2-4(1)碧海サル殻合戦 ①
『こちら市内パトロール! 住民には建物から出ないよう指示済みだ、外に出ている奴がいたら避難させろ!』
涼香からもらった予備の通信機から職員の報告が届く。道理で街に誰もいないわけだ。
進行方向で屯するサルを涼香が撃ち抜きながら目的地であるひすい公園へ向かっていた。
「……土地神は
「うぇっ? な、なんのことだよ……!」
少女の唐突な指摘に声が裏返る。
「とぼけなくて結構です。あれだけの重傷が一瞬で治癒された……土地神の力でなく、なんと言うんですか?」
ぬぅ………やっぱり従者だから、は通じないか。
「────状況が状況なので詮索はしませんが、夕緋を危険に晒していることを理解してますか?」
冷たい視線が突き刺さる。
まぁー白神のことを考慮してここに来たわけなんだからな、言いたいことはわからんでもない。
「わあってるよ……でも、あいつなら大丈夫だ────」
「はぁぁぁぁっッ──────!」
ひすい公園の入り口に到着すると、気合の篭った叫びが響いた。あんなに叫んでたらバテるだろうに、普通。
「あいつのこと心配してんなら、とっとと行くぞ」
既に公園駐車場で殻装を着込んだ職員と同じく奪った殻装を着た分身のサルが交戦している。銃器による射撃戦ではなくそれを使った殴打で人間が応戦しているところを見るに、レベルは変わらないように思う。
白神と涼香の模擬戦はもっと派手だったからか、あまり脅威に感じない。とはいえ殻装が取られたせいで五分五分の乱戦になっているのも事実。
「涼香! 雑魚の掃除を頼む」
「了解、では夕緋を頼みます」
反論することもなく、涼香は方向転換し職員達の応援へ走る。
間も無く少女による狙撃音が連続する。一瞥することもなく、公園奥へ向かうためタイルの敷き詰められた舗装路を駆ける。
「キキッ! 人間だ、通すな!」
舗装路に何の工夫もない背広姿のサルが3体──サルM、N、Lである──が道を塞ぐ。図らずも能力の停止していた時と同じく一人だが、異なるのは前を阻む三体全てがそこそこ『明るい』個体だ。先刻涼香を嬲っていたソレよりは劣るが。どいつもこいつもナイフや鉄パイプを握って得意気に笑っている。
……公園の中、道両側には景観のため植えられた木々もある。あまり場を荒らす制圧はしたくない、また何かの理由で
「キエェッ!」
3体同時の強襲。構わず応じるように突っ走る。
避けられても面倒だ、確実に仕留める!
相手が攻撃を始める前にまず正面のサルMの頭を掴み、胸元に刀を突き刺す。小さなうめき声と共に、反撃する様子もなく固まった。
「────まずひとつ!」
間髪入れず、左側面からサルNの鉄パイプが振り下ろされる。脳天に直撃し一瞬意識が真っ白に染まる。
「キキキ、食らえェッ!」
更に右からサルLのナイフが迫る。回避する間もなく右脇腹が刃で抉られる。全身が熱を帯び、心臓の鼓動が早まる。全身から力が抜け、意識が薄まる。
冗談じゃない、こんなところで
「お返し────だぁっ!」
気合を入れ、サルMに刺していた刀をそのまま左へ横薙ぎに振るう。霧散しかけていた妖魔の身体を破り、サルNの胴体を真っ二つに切り裂く。
「これでふたつ!」
────こんなところで戻ったら、正体バレるだろうが!
『頭頂部に受けた損傷を修復します』
刀からのアナウンスの直後、全身に巡る生命力が脳天へ駆けあがる。頭部全体に力が広がり痛覚が消える。意識が明瞭に復帰したところで、首を横に向ける。
「ギ……お、お前……なんで……」
反撃に狼狽え、残ったサルLは退く。放置された脇腹のナイフを無理やり引き抜くと、涼香の時と同じようにどぷっと赤い液体が滴る。
「物騒なモン刺したんだ、やり返される覚悟はできてるよなぁ!」
「ギ、ギエェェェエ──!」
こちらの態度に焦ったサルLは無策で突っ込んでる。
サルの双眸に映っていた俺は、頭から血をだらっと垂らし、瞳孔の開いたまま見据えていた。妖魔から見ても、いや人間から見ても危ない奴である。
サルLの鋭利な爪が俺の顔面を裂く。額から顎へかけて斜めに赤い軌跡が描かれる。
「ひ、ヒヒヒヒ! どうだ!」
『顔面、および腹部の損傷を修復します』
歯をむき出して下品に笑うサルLのことなど関係ないように、刀は抑揚のない声で伝える。頭に集中していた力が顔、脇腹へ拡散し痛覚を消し抉れた傷を癒す。
「ヒ、ヒィ、バケモノ──!」
怪奇現象を目の当たりにしたサルは一歩、二歩と下がる。
ナイフで切られて囲まれて苦戦していたというのに、土地神の力が戻った途端これだ。
「確かに、これじゃどっちが化け物かっ────!」
引き抜いたナイフをサルL目掛けて投げる。もちろん受け止められるはずもなく、刃を遮ろうとしたサルの掌を貫く。一気に間合いを詰めて、桜色の刀身を振り上げる。
「──わかったもんじゃねぇなぁ!」
振り下ろした刃はサルLの正中線をなぞり、縦に分割する。絶叫の間もなく、最後の分身は虚空へ消滅した。
「みっつ……と」
──マジで人間じゃねぇな、土地神の
「おっと、急げ急げ」
顔の血を袖で拭い、再び目的地へ走り出す。舗装路を抜け、公園のメイン広場へたどり着いた。
ミントを取り除いた花壇には、何事もなかったように同じ香草が大量に生い茂っていた。花は萎み、『明るさ』はほぼ消えていた。
その広場の中心──蒼い
「はぁぁぁあああ────!」
がんばるねぇ………白神。
感心というか、驚きというか……怒気混じりの少女の声で誰であるかは分かるが、
「いつまでもちますかねェ、ハイ!」
その奥、川を背にタバコをふかしながら観戦する眼鏡を掛けたサルが一体。一本のタバコを勢いよく吸うと、吸い殻を地面へ放り投げた。
──ゆっくりと、スロウで重力にひかれていくソレに、視線を追わされる。落下の衝撃で、燃えている先端の灰が中空へ飛散する。
こみ上げるのは、胃液や吐き気などではなく………
単純に──怒りである。
後で拾わねぇといけないんだぞ、捨ててんじゃねぇ!
「白神ィッ────────跳べぇぇぇぇえ!」
「え──は、はい!」
「消し飛べサルども────!」
膂力を総動員させ、得物を諸手で握り締めて左に薙ぐ。
刀──『
あれだけ市中で手を焼いていたサル達は、土地神の一振りで蒸発させた。
「ほぅ! 従者が土地神の力を使うこともできるんですねぇ、ハイ……ですが残念、その技はもう既に〝視て〟いますよォ」
一人、消し飛ぶこともなく白神と同じように宙を舞っていた、眼鏡のサルが耳障りな拍手を送る。
「はじめまして………それともこんにちは──っつった方がいいのか、猿山」
「後者で大丈夫ですよ、初めに訪問した時は私本人ですから、ハイ」
静かに、広場の中心へ歩を進める。着地していた白神の頭にポンと手を置き、軽く揺らしてやる。
「ずいぶん調子良さそうだな」
「はい……漆葉さんと連絡が繋がる少し前から急になんですけど………」
あー俺も力が戻ってきた時くらいからか。
「っていうか、どういうことですか! あのサル、猿山さんなんですかっ?」
「あー、そういうのは後回しだ……気を付けろ、来栖達を
今までの分身よりも光沢のある漆黒の三つ揃い(スリーピース)。赤いネクタイを締め、顔には銀色の眼鏡を掛けている。自然体で再びタバコを取り出し、点火する。体は白神以上に強い光がを纏い、『明るい』。
「もう少し駆け出しの土地神様と戯れようかと思いましたが……あなたが来ているということは、誘拐は失敗ですか」
「詰めが甘いんだよ……ったく、人ん家の庭にボロ小屋まで建てやがって……それに吸い殻! あとで拾うの俺なんだぞ!」
あの小屋後で片づけないとな。また面倒な仕事が増えたな。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ、それはご苦労様です、ハイ。でも甘くしたのは理由がありまして……分身したりしなくても私一人で倒せるんですからねェッ!」
サルが視界正面から消える──が、奴を覆う光までは見失わない。
「白神、右だ!」
右側方からサルの爪が少女を襲う。短い指示に白神は反応して攻撃をいなして反撃する。
「はぁっ──」
振り上げた蒼い剣は当たることなく、サルは後退。
「さぁさぁ、前座は終わりです! 元部下とはいえ! 失敗の尻ぬぐいも上司の務め……せいぜい足掻いてくださ────」
妖魔の口上に割って入るように――重いドンという音と共に、サルの顔を何かが掠める。否、サルが何かを避けた。
そのまま連続して2、3発サルへ何かが飛来する。
「目標、銃撃を回避。狙撃箇所の修正します」
後方から、ようやく到着した涼香が並び立つ。
「涼香さん!」
「桧室涼香、合流しました。他職員も間もなく来ます」
涼香がライフルの銃口をサルへ構える。
「ヒヒヒヒ、視ていましたよ。死にぞこないの
サルは掛けていた眼鏡を外し、砕いて捨てる。またこいつ……ゴミ増やしやがって………
「白神、涼香! これがホントのサル退治だ、行くぞ!」
「「了解!」」
再び桜色に染まった刀を構え、二人の少女と共に駆け出す。
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