2-3(1)ミントミントミント



「ねぇ………今日君の家に泊めてくれない?」


 親しい友人に頼むように、朝緋あいつは聞いて来た。


『帰れよ』


 ホワイトボードに殴り書き、朝緋に突きつける。

 漆葉家周辺に散乱していた妖魔だった残骸を弔った後も、少女は野に咲く花を観察していた。俺の書いた文字を一瞥すると、わざとらしく大きくため息を吐いた。


「もー! 女の子がこんな積極的にアプローチしてるんだから気を遣った方がいいよ、キミは」


 わざとらしく頬を膨らませる少女。君と呼んだり渾名で呼んだり変な奴だ。


「今は………帰りたくないかな………」


 空を仰ぎ、少女は呟く。

 そんな様子に無言を貫いていると、やはり彼女は不満そうに膨れっ面になる。


「もぅ! 君ってほんとにわかってないなぁ」


 怒ったような口振りでも、柔らかい表情をしていた。





  ◇ ◇ ◇





 周りを囲む量産型の白い殻装キャラペイサーを着込むサル達に対して、桜色に染まる刀身を見せつける。異様な色を放つ得物に、サル達は数歩退く。


「よぉエテ公ども! 散々おちょくってくれたがそろそろの時間だぞ!」


 背後で燃え盛る木造の小屋をバックに、ストレスを発散するがごとく叫ぶ。両隣には煤けた姿で身構える桧室博士と榊支部長。


「二人とも、ハードな下山だけどついてきてくださいよ?」

「やれやれ、現場作業は慣れないんだがねぇ」


 俺から見て身体が明滅して見える桧室博士は徐に、パンツの裾から短身の散弾銃を取り出す。


「漆葉君こそ、その刀落とさないように気を付けなさい」


 煌々とうっすら青白く光って見える榊女史も、腰の辺りから拳銃とナイフを取り出し構える。何でこんな用意が良いんだよ。………むしろそれだけ装備があれば簡単に脱出できたような………


「ま……まぁいいや、突っ切っるぞ!」


 襲い掛かる明度の低いサル達の包囲網に対して、白神と涼香抜きでの戦闘が始まる。

 

 この状況に至るまで、時間は少し前に遡る。

 ちょうど、サル達が僅かな期間出現しなかった頃である。



 ◇ ◇ ◇



 猿山キンジのスカウトから、昨日までのことが嘘のようにサルの通報が止み、数日が過ぎた。猿山自身が直々に来たなんつーからド派手に暴れるかと思ったが結局分身のしすぎでへばったのか。幸いだったのは疲労の限界を迎えていた職員達に束の間の安息が与えられたこと。相変わらず『sape』で雇っている者たちはスーツ姿で街のゴミを拾って次第に認知されるようになっており、支部への無駄な苦情も減りつつあった。

 ……なんでもいいからさっさと猿山には実体で来てほしいところだ。


 …………なんて敵の出現を期待していた矢先、ひすい公園に変化が起きた……悪い方向で。


「な、なんだこりゃ!」


 色とりどりに咲き誇る花…………などはなく、花の芽へ覆い被さるように、謎の草が大量に生えていた。なんだかスーッとする匂いが周囲に漂う。


「もしかしてこれ………ミントじゃないですか?」


 白神が葉をちぎってスンスンと匂いを嗅ぐ。特に嫌そうな表情はせず、不思議そうに辺りを見ている。


「なんでこんな………あ」


 そういえば、猿山がなんか言ってたような。


『あーいえいえ、あなたが縄張りをキレイに保持したいのであれば構わないのですが………これからは奴らへ徹底的に妨害工作を仕掛けるので何卒是非ご協力をば!』


 ………これか。


「どうしたんですか、漆葉さん?」

「ん〜お花畑がミント畑かぁ………お前はどう思う?」


 これはこれで植物を『育てた』ことにならんものか。とにかく花の成長にとっては邪魔である。


「どうって…………いい匂いですよね!」


 望んでいない答えが元気に返ってきたので、白神の鼻にミントをちぎって突っ込む。


「ふぐっ! なにするんですかっ!」


 不意打ちを浴びせ無様な表情になった少女から反撃のチョップを脳天に受ける。


「ぐぇっ……!」


 しかしこんなあからさまな妨害に正直驚いた。いっそのこと燃やしてくれた方がもっとわかりやすいんだが。生い茂るミントをまじまじと見つめていると、草草が発光しているように錯覚する。


「ん………?」


 目を擦ってもう一度見直すと、太陽に照らされる香草がある。

 すげぇ光ってたような────気のせいか。


 昨日の夜にも同じことあったな──あれは月明かりか。最近の草はよく反射するのか?


「うわ、きたねぇ!」


 と、川辺の方から他に来ていた職員の声。駆け寄ってみると河原には無惨にもゴミが散乱していた。


「こんなにたくさん……」


 急激な胃液の上昇を覚えるが、口を塞ぎ無理やり抑え込む。前ほどの発作はなく、数秒で落ち着く。


「もー誰だよこんなことしたやつー」


 文句を言いつつも河原へ下りながらビニール袋を広げ、ゴミを拾い始める。可燃・不燃問わずとにかく一つずつ袋へ放り込む。この際我慢だ、さっさと終わらせよう。


「漆葉さん、手伝います!」

「いや、白神はとりあえずあのミントをなんとかしてくれ。あれじゃ花が枯れちまう」


 犯人の特定は置いといて現状対処だ。


「わかりまし────」


 少女の二つ返事直前に、通信が入る。


『碧海市周辺の各市でサル出現の通報あり! 土地神及び氷室涼香は応援をお願いします!』


「今度は他の街かよ………」


 ………というより、俺は行かなくていいのか。


「じゃ、じゃあ漆葉さんは街のことお願いしますね!」

「おーおー、行ってこい」


 足早に去る少女を見送り、独りでため息を吐く。


「…………結局俺がやるのか」


 現場を仕切り、ゴミ拾いを他の職員に任せて花畑もといミント畑へ戻る。


「しかしまぁ、どうしたもんかねぇ?」


 取り残されてまずやるべきなのはこの香草の処理だが………一晩で花壇を覆うほど植えるとは………


「いっそこのまま放置してたら育てたことにならないかなぁ」


 希望的観測を口に出すと、収まっていた吐き気が一気に上がってくる。


「っぅぶっ! ………はいはい、やりゃあいいんだろ」


 渋々生い茂るミントを引っこ抜こうとする手前、花の芽と共に香草の緑が鮮やかに光る。何度も瞬きをぱちくり繰り返すと、普通の植物に戻っている。


「………なんだなんだ一体」


 ここまで意味ありげな現象が続くと土地神関連の何かを疑ってしまう。この草どもがなんなのだ。


「ええい、とりあえず花のためだ! 引っこ抜くか!」


 生唾を気合いで飲み込んで胃に押し戻し、花の芽を守る為に目の前のミント群へ手を伸ばした。

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