしょう?」
あ………そうか。
来栖達の時は、ぶった斬ったら本体から擬態になってたのにサルは本体のままくたばったな。
「………じゃあ何か………昼は本気じゃなかったと?」
負け惜しみなのか、言い訳なのか知らんがもっと全力でかかっていればマジでヤバかったのでは?
「保険を掛けておくのは常套手段! 不確定要素に対して全てのカードを晒すのは悪手!」
猿山はメガネのブリッジをクイっと上げる。
「その要素があなた! 土地神・漆葉境! 従者と偽っていたとは驚きでしたよ、ハイ」
指差して来る同族を他所に、パンパンになったゴミ袋を縛る。
「田舎とはいえやはり碧海市・土地神の力は別格! あなたのようなどこの馬の骨ともしれない存在でも! 私の分身とはいえ3割の力を持ってしてもこの
……単に力をケチりすぎなんじゃないのか?
「まぁリスクマネジメントをしておいて正解でしたねぇ。こうしてあなたから奪えるんですから!」
「ま、なんでもいいけど……あ、そうだ。ひとつ聞いていいか?」
話の流れをぶった切り、余裕の態度を見せる猿山に問う。
「どうぞ?」
「先にここへ送った来栖達にさ、何で黒蜥蜴の真似させてたわけ? 自分が持つ姿以外に擬態させたら色々おかしくなるだろ?」
単純な興味だった。
純粋な質問に対して、猿山はクスクスと嘲笑する。
「単純な話です……あの化け物の姿を見せるだけで人間は煽れますからねェ! それに、自分を見失った妖魔が廃人になる様はとても面白いですよォッ!」
「………悪趣味だなぁ」
あと俺は化け物じゃねぇよ。
「それで結構! どうせ来栖兄妹は目的達成後に始末するつもりでしたから! ……さて、ではお別れですよォッ!」
視界から消えた猿山。奴の『明るさ』の行先は月明かり照らす上空。既に妖魔──サルと変わり、跳びこちらへ迫っていた。
「その力、頂きますゥッ────」
本気の猿山がどんな実力か……今となってはそれを知る術はないし、知る気もない。
『あとは──キミに任せる────』
朝緋の遺した言葉は、依然呪いのように付き纏う。
だが、俺は……俺の邪魔をする奴を救う気はない。というより、こいつは救わない。
全ての生命を救う。
そんなものは、ただの
呼吸は深く、瞬きは静かに。
俺は、在るべき姿へ還る。
「
人語ではないモノを吐き捨て、猿山渾身の貫手を胸の中心で受け止める。ご自慢の爪は鋼の鱗に阻まれ砕け散った。
「な゛……な゛、に゛ィッ⁉」
こっからは出し惜しみなしの後片付けだ。
中空に浮いたままのサルを右手で地面へ叩きつける。頭部は凹み、公園のタイルにめり込む。適当に放り投げると、奴は受け身も取れずに転がっていった。
「
この姿でも、奴の『明るさ』がわかる。煌々と光っていた灯火は、ゆらゆらと揺らめく。その光はまだ消えていない。
ダメか、やっぱ頭を潰さないと。
「キ、キヒ、ヒャヒャ! 予想外でしたが、まさか私の他にも完璧に土地神の能力と適合している同胞がいたとは!」
ゲラゲラと笑うサルが闇夜にひとりふたり……芸のない分身が生み出された。取り囲むように、数十体。
「ですが関係ありませんねェ! 見たところその醜い姿では土地神の能力を使えない様子! あなたに多くの妖魔が屠られたと聞いていますが、過去の情報など無意味ィッ────イ゛ッ!」
勝ち誇った高笑いが、ピタリと止まる。奴の胸部にある灯火が大小形を変え揺らめく。
「なん、だッ──これ、はァッ──!」
サル自慢の分身は不細工に顔を歪めて悲鳴をあげる。その様は俺を囲って踊っているようにも見える。
最初から疑問はあった。
俺自身、何も知らないまま歪な継承をしたからなのか……『強制返戻』なんて無茶苦茶に四苦八苦しているわけで。
分身とやらが土地神の
貢献の足りなかった俺が今回どう戦ったか? 寿命を使ったんだ。5%だぞ。それが俺にあって、こいつに無いわけない。
苦悶の表情を浮かべるサルは、口から泡を吹き始める。
「ぐ、ぐグェエエギ……まだ、だ、まだ……私をコキ使ってきた上の奴らを、今度は私が、利用するのだ────だからまだッ!」
蝋燭の残火のように、サルに灯る光が膨れ上がる。四肢の筋肉が隆起し再度襲い掛かる。
「野望は、これからなのだァッ」
「
顔の穴という穴から赤い体液を漏らしながら、サルは俺の心臓へ手を伸ばした。堅牢な鱗はびくともせず、逆に直立しているだけでサルの手をへし折った。
「グィェ、まだ……奴らの上に……」
人間と戦うならまずは妖魔同士手を取らないと無理だろうに……ま、俺には関係ないけどな。こんなのばかりだから、妖魔は人間に負けたんだろうよ……アホくさ。
右腕を後ろへ引き、構える。
刹那、突き出した右手はサルの──心の臓を貫き、抉り出した。
「ァ……ァア……いや、だ……それは、私の
闇から引き抜いた
(…………)
どんな奴であれ、命は『明るく』、その終わりまで輝き続ける。
なら
あの時の
掌の赤い命の源は、ほんの僅かに握りしめると、風船のように弾け飛んだ。
胸にぽっかりと穴の空いた妖魔は、こちらへ手を伸ばしたままその命を終えた。
握っていた光はガラスが割れるように四散し、俺の体を包む。
なにか起きるかと身構えたものの、なにか変わった様子はない。
(さてと、帰るかな)
「さてと、帰るかな」
……あ?
……あ?
右に、並び立つように
左に、並び立つように
向かい合うように、俺がいる。
((えぇ────))
超常現象に、思考が置き去りにされた。
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