2-3(3)サルの狙い
報告を兼ねた会議が終了し、涼香と共に部屋を後にすると白神と出くわした。
「お疲れ様です、漆葉さん!」
「疲れてんのはお前の方だろ」
専用の殻装に身を包んだまま、元気よく挨拶される。
「大丈夫です! 博士に調整してもらって動きやすくなってますから!」
目の前ではしゃがれるが変化は分からん。基本カラーリングの蒼がいつもより鮮やかではある。
「まァ偽黒蜥蜴事件の時から随分荒れたままみたいだったからねェ! ちょっとネジを締め直してあげただけだよ!」
白神の後ろから瞳孔開きっぱなしの桧室博士がぬっと現れる。
「はぁ………博士も元気そうですね」
何かやばい薬でも飲んだようなガンギマリの顔である。
「そりゃぁそうさ! 田舎で大した成果もないと思ったら特定妖魔の出現! 土地神や娘の専用殻装のみならず量産型のデータまで取り放題! おまけに隣接市でもサルが出てくれるんだから楽しいのさ!」
「そうっすか………」
「とにかく! 殻装さえあればサルを凌げることもわかったことだし、ひとまず碧海市は大丈夫さ………いつ妖魔が来てもね!」
殻装があればねぇ………いつの間にか
と、唐突に警報が鳴る。
『サルが周辺市町村に再度出現、応援要請が入りました。土地神・白神夕緋と桧室涼香は現場へ急行してください。繰り返します────』
「また出動ですね! じゃあ漆葉さん、留守番お願いします! 涼香さん、行きましょう!」
「えぇ──お父さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
颯爽と二人が去っていき、男二人が取り残された。
「うんうん、二人とも仲良さそうだねぇ? なぁ漆葉クン!」
機嫌の良い博士に肩を組まれる。
「でもいいんすか、これじゃ涼香まで働き詰めですよ? 何だか博士の考えと違うような………」
「大丈夫大丈夫、殻装は使用者の肉体疲労も軽減してくれるから! ちょっとやそっとじゃあ疲れないさ!」
………結局過労なのでは?
なんて思ったが散瞳しっぱなしの博士に意見しても無駄か。
「じゃ、ボクも部屋に戻るよ! データをまとめて量産型をもっと配備してテストできるよう本部に掛け合わないとだからね!」
テンションの高いまま、博士はまた研究室に戻っていった………何しにきたんだ?
「漆葉君、ちょっといいかしら?」
置き去りにされた俺に、榊支部長が声を掛ける。
「通報…………ではないんだけど、市内にゴミが散乱してるらしいの」
「………そうですか」
今朝も片付けたと言うのに、猿山か? でもサルの通報はなかったしなぁ。
「そうですかじゃなくて、さっさと対応してください」
よく見ると目の下にクマがうっすらと浮いている。メイクでも隠しきれていないのが支部長という役職の労力を想像させる。
だがゴミが落ちてるからといって逐一俺がいく筋合いはない。自分達で拾えよ。
「それこそ『sape』の人達に頼んだらいいじゃないですか」
「それが今朝から連絡が繋がらないのよ。何度かけても留守電のまま……また苦情が増えると上層部から何言われるかわかりませんから、迅速に対応をお願いします」
用意周到なことでトングとゴミ袋を渡される。
「へいへい………わかりました」
仕方なく独りで街へ再び繰り出した。
◇ ◇ ◇
榊支部長の指示を受け、正午前。
支部を追い出されるように碧海市内へまた戻ることになってしまった。確かに誰かが捨てたであろう家庭ゴミらしきものが道端に落ちていた。
「今朝といいなんだよもぅ………」
文句を言いつつもゴミを拾い上げていく。
「お………おお?」
意図的に並べられたかのように、生ゴミからただの可燃ゴミ、金属類の破片が道端に散乱していた。
「あ、対策支部の人? 朝からこんなにばら撒かれててねぇ、とりあえず拾ってもらえる?」
歩道に面した店から様子を見にきたであろう女性から声をかけられる。
………ま、どうせやらないと強制返戻が起きるからやるが……自分達でやる発想はないのか。
「このところあの妖魔騒ぎで大変でしょうけど、頑張ってね」
………一応感謝はされているらしい。
気を取り直してゴミを辿っていくと、店と店の間にある狭い路地へ誘われる。そこにはバナナの皮とタバコの吸い殻が散らかされており、その先……黒スーツに身を包んだサングラスの男たちがスケボーやキックボードに乗ったまま袋からゴミをちまちまと捨てていた。
「あ、おいお前ら何やってんだ!」
『sape』所属の男たちはこちらを一瞥すると、特に驚く様子もなくゴミを放置したまま走り去っていった。
「なぁんでこんなとこに………って、あいつら………」
いかにサルという妖魔にしても、バナナの皮はあからさまじゃないか? 安直すぎるような………それにタバコも猿山が吸ってたよな………
「簡単な話ですよ! 市内の清掃は主にあなたが仕切っていますからねぇ! 一人で来るのを待ってたんですよ、はい!」
背後──来た道を振り返ると眼鏡のブリッジを片手で支えながら猿山────否、特定妖魔であるサルが不敵に笑みを浮かべていた。例の如く、語尾の『はい』が鬱陶しい。
「これ、もしかしなくてもアンタの嫌がらせ?」
「おやおや、ご自分の置かれた状況をお分かりでない?」
話聞けよ………
「今までのは単なる戦力分析! 土地神とあの専用の
サルがパンパンと手を叩くと、周囲の影からキヒヒヒと下品に笑う
白い殻装を身に纏って。
なんでこいつらが
『こちらパトロール! サルが出てきたが何かやばい、この前と全然ちが────』
思考に割り込むように巡回していた職員からの通信。
「そしてあの妙な得物も持っていないあなたなど一般人と変わらない!」
眼鏡をかけたサルが実体かどうかわからない以上、下手に
「めんどくせぇな………!」
眼前の眼鏡を掛けたサルにトングを投げつけ飛び蹴りを仕掛ける────が、
「言ったでしょう! 大した脅威ではないんですよ、はい!」
突き出した右足を掴まれ、地面に叩きつけられる。重く鈍い衝撃が背中から全身に伝わり一瞬意識が飛ぶ。
「が………ハッ………!」
「ま、あなた程度でもこんなところで始末すると色々面倒ですからね、はい」
起き上がるよりも早く、周りにいたサルに囲まれ袋叩きにされる。市内でイタズラをしていた個体とは殻装の効果もあって明らかにパワーが違う。暴力に骨が軋む。
成すすべなくボロボロになった身体を、サルに吊るされる。
こんな窮地になっても、土地神の力は何も応えない。
「戦力の偽装なんて基本中の基本ですよ! 我々の手を煩わせた事をゆっくり後悔させてあげましょう、はい!」
ヒャヒャヒャと高笑いを上げながら、眼鏡のサルは俺の顔面を両手の爪で切り裂いた。
「ぐっ………あぁっ!」
視界を奪われ、生温い、鉄くさい液体が頬を伝う。
「温情ですよぉ! これから起きることなんて見ない方がマシですからねぇ、ハイ!」
高笑いするサルをとらえることはできないが、瞼越しにヒト型のシルエットで明滅する光が浮かぶ。
「………ん………?」
裂傷をこらえながら左右に顔を振ると、俺を掴んでいるサルも光っている。……だから何だというのだが。
「さぁさぁ、行きますよ! 土地神達が出払っている内に!」
身体を何かで縛られ、どこかへ運ばれ始める。
視界は暗いまま、しかし両脇にサルがいるのは『なんとなく』光で分かる。だからと言ってなにかできるわけではないんだが……
…………ちょっと
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