2-2(6)連続出勤と人材派遣
それから数日後、相変わらずサルの出現は昼夜なく起きている。公園の花の成長と反比例するように、職員達の顔は次第に疲労の色を見せるようになった。
涼香の『素晴らしい指導』のおかげで、謎の不調ながら白神も現場復帰したものの頻出する妖魔相手にジリ貧なのは変わらず。
『どんだけ出てくんだよ! あいつら!』
『いくら殻装をつけてるからって限界があるわ!』
支部に戻れば解決の糸口が見えない現状から不安な声が上がり、サルの出現通報に追われて職員の誰一人としてゴミ拾いなど地域活動ができなくなっていた。流石に2週間ほぼ休みなく妖魔退治をするのはしんどいようだ。
いくら殻装の性能が良くても使うのは人間。身体は保っても精神がもたないか。
(あらら、こりゃまずいな…………)
今は花の成長に集中したいところだが、ゴミ拾いは『現状維持』にはなるし土地神の大事な『お仕事』である。もちろん、率先して行なっているが
平時なら全員に手伝わせるんだが…………この状態でやらせたら不満爆発だろうな。
「ありゃ言える雰囲気じゃねぇなぁ……」
力が使えない&対して戦力にならない現状で職員達に押し付けるのはさすがに憚られた。
「特定妖魔が出現している中で清掃活動や植栽を優先するのは如何かと」
眼前では、涼香が真っ赤な炒飯を口に運んでいる。小言は余計だが。
「土地神様の復調には必要だっつってんだろ~もぅ」
このところ、特定妖魔であるサルの出現が相次いでいる状況で、俺の行動に疑問を抱く人間は何人かいるため何度も似たようなやり取りをしている。
傍から見れば妖魔が出ているのにお花の面倒をしている青年は変なのだろう…………まぁ、こちらとしてはサルなんてどうでもいいから強制返戻が起きないようにできることはしなければならんのだ。
「はむっ! ん゛ん゛っ! はむっ!」
その隣で顔を真っ赤にしながら同じ炒飯を口に運ぶ白神。『素晴らしい指導』の一件後、対抗意識はあるものの涼香から学ぼうという姿勢は見られるが方向性が心配ではある。というか、むせながら食うな。
本格中華、『
別にもう一度行きたいとかそういった感情はなかった……なかったんだが店の前を通った途端、何故か足が止まってしまったのである。
そして右手で持っているレンゲには真紅の麻婆豆腐が収まっているんだが、
(なぜ俺はこれを持ってる…………!)
手堅く甘味の胡麻団子から攻めようかと思案していた矢先、口に入れようとしているのは辛味。そして投入。 熱々の豆腐を入れたのも束の間、口の中で弾けるように痛覚が刺激された。味覚が適当ならこの辺も適当にしてくれよ。
「────ッ!」
水──はダメだ。余計に悪化する。いつもの食事みたく流し込むのはNG。
「……!」
一気にかき込むしかねぇ!
灼熱と痛覚相手に戦いを挑み、今回は
「っつぅ〜、ヒリヒリするなぁ」
「まだまだ鍛錬が足りませんね」
涼しい顔で食事を続ける涼香には驚くばかりだ。痛覚のオンオフでもあるのかこいつ。
「飯食うのに、んなもんいるか!」
殻装整備の為、涼香と白神は生身で俺と市内パトロールに回っていたが俺たちの番にサルと出くわすことはなかった。で、昼食というわけなんだが。
何故か辛味を思い出し、つい頼んでしまった。判別できる味覚だからなのか、嫌いではない。むしろ最初より食べやすいような…………
「んぅ〜でも病みつきになるのはちょっとわかるな」
「そうでしょう! この襲いかかる辛味の奥にある旨味こそ本来感じるべきもの───失礼しました」
勢い余って語り始めた涼香がスッと我に返って口を止め、食事に戻る。
「ぅ、ぁ、か、からい」
白神は懲りずに撃沈したらしい。
「しかし……一体どんだけ出てくるんだろうな、サル」
分身している、という情報を頼りに支部職員含め総掛かりで対処しているが収まる兆候すらない。それどころか前より狙ってバラバラに出現しているような…………
「心配いりません。殻装があればあの程度の妖魔が何体出てきても問題にすらなりませんから」
なんだろう、とてつもない悪い前振りを聞いてしまった気がする。聞かなかったことにしよう。
「……大丈夫かねぇ?」
プスプスと口から煙でも出そうな白神を見ていて次第に不安が募る。
「従者のあなたが弱気ではいけませんよ、夕緋も不調の中もがいているのですから」
『素晴らしい指導』の結果、白神と涼香の間柄も少し変わっているようではある。なぜ下の名前で呼んでいるのか。少し前に聞いてみると、
『
と、涼香は語る。
俺の事をフルネームで呼んだり、博士の事をもう隠さずに『お父さん』って呼ぶのはいいのか……とも思ったが敢えて突っ込まない。
『それに………その方が親しみやすいかなと…………』
少女なりに、
んなもん適当でいいのに……などと記憶を反芻させていると、涼香から話を振られる。
「あなたの方はどうなのですか?」
「どうって?」
「不調という事ですが、戻りそうな兆しが見られませんが」
「さぁねぇ」
これ以上疑われるのも面倒なので、先に席を立つ。
「食べ終わったらそこのアホと一緒に支部に戻っといてくれ」
「一人で何をするつもりですか?」
ポケットから畳んでいたゴミ袋を取り出し、涼香に見せびらかす。
「
そう言い残して紅龍を後にする。
「ったく、いつになったら戻ってくれるのかねぇ」
今のところ突然妖魔本体に戻る──強制返戻──は幸い起きていない。ただいつ起きてもおかしくはないから、さっさと原因を解明したいんだが。
「さてと………」
ゴミ袋を広げ、軍手をつけ一人で『お仕事』を始める。とりあえず道に落ちているゴミを見ても強制返戻は起きない。擬態の時にやれるだけやっておかないと街中を
とまぁ面白くもないモノローグを展開していると、目の前にコーヒーの空き缶が転がってくる。今日日自販機の横にゴミ箱があるというのに、なぜこんなところにあるのか。何となく肩にのしかかってくるダルさを自覚しつつ、空き缶に手を伸ばそうとする──が、背後からやってきた者に颯爽と拾われる。
「あっ………あ?」
顔を上げるとそこにはキックボードに片足を乗せ、トングで缶を掴む黒スーツにサングラスの男が一人。どこかで見たことあるそいつは俺と同じくゴミ袋を携え、今まさに缶を入れた。
「…………」
なんだコイツ。………本来なら何か礼でも言った方が良いのか。しかし男の持つゴミ袋を見ると、コーヒーの空き缶の他に分別した方が良いゴミがちらほら。ひとまとめに入れてると後が面倒だぞ……
無言のまま突っ立っていると、男は踵を返して地面を蹴りキックボードを走らせ去っていく。反対側の歩道にもスケボーを駆りつつゴミ拾いをする輩がいた。
「…………ありがたいねぇ」
そういえば前にも今の奴らいたな………なんなんだ?
「これはこれは! 従者である漆葉様に感謝いただけるとは恐悦至極!」
突然背後からもう一人男が現れる。
「ぬぁッ! って………あんた確か………えっと、さ、さ……」
「猿山、キンジでございます、はい!」
先刻の男と同じ黒スーツに赤いネクタイを締めた人物『sape』の人間、猿山キンジである。
「あぁ、そう。猿山猿山。……でなに、アレあんたのとこの社員?」
「はい、度重なる妖魔の出現で支部の皆様が行っていた清掃活動にも支障が出ているようなので! 支部にご提案させていただきこの度我々『sape』がお手伝いさせていただきます、はい!」
はいはい一々うるさいな…………つーか、外部と協力しないんじゃなかったんかい。
「へぇ……そりゃご苦労なことで」
「おっと! これから会議がありますのでこれで! はい、では!」
駆け足で猿山は去っていった。
そういえば、サルも黒の背広だったような………
「いやいやいや…………さすがに安直だろ」
単純な偶然、妖魔も洒落っ気を出していると考えるのが妥当か。しかし、ゴミ拾いもままならないんじゃいよいよどうにかしないとなぁ。
「つってもなぁ………」
サルの実体の居場所がわからない限り如何ともし難いのが現状。さっさとどうにかして炙り出したいが………
「……ま、とりあえず協力してくれるならいいか」
気を取り直して、支部へ向かいながら目につく小さなゴミでも拾い上げ歩を進めた。
◇ ◇ ◇
支部には目にクマを作って帰ってくる者や、宿舎に殻装姿のまま直行しようとして止められる者など、疲弊の様子がよく分かる光景があった。
「うぅ、もう連続12連勤だぞ…………勘弁してくれよ」
「これなら前の偽黒蜥蜴のがマシでしょー最悪土地神様一人で戦ってくれてたし」
ゴミを分別していると後からやってきた職員の愚痴を耳にしてしまう。なんともブラックな職場じみた会話である。この調子では土地神の過労が問題視されるのもわからんでもない。
と、そんな愚痴をこぼす職員と目が合う。
「漆葉〜、なんとかならないのか?」
えーと、名前がわからん。フランクに絡んでくる顎髭の男は前にも喋った気もする。
「無茶言うなよ……つーか、前だってかなり必死だったろ」
何か言うなら白神に言ってほしいものだ。
「だって従者でしょ? ゴミ拾いとか公園の復旧もいいけど、妖魔を倒すのが土地神様と漆葉の本業でしょう? もう少し頑張ってほしいわ」
れまた名前の覚えていない、顎髭の隣にいたショートカットの女に嗜められる。
『申し訳ございませんが、妖魔討伐は土地貢献に含まれません』
以前土地神の刀────『
「へいへい、白神にも発破かけときますよー」
職員の不満を適当に流しつつ、ゴミをまとめる。今回は『sape(セイプ)』の協力? もあって大して拾う量も多くなかったな。
と、若干の物足りなさを感じていると支部の建物から榊女史がやってきた。何だか目の下のクマがくっきり見える。
「精が出るわね、漆葉君」
「あ、支部長……ご苦労様です」
わざわざあちらから出張ってくるとは。
「猿山に会いましたよ、結局あの『sape』とかいう組織に協力してもらうんすね」
白神が断ったというのに、掌がドリルでできてるのか妖魔対策支部というのは。
榊女史は苦虫を嚙み潰したような表情を作りながら遠い目で街を見る。
「そうなります………漆葉君の発案で始めたゴミ拾いだけどね……いつのまにか碧海市民には当たり前になってて、このところ少しでもゴミがあると苦情の電話が市に来るそうなのよ」
……そんな事になっていたとは。
「こちらとしては妖魔対応以外にも地域貢献になるからあくまで善意で行っていましたが……今回のサル出現で他のことが後手後手になっている現状で通常の運営をすることはできないの」
「はぁ……なんかすいません」
元は土地神の力に関係しているからなんだが、そんなに負担になるかねぇ。
「別に構いません………それに、先方は支部内に入らずあくまでボランティアという名目で協力をしてくれるそうなので………言ってしまえば無償の人材提供になりますね」
まぁ……俺としては
何より、
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