2-4(3)碧海サル殻合戦 ③



「────ッ!」


 一撃を入れた後のサルの攻勢は苛烈を極めた。擬態にんげん状態史上稀に見る死闘である。

 土地神の力による一閃も数センチの誤差で回避されているが、掠めた閃光がサルの毛先を焦がす。


「大振りだけで勝てるほど甘くないですよォッ、ハイ!」


 ひたすらに充填される生命力を膂力へ、そして脚に回して高速で駆ける。筋肉が悲鳴を上げ、限界を超え裂ける度に瞬時に修復する。


「ラァッァ──!」


 1メートルでも距離が空けば、得物を振り回して斬撃を飛ばす。

 素人だろうが妖魔だろうが、この際なりふり構っていられる状況じゃない!


「ヒャヒャヒャ、変わった従者ですねェ、でも──」


 サルは必要最小限の身動きだけで斬撃を避け、こちらの間合いに詰め寄る。


「あなたでは役者不足ですゥッ──」


 的確に、急所を狙う爪へ応じる様に左の拳を放つ。皮膚が裂け、骨と爪が衝突する。飛び散る血を他所に、膂力で突き上げる。


「────ラぁッ!」


 捨て身の様と受け取ったのか、サルは一度後退する。


「先程までとは動きがちがいますねェ──あなた、痛みがないんですかァ?」

「痛ぇにきまってんだろ、我慢してんだ我慢」


 滴る血を振り払い、傷を修復する。


「んゥ〜、2分もあれば十分かと思いましたが……これではスケジュールの変更が必要ですねェ」


 と、背後から威勢の良い威嚇の叫びがやってくる。ちらっと振り返ると量産型の白い殻装を着込んだ職員たちがようやく来たようだ。7人くらいか?

 あいつらがいないってことは、二人とは入れ違いか?


「土地神様と桧室のお嬢ちゃんはあっちに着いた! もう少しだけ耐えるぞ、漆葉!」


 まだ時間掛かるのか…………


「おやまぁ……ある程度頂戴しましたが、まだあのガラクタを身につけている方がいましたか……では──」


 サルがフィンガースナップで大きく音を立てると、奴の体からぬるっともう一体のサルが現れる。『明るさ』こそ大元である猿山より小さいが、それでも普通の人間には手に余る相手だ。


「追加の観客ギャラリーには分身で十分でしょう」

「そうですねェ!」


 サルから生えてきた分身のサルがさらに分裂する。広場で合流するよりも前に、サルの分身たちが職員へ襲い掛かる。


「どれだけ装備を整えようが、守りを固めようが、強力な個の前には無意味!」

「はっ、言ってろ────!」


 殻装も銃も持っている──ならあとは人間たちを信じるしかない。


「観客用に力を割いたから勝てるとお思いですか! 単純ですねェ!」

「やかま――しぃッ!」


 いざ、混戦の間に間合いを詰める刹那、


『────緊急充填の上限に達したので、生命力の充填を停止します。なお、使用した生命力は土地神の寿命から補給しました──』


 え?


 急速に重力に引っ張られる。傷の修復で力を使い果たし、『桜の命』は元の鈍い銀色に戻ってしまった。


「あっ────?」


 間抜けな隙を、サルは見逃してくれなかった。


「ざぁんねんでしたァッ!」


 顔面を掴まれ、強靭な腕力で投げ飛ばされる。乱戦の中にある、花壇の土まで転がった。


「ぐっ……マジ、かよ」


 肝心なところでガス欠なのか! 


「おいなまくら! いくらでも吸い取っていいからさっさと力を寄越せ!」



『すでに供給上限である寿命の5パーセントを補給しています。即時充填希望の場合には、外部からの補給のみ可能です』



 燦然と輝いていた刀身は銀色のまま答える。

 なんだ、なんなんだこの刀は。

 力を貸したり突然貸さなくなったり──しかも寿命の5パーセント? 冗談じゃない! 黒蜥蜴もとなら最初からある機能に人生の5パーも払わせるなんていい度胸だ!


「ヒヒヒヒヒヒャ! 所詮従者でしたねェ、粋がって乱用するからバテるんですよォッ!」


 背中をサルの革靴が踏みつける。背骨が軋み、肺は潰され、溜め込んでいた酸素を残さず吐き出される。


「かっ……は……」


 膂力で押し返すことも、傷を治すことももうできない。

 見上げると、周囲の職員もサルの分身に苦戦している。


殻装キャラペイサー……でしたか? あんなモノをつけていても我々の種族に勝てるわけではないんですよ!」


 背中からの圧はさらに高まり、じわりと身体が潰されていく。


「そういえば昔にもいましたねェ、あの防具のように不細工な装備をつけた土地神が…………当時は上司の付き添いだったので見ているだけでしたが、無様に負けてましたねェッ!」


 追い打ちをかける様に、うつ伏せの体を蹴り上げられ再び転がされる。


「ッハ…………や、やべ…………」


 このままだとマジで戻ってしまう……それはだめだ。こんなところで本性を明かすわけにはいかない!


『充填残量0パーセント──即時充填希望の場合には、外部からの補給を行ってください』


 繰り返される刀からの宣告は非情だった。

 転がった先でも土を食わされ、生い茂るミントに囲まれた。


「良い品種でしょう? あなたがチマチマと育てていた花を全て枯らし尽くすために用意したモノですよ、ハイ! 残念でしたねェ!」


 無数のミントの影に、植えたはずの花が萎んで静かに佇んでいた。


(あー……やべぇな)


 アホくさ、と考える余裕すら失せている。白神と涼香が来るまで、あと何分だ? それまで俺は、擬態おれでいられるのか?


「さァさァ、邪魔な従者にはご退場してもらいますかねェ」


 余裕の態度で、サルはまたタバコに火を灯す。一気に吸い上げ、残骸をこちらへ放る。


 あーあ、まーた捨てやがった。

 でも拾わなくていいのか、意味ないらしいし。


 花の芽に宿る光が静かに、ゆっくりとミント達に吸われてゆく。花は『明るさ』を失い、生い茂る香草達は自らの『明るさ』を増長させる。


 あぁ…………もうすぐ開花だったのに。


 強制返戻を防ぐ為の策だったとはいえ、少しは楽しみだったんだがな。



 全部、無意味だった。








 …………いや──違うか。


「……アホくさ」


 自分の馬鹿さ加減に苦笑してしまう。


 意味は……ある。


 ぽっと出の妖魔なんぞに否定されてたまるか。ミントに花の命が奪われても、構いやしない。


「次は──必ず咲かせてやるさ」


 だから今は、土地に還れ。


「────ん?」


 命が奪われた……? 考えろ…………サルに植えられたミントは花の『明るさ』を吸収した……奪ったんだ。


「………………ッ!」


 眼前に広がる緑は、逞しく天へ伸びる。煌々と──輝く。

 ならその『明るさ』は──命は、俺が奪う。


「くッ、ンのォ────」


 妖魔の植えた草を、根ごと引き抜く。


「ヒャヒャヒャヒャヒャ! なんですか、悪あがきに草むしりですか! 本当に、おもしろいですねぇ」


 どうせこのままだとこたえには辿り着けないんだ。なら、少しは賭けでもしてやる。


「────ッグっ!」


 葉から茎、そして根を一気に口へ突っ込み噛み砕く。飲み込んだ先から次のミントを抜き、さらに喰らう。


「こういう時、まともな味覚がないのは良かったのかもな」


 清涼感のある草と、土の匂いが口の中に充満している。一部始終を見ていたサルは、笑みを消していた。


「……なにをしました?」


『外部からの生命力補給を確認──充填します』


 刀を経由せず、取り込んだ『明るさ』は直接体を巡る。負傷は癒え、握った得物の刀身はくすんだ銀から桜色に染まる。


「草取りだよ、草取り」


 全身の痛みが、奪った生命力によって消えていく。


「奇妙ですねェ、さきほどから観察しているとどうも従者の範疇を越えていますよ……あなた、何者ですか?」

「散々自慢の分身で調べたんだろ? ただの大学生だよ」


 目下留年中だが。


「まァいいでしょう……死んでしまえば同じですからねぇ、ハイ!」

「──そうかよ!」


 迫るサルに斬撃を飛ばす。勿論回避されるが、分身が巻き添えを受けて数体消滅する。刀身の桜色が三割消失する。


「せっかくエネルギー補給できても当たらなければ意味ありませんよォ!」

「ッチ──!」


 生命力の供給が限られている以上、捨て身の攻撃はもう狙えない。さすがにその辺の雑草を食べながらこの妖魔サルの相手は無理だ。

 それでも混戦を駆けながら左手でミントを毟り取り、食む。


「キィエェ!」


 サル本人以外にも、どさくさに紛れて分身体が襲い掛かかってくる。


「邪魔だ!」


 距離を詰めてきたところを逆手に取り、懐へ踏み込み刀を心臓部へ突き立てる。『明るさ』の中心を貫いた刹那、刀は抑揚のない声で告げる。


『接触箇所に生命力の核を検知しました──土地神権限により生命力を吸収します』


「なんでもいい、やれ!」


 掛け声とともに、視認している分身サルの『明るさ』が、刀へ流れ込む。サルから奪った命が得物に取り込まれ、刀身は再び全体を染める。分身体は悲鳴をあげる間もなく霧散。


「これは────」


 れる……植物だろうが、妖魔だろうが。

 こんな力を…………朝緋あいつは俺に────


「そこまでの能力……やはり、やはりやはり! 素晴らしい、すばらしいですよォ!」

「あ……?」


 銃撃と妖魔の叫び声入り乱れる中、奴は手を叩いた。


「ヒャヒャヒャ! 変だと思ったんですよォ! 白神夕緋ではなかった! あなただったんですねェ、土地神はァッ!」


 真実にたどり着いたサルは、高笑いを決め込む。


「道理で来栖さん達と互角だったわけですねェ、そもそも彼女は土地神などではなかった! 面白い、こんなどこの誰ともわからないあなたに! 先代は実の妹を差し置いて! 力を託したんですか! 傑作ですねェ!」

 


 もしかしたら──朝緋あさひ白神あいつに、こんな妖魔達やつらと対峙させたくなかったのかもな。



 防御する間もなく、サルは俺の得物を握る右手を抑え、左手で胸を抉った。異物が身体へ入り込み、臓物を掴む。


「この心臓チカラ、頂きますよォッ!」


 引き抜こうとするサルの左手を、ゆっくりと掴む。刀から生命力を逆流させ、サルの手ごと、傷を修復させ固着させる。


「なッ────」

「武器を抑えて勝った気か?」


 空いていた自分の左手に力を回し、サルのスーツを貫き、胸を抉り返した。


「雑草植えた罰金と、ゴミ捨てた罰金──きっちり払えよ!」

 

『接触箇所に生命力の核を検知しました──土地神権限により生命力を吸収します』


 つい数十秒前と同じ台詞を刀が告げると、『明るい』サルの心臓部の光が、左腕を伝ってこちらへ流れてくる。


「グォ、オオォォォォ!」

「可燃ゴミ生ゴミタバコの吸い殻! アルミ缶にスチール缶、誰が拾ってると思ってんだこのエテ公!」

「ふ、ふざけるなァッ! なら奪われる前に、あなたの心臓を捥ぎ取ってやりますよッ!」


 俺の心臓こそ掴んでいるが、潰すことも引き抜くことも、サルにはできない。


「ハッ! やられる前に治してやるよ! お前の命でなぁ!」


 サルの『明るさ』がみるみるうちに明度を下げていく。だがやり手の妖魔、俺を蹴り飛ばしながら、その反動で俺の身体に埋まっていた手を無理矢理抜き出した。


「ハァ……ハァ……ハァ…………こんな戦い方……あなた、狂ってますよ」


 空いた穴をサルから奪った罰金いのちで修復する様を、サルは震えて見ていた。


「はぁ………うるせぇ……こんな面倒なモンを押し付けられてお前みたいな奴らと張り合えってんだぞ! おかしくならない方がおかしいんだよ」


 ……とはいえ、疲れた。取り立てた生命力でまだ動けそうだが、気力が失せた。


「ヒヒヒヒヒ……いいでしょう、ならお支払いした命の分は彼らに支払っていただきましょう!」


 力を削いでなお、サルはさらに分身を繰り返す。どれもまだまだ『明るい』。さらに公園奥の河原から殻装サルにゴリラ型の妖魔まで追加で現れる。まだ取られた装備を残してたのか。


「カードは最後まで隠しているものですよォ? 仮に負傷したとして、職員全員を治せますかねぇ? ヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 押し返される職員達を、ただ見ているしかなかった。ここで動けば、サル本人にこちらがやられる。


「結果は変わりません! あなたの敗けです、ハイ!」


『────お待たせしました、漆葉さん!』


 不意に、耳障りに感じるほど元気な少女の声が通信機に届く。


『白神夕緋、桧室涼香二名──現着します!』


 元来た道には、二人の人影があった。

 一方は蒼穹の鎧、もう一方は対となる真紅の鎧。合流するよりも前に、真紅の鎧から放たれる無数の銃弾がサルの分身へ直撃する。

 新たな殻装を見るや否や、サルの群れが二人へ押し寄せる────が、


「はぁぁぁぁぁぁっ──────」


 蒼穹の鎧は、サルの数を物ともせず自身と同じ蒼い両刃剣で薙ぎ払う。

 瞬く間に、追加で生み出されたサル達は消滅。二人を見て距離を取ったサル本人と入れ替わるように、二人の少女が着いた。


「おせぇよ…………あー疲れた」


 新装備に変わった二人の表情は兜で分からないが、とりあえず開口一番不満をぶつけてやる。


「安心してください漆葉さん! 後は、わたしと涼香さんで倒します!」

「漆葉境、あなたは後退してください」


 最初に会った時よりも、真紅の殻装はゴツくなっている……もうこりゃ鎧っつーより戦車だな。


「はいはい、任せますよーっと」


 白神へ、無造作に『桜の命』を渡し、サル本人とは反対へ歩き出す。


「じゃ、頼んだぞ土地神様」

「────はい!」


 と言いつつ……分身のサルに苦戦する職員の加勢へ走る。

 もうひと仕事くらいがんばりますか。

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