2-2(7)サルの勧誘
その日の夜はサルの通報もなく、ピリピリしていた支部の空気が少し穏やかになった。そんな事はお構いなく、時刻は宵の口を過ぎた頃、ひすい公園近辺にはまたゴミが捨てられていた。大した量ではないが、なぜかあるのだ。
(………誰がこんなとこに捨てるのかねぇ)
例のごとく、擬態から本体・黒蜥蜴に戻り粛々と清掃活動に勤しんでいる。
今のところゴミを拾っても土地神の力が貯まることはない。が、やらないと落ち着かなくなっているのもまた事実。さすがに夜には『sape』の活動はなく、街は静かだった。ついでに誰も来ないとありがたいところ。
ほっと一息ついて夜の花壇を見に来たところで、前方に影。そして月夜が雲間に隠れる。
(ん………?)
「その体、その威圧感! 黒蜥蜴とお見受けしました、はい」
ゆっくりと、コツコツ革靴の足音が近寄る。空の雲が晴れ、明確に輪郭を顕す。
「どうも黒蜥蜴様………お初にお目にかかります。わたくし猿山キンジと申します、はい。本名は知らぬ為失礼とは思いますが、世間での通り名でお呼びいたします、はい」
支部の会議で報告のあった黒の三揃いに赤いネクタイ。顔は人間…………ではなくニホンザル。そして銀のフレームメガネを掛けてヒャヒャヒャ、と口角を上げながら名刺を渡される。そこにはきっちり『sape』営業部長の文字が記されていた。
………推理や推測の余地もなく正体を知ってしまった。とんでもないネタバレである。
(えぇ…………)
もう少し……『実はあいつが……!』のような驚きというかそんなものはないのだろうか。いくら他の妖魔に興味がないとはいえ、簡単に擬態と本体を知ってしまうのは何だか肩透かしを食らった気分。
でもまぁ────いいか。妖魔が土地神やってるトンデモがあるんだ。これくらいラッキーがあってもいいだろう。ハルト達と違って白神も躊躇なく斬れるだろ。
とりあえず近寄るサル──もとい猿山を、右手を開いて掌底で突き頭を吹き飛ばす。
「ィギィッ!」
十数メートル後方まで吹き飛んだ後、猿山は闇夜に霧散した。
「これはこれは! …………随分手荒い挨拶ですねぇ」
視界の端から手を揉む仕草をしながら猿山再登場。やっぱり分身だった。
「既にご存知かもしれませんが、わたくし少々特殊な芸を持ってましてね。『ある程度』なら、自分の分身を作れるんですねぇ、はい!」
語尾にはい、って言うのやめてくれないかな…………なんか腹立つ。
「ここ最近わたくしの分け身が無礼を働いたことは謝罪しましょう、はい。何せ距離が離れるとコントロールが難しいもので…………おっと失礼、実はあなたに会いに来たのは我々の組織にぜひ加入いただきたく碧海市へ来た所存で」
サル達が幼稚な悪戯をしていた理由はなんとなく察した。問題はその後だ、スカウト?
「本来ならとっくにこの街を制圧して裏から支配する予定だったのですが、色々とアクシデントに見舞われましてねぇ、はい」
イラッとしたのでそばに居る猿山の頭を握り潰す……が、また背後から猿山。眼鏡をかけたニホンザルもどきは続ける。
「土地神である白神の小娘に、面倒な新米従者が現れましてね。数年前から潜入と撹乱を任せていた部下がしくじってしまった次第。ついでに言えば黒蜥蜴────あなたが突然出てきたことで迂闊に手を出せなくなった!」
ん……? なんだか黒蜥蜴以外にも心当たりのあるお話。
猿山はそのまま語りを続けるが、徐々にヒートアップしていく。
「
あー………マジか、こいつか。つーか、俺に擬態する方法ってなんだよ。コツとかあんのか。
「────失礼、つまらない愚痴でしたね……とまぁ、せっかく先代土地神の白神朝緋が死んだ好機を狙っていたのに逃しまして、はい。急遽責任を取る形で! 裏方を担っていたわたくし猿山が! こんな田舎に来たと言うわけです、はい」
猿山は胸ポケットからタバコを取り出しライターで火をつけ一服。ニホンザルもどきとは言え、なんともシュールな光景。あと田舎言うな。
「聞けば白神夕緋は未熟な土地神! 早いうちに始末し、彼女の力を奪えればわたくしの組織内での幅も広がると言うものです」
奪う? 猿山の発言に、思わず反応してしまう。
「おや、力の簒奪に興味がおありで?」
ニヤリと猿山が笑う。
「ヒャヒャヒャ……簡単な話ですよ。土地神を倒し、その心臓を喰らえば土地神の能力を得られるわけです、はい……本当なら白神夕緋を殺した後わたくしが頂こうと思っていたんですがね」
初めて知ったぞ…………なんだよそのトンデモは。
「まぁ絶対ではありませんが…………ただ考えてみてください? 日本の全市町村区に土地神がいるなら? 死んだら引き継がれるなら? チャンスはいくらでもあるわけです。虐げてきた人間への報復というわけです、はい」
セールストークを広げ、猿山はご満悦の様子でタバコをふかす。
……人間に逆襲をするつもりなんて全くないんだが。
「その逆襲の為にはあの土地神を補佐する鬱陶しい従者、漆葉境! まずは奴の力を抑えたいので、あなたにもこんなクズ拾いなどやめていただきたいのですが?」
ゴミ拾って土地神の力にしてるのバレてるの?
「────────」
今ここで猿山を何とかしたいところだが…………分身の大元、実体がいない以上目の前の存在を何度か
無言で猿山を見据えていると、猿山はわざとらしく両手を振る。
「あーいえいえ、あなたが縄張りをキレイに保持したいのであれば構わないのですが………これからは奴らへ徹底的に妨害工作を仕掛けるので何卒是非ご協力をば!」
そもそも俺の縄張りだと思っているなら入ってくるなよ…………いやそんな事考えてないけども。
「わたくしめに協力して頂けるなら更なる高みへご案内しましょう! どうせ、もうすぐこの街は落としますからね………その為の玩具もあちらからやってきましたし、はい」
吸っていたタバコが短くなったところで、猿山はそれを花壇付近の地面に放り投げた。
「次に会う時までによくお考え下さい……もし断るようなら────いえ、その時の楽しみにしておきます、はい」
すぅっ、と眼前のサルは夜の影と同化して消えてしまった。
ツッコミどころは多いのだが、まずは足元にあるタバコの吸い殻を拾い上げ、握り潰す。
(あいつ…………普通にポイ捨てしやがった)
迷うまでもなく、相入れない存在だと確定した。だが現段階では奴の実体の場所が掴めない以上、迂闊に手出しができない。万が一、
(面倒だなぁ……)
さっさと力が使えない原因を突き止めていつも通りに戻りたいんだが。足元の花壇には月夜に照らされる花の芽が小さく佇む。膝を曲げてもっと近距離で花を見る。
(マジで頼むぞ、お前ら)
物言わぬ植物を睨んだところで意味はないんだが………とりあえずこの花達が育ってくれれば何かある────はずと信じたい。
と────そんな心中とは別に、眼下にある花の芽は俺の影に隠れているにも関わらず、さっきよりさらに強く輝く。
(ん……? え? なんだ?)
首を左右に振ってもう一度見直すと、花達は闇夜にひっそりと根を張っている。
(見間違いか…………?)
角度を考えれば光は当たってなかったような………いやでも発光してた、よな? そもそも植えたのは発光なんてしない品種だったはず……名前は忘れたけど。
(ま、気のせいだろ…………しかし)
どうしてこう……単純な力技で解決できないのか。個人的には『殴って解決!』の方が楽でいいんだがなぁ。一番に俺を抑えてくれるなら、出てきたところを殻装で叩けばいいか………がんばれ俺以外の人間。
(どうせ考えてもしょうがないし、帰るかな)
持っていたゴミ袋の口を縛り、帰路を急ぐ。明日もサルが出るなら何かしら違う事をしてくるはずだろう、多分。
それから間もなく──猿山の不穏な言葉とは裏腹に、サル出現の通報はパタリと止まった。
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