2-4(2)碧海サル殻合戦 ②
白神と涼香は左右から、俺は正面からサルへ仕掛けた──のだが、少女達の連撃直後、妖魔は絶妙な位置どりで俺の追撃をかわす。
「いっ──マジかよ」
攻撃直後の僅かな硬直を突かれ、額に掌底を受け吹っ飛ばされる。公園の砂利がおろし金よろしく頬を乱雑に撫でる。
「くぶっ!」
立ち上がった矢先、眼前に現れた眩い光がサルと察知。長く伸びた両腕が両側から槍のように迫る。回避する暇はない、死ななきゃ戻ることはないんだ、突っ込む!
「────ラァッァ!」
切っ先をサルの顎に向け、高められた膂力で突進。
「残念ゥッ!」
サルは顔を僅かに右へ傾け、数センチ間隔で刀を避ける。
「漆葉境、離れて!」
「──っと!」
お互いの攻撃が不発に終わった刹那に涼香の一声でまたサルに蹴飛ばされる。直後一発の発砲音が鳴るものの、手応えのある音はない。
「そこぉっ──!」
身を捻って銃弾をかわしたサルへ白神が詰める。袈裟斬りの軌道で振り下ろされた斬撃に対して、サルは刀身に触れていなすと一瞬の隙に後退した。
「んゥ〜、お嬢さんお二方は悪くない動きですが素人が一人混じるとチグハグですねぇ、ハイ」
俺のことか……ちょっと前までただの大学生だぞ……妖魔だけども。
「そんだけ強いなら分身なんて使わずに来りゃいいだろうに! 残業代でも稼いでんのか!」
「……なに、単に抹殺するだけならワケありませんがそれでは面白くないでしょう? 私の一芸を見た後に本当の実力を目の当たりにして絶望する人間の姿を見るのが……たまらなく好きなんですよ、ハイ」
性格悪っ……とういか、いやらしいな。
「……まぁそれは趣味として、実際なぜあなた方に部下が負けたのか……調査する必要がありましたからねぇ、分身を用いて測っていたんですよ」
「ペラペラと御託をっ────!」
蒼い殻装が再び挑みかかる。
「蓋を開ければお笑いでしたよ! ゴミを拾って? お花を育てて力を得る? あまりにおかしくて一日中笑いましたよ! そんなことで土地神の力が高められるわけがない!」
少女の斬撃はサルへ触れることすら叶わず反撃の掌底を受け、俺の傍へ退かされる。
……ダメなの、ゴミ拾い?
「人間用にガラクタを仕入れている様ですが、そこのお嬢さんの姿が物語っているでしょう! そんなもの無意味だと!」
サルが指差すのは脚部以外ほとんど生身の涼香。
「くっ────」
挑発に応じるように、少女は引き金を何度も引く。が、これも当たらない。
「この程度の人間に負けたのなら来栖さん達も大したことがなかったということ……早めに無能な部下を切れて感謝していますよ、ハイ!」
強い……助っ人である涼香を加えてもまるで通用していない。
なにか手はないか……
「無能…………違う、来栖さん達はそんなのじゃありません!」
「これは意外! 人類の敵である我々の存在を庇うのですか? 土地神様はお優しい」
「あなたに、あの二人の何がわかるんですか!」
「白神、止まれ!」
ったくこいつは………沸点が10℃くらいしかねぇのか。
「ここにいない奴について言い合いしてもしょうがねぇだろ」
「でも──!」
「二人とも、伏せて!」
頭に血が上った白神の頭に手を乗せ、身を屈める。直後、頭上をサルの爪が掠め涼香の放った銃弾が通り過ぎる。
一連の攻防に、サルは息一つ乱さず悠々とタバコをふかす。
……やばいな、かなり手強い。
頼みの綱である白神の太刀筋でも通用してないし、涼香の射撃でもまともに────
「…………あ」
そういえば、こいつ殻装ほぼつけてねぇな。
「おやァ、なにか打開策でも見つけましたか?」
大量の煙を吐き出して、余裕の態度でサルは問う。
「…………白神、涼香と一緒に少しだけ時間を稼いでくれ」
「どうしたんですか急に?」
「いいから、死なない程度に暴れてきてくれ!」
戸惑いつつも白神がサルへ仕掛け始めると、涼香も援護に回る。
と、狙っていたかのように耳につけていた通信機から連絡が入ってきた。
『漆葉クン、聞こえるかい? こちら碧海支部の桧室だ!』
「博士! ナイスタイミング!」
『状況はどうなっているんだい! 涼香と白神クンは!』
「まだ二人とも無事! けどホンモノのサルが想像以上に手強い! 涼香の
白神が詰め寄りつつ、涼香がカバーこそしているがサルには攻撃が受け流されている。
「そう言うと思って今ひすい公園に向かっているさ! それと、白神クンにも新型の殻装があるよ!」
こりゃ打開できるな────
「でも妖魔の目の前で換装するわけにはいかない! 通信では駐車場は安全を確保しているみたいだから、そこまで後退してほしい!」
……マジかよ。ここで退けるなら誰だってそうする。だがいま背を向ければ、
「ヒヒヒヒヒ! 虚しい攻撃ですねェ、ハイ!」
「くっ────このぉッ────!」
いや…………考えるまでもないか。
「白神、涼香! 退け!」
再度仕掛ける寸前、少女二人を止める。
「……なにか、妙案は決まりましたか?」
こちらへ追撃する様子もなく、サルはまたタバコに火をつけた。
「まぁな!」
勝てると思い込んでいるのか、妖魔は止まっている。後退した二人に通信の顛末を伝える。
「新型! ……それと涼香さんのアレ、ですか?」
「あぁ…………お前の殻装も変えて、涼香もフルパワーに戻ればなんとかなるかもしれない」
「────不可能です。仮にこのまま後退すればあのサルに先手を打たれるでしょう」
「な、なら、一人ずつ換装しに行けば……」
「私と夕緋ですら手を焼いているんです、残念ですが漆葉境の実力では──」
ありがたいねぇ、心配してくれるなんて。
二人の頭を掴んで適当に揺さぶる。
「わわわわわ、何するんですか漆葉さん!」
「状況をわかっているんですか…………!」
「大丈夫だ────二人とも行ってこい」
少女達を、元来た舗装路へ押しやる。戸惑う二人は立ち止まってしまう。
「漆葉境、いくらあなたがと──」
「余計なことは言わなくてよろしい!」
涼香の言葉を遮り、深呼吸を一回。
「なんにせよ、誰かが時間を稼がなきゃいけないんだ。装備はお前たち二人分……なら、ここに戻ってくるまでくらいは頑張ってやるよ」
このままくたばってもらわれても困るしな。
「──いいんですね、漆葉さん?」
静かに、少女は問う。
「終わったらなんか奢れよ」
少女たちは踵を返して、新たな力を受け取りに走り出す。
「……『ドゥ』で何か奢ってあげますよ────漆葉さん、負けないでくださいね!」
啖呵切っといてアレだが………………二人ともできれば早く帰ってきてくれ。そんなに頑張りたくないぞ、俺。
「ヒヒヒヒヒ………………ずいぶん余裕ですねぇ、ハイ!」
一部始終を肴にタバコをふかしていたサルが、ソレをまた捨ててわざとらしく拍手する。
「これで感動の捨て身ができるわけですねェ?」
「いい加減タバコの吸い殻捨てるのやめろよな、めんどくせぇ」
だらだらとサルへ距離を詰める。手当でも出ないとやってられないな、まったく。
「素人が残ったところで────」
全神経を両脚に集中し、身を屈め前方へ一気に踏み込む。一瞬で間合いに入り、逆袈裟に桜色の刀でなぞる。剣閃を追うように刀身から光が放出されるが、サルは身体を捻って斬撃を回避する。
「単純な────」
サルが反撃に移るよりも前に、振り上げた刀を放り投げ、今度は左手に身体の生命力を集中させ掌底を繰り出す。防御される前に胸部を突き、妖魔を数メートル吹っ飛ばすと一連の出来事にサルは数秒呆けた。
「どうしたよサル……素人に一発くらってびっくりしたか?」
相手が動揺している間に、悟られないよう余裕ぶって放った刀を拾い上げる。意外とうまくいったな………よかったよかった。
さっきはいきなり連携しようとしたから足手まといになったのだ、多分。
「ヒヒヒヒャヒャ、記念に一撃当てられてよかったですねぇ、ハイ」
「一回とは言わず好きなだけお見舞いさせてやるよ!」
負っていた傷をすべて修復し、独りだけの第二ラウンドへ挑む。
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