2-3(4)脱出と反撃




 しばらく運搬され、どこかの一室に放り込まれた。無造作に椅子へ縛られどれだけ経ったか……顔の痛みはともかく、呑気に眠ってしまっていたらしい。


「………ん?」

「どうも、お目覚めですか?」


 目の前にサル……がいると思うが、瞼越しに光が在るのと声でしか判別できない。朧げな意識が鮮明になっていくと、事態の変わっていないことは理解した。


「お猿さんは誘拐が得意技なんだな、誰に仕込まれたんだ?」


 軽く挑発してやると気味の悪い笑い声をあげ、サルが俺の頭を殴打。髪を掴まれ鼻を塞ぎたくなるヤニ臭い口臭をぶちまけられる。


「まったく……こちらが送った部下に町を荒らされたと言うのに対応がその場凌ぎで呆れましたよ、ハイ!」


 ………せめて同胞でも歯を磨いてほしいものだ。


「ま、これが本部や有力支部との違いですかね………土地神数多とはいえ、妖魔と四つに組めるのはほんの少数。先代の白神朝緋がいないこの街など落とせない方が不思議ですねぇ、ハイ」


 まったく嬉しい評価である。原因の一端が目の前にいるぞ、とは言えない。


「それでも現土地神は警戒対象、石橋は叩いて渡るに限りますからねぇ!」

「ペラペラやかましいなぁ………あ」


 ふと思いついたことが口から出てしまった。うるさいんだもの。


「わずかな虚勢ですか! 勇ましいですねぇ!」


 手を叩いたのかパンパンと音が鳴る。扉だろうか──キィ、と軋んだ後何人か光が入ってくる。


「お知り合い同士、仲良く逝けるといいですねぇはい」


 知り合い………? 誰だ?


「まさかボク達を攫ってくるとはねぇ」

「う、漆葉君っ?」


 声を聞く限り、桧室博士と榊支部長らしい。あとは分身のサル。


「ヒヒヒヒヒ、面倒な兵器開発者に碧海市妖魔対策の支部長……果ては土地神の従者がこうも簡単に捕らえられてしまうと拍子抜けですねぇ、ハイ」


 なんとまぁ、俺は仕方ないにしても二人まで誘拐されたのかよ……


「何が目的! 我々を攫って人質にでもするつもり!」

「人質ならもう少し丁重だよ榊クン」

「その通り! 少しはわかっていてもらえて良かったですよ」


 こちらのやりとりをサルが遮る。


「こんな地方に出向いてまでやる事が尻拭いでやる気もありませんでしたが本部から殻装なる兵器が来たことは僥倖ッ! 土地神の始末とアレを回収すれば“組織”での昇格も間違いなし! 念のため邪魔になるであろう貴方達をまとめて処分してから! ゆっくりとあの二人の少女を嬲って差し上げますよ、ハイ!」


 懇切丁寧に目的を話してくれるおサルさん。2回も聞く気はなかったんだが、まぁいい。


「組織………一体何の事!」

「そこを説明しても、もう意味ないでしょう? だって……もう死ぬんですから、では!」


 去っていこうとするサルであろう光源に一声。


「おい猿山」


 光の動きが止まる。


「公園にミント植えたのってお前?」

「ヒヒ────お気に召しましたか?」

「いや全然」

「それは結構! しっかりあなたの妨害になったようですねぇ! 今頃市内街路樹にもミントが生い茂ってますよ! おっと、失敬。皆様良い最期を」


 サル達が小屋を出て行ったところで博士達に声をかける。


「はかせー、支部長〜、生きてますー?」


 二人は素早く応答する。


「生きてるよ……ボク達より、キミこそ大丈夫かい? 顔がすごいことになってるけど」


 なんだか違う意味に聞こえるが気のせいだろう。


「まぁなんとか」

「なんとかって……重傷じゃない!」


 ………あんたらがいなきゃ本体に戻ってすぐ元通りなんだが。


「とにかく、漆葉君の手当てもしないと………博士、縄は解けそうですか?」

「いやぁガッチリ。無理そうだね!」


 焦っている様子の支部長とは対照的に桧室博士は随分穏やかだ。


「アホくさ…………つーか、二人とも何で捕まってるんですか」

「いやぁ、せっかくだし榊クンと食事に行ったらその矢先に囲まれちゃってね」


 俺が言うのもなんだが、危機感がなさすぎるぞこのおっさん。


「気づいたらここまで運ばれていたのよ。わかったでしょう? 早く脱出の手立てを────」


 榊支部長の掛け声と同時に、焦げ臭い匂いが鼻につく。燻った木の匂いが体を包んだ。


「もしかして………燻製にされる?」

「みたいだねぇ」


 縄を解こうとするが、もちろん頑丈に縛られている。


「ここまでかなぁ……」

「随分諦めが早くないっすかね?」


 苦笑混じりに返すと、博士は乾いた笑みをこぼした。


「ハハ! いつ狙われてもおかしくないからね! 家族への遺書も既に用意済みさ!」

「博士! まだ諦めるのは……ごほっ」


 室内に入ってきた煙を吸ったのか、支部長達は咳き込む。


(……どうする、助けるか?)


 いずれこの身が燃えても俺は黒蜥蜴に戻るだけだろう。だが榊支部長は、博士はどうだ。んで、もしここで博士がなくなったら、涼香はどう思う? 榊支部長が死んだら、白神はどうなる?


 ………まぁ、どうでもいいんだが。

 どうにもこう、朝緋あいつの言葉がチラついてしまう。


 弱肉強食──その摂理は当たり前だ。今回はサルの警戒が足りなかったのが悪い。

 だがここで二人を死なせるのは………なんだが違う気がする。



『──の──を────ます』



「んぁ?」


 遠い、とても遠くからしばらく聞かなかった女の機械音声。パチパチと燃える炎の音に紛れ、確かに耳へ届く。



『────土地神の緊急事態を把握、能力行使を臨時許可します』



 明確に、その声は脳内に響いた。


『────緊急措置として、武装・『さくらみこと』を召喚。飛来する対象に注意してください』


 ……なんて?


「とにかくこの小屋から脱出するわよ!」


 縛られたまま、榊支部長が恐らくもがいている。激しく動いたところで状況は変わらない。


「漆葉君も! 何か手伝いなさい!」


 とはいえ、椅子に手足を縛られていては何もできないし見えない。しかし、さっきの声……


「博士、仮にここを出られたとして多分外にいるサルを突破できます?」

「難しいんじゃないかな、まずはとりあえず身動きできないと」


『桜の命到着まで、あと──秒』


 肝心なところが聞き取れないが、意識が確かならアレが飛んでくる。


「くっ………! もう少し………!」


 必死に縄と格闘する榊支部長の声から冷静さが失われていく。それと同調して、小屋に赤い火が回り始める。


「切れたわ! さぁ二人とも──」


 袖にナイフでも仕込んでいたのか、榊支部長であろう光が開放され立ち上がる。


『間もなく到着します。土地神は周囲の人間と離れてください』


 んなこと言われても……


「支部長、とりあえず博士と小屋の隅に離れてください」

「はぁ? ごほっ、そんな無駄なことしてる暇は──」


『到着まで5、4……』


 唐突なカウントダウンに焦る。


「いいから早く! そのまま博士と離れて!」

「榊クン、とりあえず今は引いて!」


 博士の言うままに、支部長は博士と隅に下がる。黒煙が充満し、視界が霞む中────


 ────天井をぶち破り、『桜の命』が降って来た。



 ちょうど手首を縛る縄の結び目に飛来した刀により、両腕が解放される。すぐさま柄を掴み前に手繰り寄せる。


『土地神との同調を確認、生命力を急速充填。土地神の治癒を開始』


 刹那に駆け巡るのは生命の息吹。心臓の鼓動が強く脈打つのに合わせて、全身へ桜色に輝く土地の生命力が迸る。

 その命の力は顔面を登り裂傷を癒す。切り裂かれた両目は、力が通過するや機能を取り戻す。瞼越しの視界が開放され、網膜へ少ない光の刺激が到達。


 ────元通りだ!


 薄暗い視界が土地神の力で補正された。

 手に持つ鈍い銀色の刃は既に桜色に染まる。急いで博士に駆け寄り縄を切る。


「ごほ、ごほっ……すごい能力だね! それが従者の力かい!」

「んなことは後で! さっさと出るぞ!」


 本格的に火が回り始める。それを意に介さず、両手で握る刀は独り言を続ける。


『充填100パーセント──なお、こ────』


 機械音声のアナウンスを無視して、切っ先を天に向ける。今できる簡単な突破法でさっさと脱出だ!


「うぉおおっぁッ────!」


 特にイメージはない。ただ刀に溜まった桜色の力を、小屋の出口へ飛ばすように得物を振り下ろす。

 桜の閃光が床を裂きながら直進し、小屋前方を全て吹き飛ばす。陽光が全身を照らし、外に出た──というより建物をぶっ壊した。


「このまま前進!」


 とはいえまだ背後には火の手が上がっているので前へ出る。木の焼けた匂いが辺りを包む中、先に脱出。


 黒煙の先には念を入れたのか複数のサルが待ち構えていた。中には白い殻装を着込む個体が4体、それに加えて報告にあったゴリラの見た目に近い妖魔も数体に、雑魚サルが多数。どいつもこいつも心臓部が小さく光っている。


「ヒャヒャヒャヒャ! 空から何か降ってきた時はまさかとは思いましたが本当に脱出するとは、間抜けなだけではなかったんですねぇ、ハイ!」


 類人猿もどきをかき分け一人、背広姿のサルがゆっくり拍手をしながら前に出てくる。こいつは他のサルよりも光が一回り大きい。


「………それで、この状況をどう突破するおつもりですか?」


 勝ち誇ったように歯茎を見せながら、サルは笑みを浮かべた。


「──こうすんだよッ!」


 即答。発声に合わせて刀を横薙ぎに振るう。

 前方の虚空を、桜色の剣閃が駆け抜け身を屈めるのに遅れたサル達の上下半身が綺麗に真っ二つに分かれ霧散した。


『即時充填、100%を維持』


 刀は銀色に戻る事なく、再び桜色に染まり上がった。

 突然の攻撃に、サル達も動揺したのかざわついている。間一髪、桜色の斬撃を逃れた背広姿のサルは、大きく目を見開く。


「な、なぜ従者のあなたがそんな芸当をッ!」

「そんなもん説明しても意味ねぇだろ」


 どうせ、今から倒されるんだからな。


 ある程度間引いたとはいえ、鎧である殻装キャラペイサーを着込んだサルは一体も落とせていなかった。消したのは普通のサルを数十体とデカブツであったゴリラ型の妖魔くらい。まだ気は抜けない。


「フ、フフフ……まぁいいでしょう! 数はこちらが上、あなたの強さは意外でしたが……そこの二人を守りながら、果たして無事でいられますかねぇ、ハイ!」

「………ハイハイハイハイうるさいな………」


 動揺が静まり、殻装キャラペイサーを着たサル────殻装サル4体が分散してにじり寄ってくる。


 殻装か────

 思えば何でこんな目に遭っているのか────

 

 あ、あれだ。妖魔が出てきて殻装が公園荒らして、前から起きてた強制返戻だのわけのわからん不調が起きたりして。

 せっかく植えてた花もミントに埋め尽くされて、おまけにゴミまで散らかされ────それが全部サル────猿山の仕業だったと。


 ………今回俺何も悪くねぇな。


『キミの────』


 朝緋のとの過去の回想────はカットだ。お前との約束は、一から十まですべて守るわけじゃない。

 何より俺の邪魔をする奴は、人間だろうと妖魔だろうと関係ない。


「…………決めた!」


 猿山が白神を狙っているってことは大元の実体が碧海市に出てくる可能性が高い。さっさとケリを付けてしまおう。このところ『ドゥ』で甘味を摂ってないしな。


 その前に、まずはここをなんとかする!


 周りを囲む殻装サル達に対して、桜色に染まる刀身を見せつける。異様な色を放つ得物に、サル達は数歩退く。


「よぉエテ公ども! 散々おちょくってくれたがそろそろの時間だぞ!」


 背後で燃え盛る木造の小屋をバックに、ストレスを発散するがごとく叫ぶ。両隣には煤けた姿で身構える桧室博士と榊支部長。


「二人とも、ハードな下山だけどついてきてくださいよ?」

「やれやれ、現場作業は慣れないんだがねぇ」


 俺から見て身体が明滅して見える桧室博士は徐に、パンツの裾から短身の散弾銃を取り出す。


「漆葉君こそ、その刀落とさないように気を付けなさい」


 煌々とうっすら青白く光って見える榊女史も、腰の辺りから拳銃とナイフを取り出し構える。何でこんな用意が良いんだよ。………むしろそれだけ装備があれば簡単に脱出できたような………本当に、なんで捕まったんだこの二人。


「ま……まぁいいや、突っ切っるぞ!」


 襲い掛かる明度の低いサル達の包囲網に対して、白神と涼香抜きでの戦闘が始まった。

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